第4話 自己紹介
「お母さんとお父さんが帰ってくるまで、まだだから、ご飯は私が作るね」
と制服姿の麗しい女子高生、アオイが、ルンルン気分でご飯を作り始めた。
「本当に助かります。記憶が戻り次第、このご恩、すぐにお返しします!」
俺も思わず、ルンルン気分で返事をした。
アオイ宅に行く道中で、自分が記憶喪失であることは、打ち明けていた。
記憶喪失に対して、アオイは最初、疑いの目を向けていだが、ボロボロの容姿や会話の節々で、本当のことだと察してくれた。
無理もない。見るからに、小学生程度の子供なのだから、最初は、家出と思ったのだろう。
そんなことより。
あぁ、神よ。女子と会話するなんて。わたくしめに、こんな褒美をくださるとは……。こうやって、1対1で女子と喋るなんて、10年以上前になr――
やっぱりそうだ。時々、頭の中に現れる謎の記憶。記憶喪失で、自分が何者なのかわからないが、はっきり言えるのは、俺は子供でもなければ、女性と話すことなど縁遠い存在であることだ。
「恩なんて。ガキんちょなんだから、そんなことわざわざ気にしなくていいよ。」
「でも困るね~。記憶がないって。記憶喪失なんて、ドラマでしか見たことないよ」
アオイは手慣れた手つきで、料理をしている。喋ること、料理をすることを同時にそつなくこなすあたり、日常的に手料理をしているに違いない。
「おまわりさんのとこには、行った? 行方不明者とか捜索願とかいろいろしてもらえると思うから、あとで、お姉さんと一緒に行こっか」
保護対象の子供であるものの、赤の他人である俺なんかのことまで気にかける姿勢、高校生という年ながら感服した。そう自分で思いながら、ガキんちょが、何様だと思った。
「丁度、警察のところへ――」
返事をしようとした瞬間、いきなり頭の中に……
ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ
ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ、ダメダ
まるで警告音のように、頭の中で、鳴り響いた。
突然のことで、上の空になる。
ここで初めて、自分の中に、もう一つの魂があることを知覚した。そして、戸惑いながらも、アオイに懇願した。
「お気遣い頂き、ありがとうございます。ですが、警察に行くのは、もう少し、心の整理がついてからでもいいですか……?」
それを聞いたアオイは、作業する手を一度止めたが、すぐに再開し、悟ったように言った。
「了解……。」
「そうだ!! 記憶が戻るまで、ウチにいなよ」
その提案に思わず、笑みがこぼれたが、すかさず言った。
「そんな申し訳ないです。お父様もお母様にも迷惑がかかりますし、色々と巻き込む可能性もあります……」
アオイは作業の手を止め、こちらのほうに、真剣な面持ちで目を向けて言った。
「考えすぎだよ! 子供なんだから、助けてほしいと思ったら、遠慮なく言っていいんだよ!!」
その言葉を聞いて、思わず涙が溢れそうになったが、涙をこらえた。
「ありがとうございます―― 」
アオイは表情を緩め、質問してきた。
「名前わからないなら、仮の名前だけ決めとく? ないと、不便だろうし」
「苗字は、津曲にして、下の名前は――」
(苗字決めるの、はやっ……)
確かに、ここで決めておかなければ、相手側にも迷惑がかかる。アオイの提案を受け入れ、俺も食い気味で提案した。
「下の名前ですが、『マコト』…… とかはどうでしょう?」
その提案に食いつくように、アオイは言った。
「えっ! めっちゃ、いいじゃん。ぽいぽい!!」
「てか、ネーミングセンスいいね~ マコトくん」
仮ではあるが、アオイが俺の名前を言った瞬間、凄くしっくりきた。今まで、その名前だったと思うぐらいだ。パズルのピースをはめたって感じで、清々しい。
「では、津曲 マコトとして、改めて、よろしくお願いします!!」
「よろしくね! あっ!!あと――」
アオイはもう一つ思い出すように、提案してきた。
「敬語禁止ね!! 私もだけど、うちの家族、めっちゃ緩いから、気にしないで!!」
「ウチに住むってことも、受け入れると思う。なんなら、マコトくんお利口だから、物凄く喜ぶと思うよ」
その優しさに、圧倒された。
そして、彼女の中ではもうすでに、俺が住むことになっていることに対しても、びっくり圧倒された……。
「そうですね。一度、ご両親にご挨拶します!」
「もし許可を頂いた場合は、お言葉に甘えて、一時的に失礼させていただきます。」
その言葉を聞いた。アオイは、満面の笑みで頷いた。
「あっ! 敬語になってるよ!!」
アオイの隙を見ぬ、ツッコミに戸惑いながら、返した。
「敬語に関しては、クセなので、勘弁してください……」
アオイは爆笑していた。
「ウケる」
ワァオ。
現役女子高生の生ウケる。初めて聞いた。
そうして話しているうちに、玄関のドアが開く音が、リビングまで聞こえてきた。
「あっ! お母さんとお父さん帰ってきたみたい。」
「あれ! 見慣れない靴。アオイちゃん、お客さん来てるの?」
リビングに聞こえるように、玄関から、アオイのお母さんが尋ねた。
「早く来て!! 紹介したい子がいるから!!」
アオイは俺に、ウィンクしながら、お母さんの問いに返事をした。
「言ってくれれば、早めに帰ってきたのに……」
そう言って両手に大荷物を持って、リビングに入ってきたのは、アオイの両親だった。夫婦仲良く、お出かけしていたのだろう。
父親のほうは、高身長で、シュッとした顔つき。母親のほうは、髪が少し明るめで、女優さんのように美しい人だった。
(子も親も美形とはこれいかに……)
内心、嫉妬した。
「ジャジャーン! 今日からウチで、居候することになった、記憶喪失の少年『マコト』くんです!!」
大胆な自己紹介。女子の特権だね……。
俺もすかさず、ご挨拶とお邪魔していることに対してのお詫びを申し上げた。
「突然上がり込んでしまい、大変申し訳ございません。ただ今、ご紹介にあずかりました記憶喪失の少年、『マコト』と申します。」
「娘さんと相談したのちに、一時的に泊めて頂けると聞いたものでして、ご無礼をお許しください……。難しいようであれば、おいとまします」
無理を承知で言ったものの、さすがに厚かましかったかと、後悔した。
ただ、そんな心配が一瞬にして、解消される。
「可愛ぃぃぃぃい」
アオイのご両親は、両手に持っていた荷物をその場に置き、俺を、犬やぬいぐるみのように、撫でまわした。
アオイの父親は、息子を見るような目で、言った。
「よし、君は今日から、津曲家だ!!!」
横にいたアオイの母親も強く頷いている。
口をポカンと開けながら、俺は、あっけにとられた。