後四日
お久しぶりです。
後四日
ピピピ ピピピ ピピピ
「……?」
朝…?
あぁ、そうかおじいちゃん家に行くんだった。
ムクリと起き上がり、着替える。
「…よし」
タンタンタンタン
「お母さんおはよう……お父さんも」
「はっはっは。いると思わなかったか?」
「まぁね」
「いつ行くの?」
「六時三十分」
「そう」
「お父さん送って行こうか?」
「……じゃあお願いしちゃおうかな」
食パンの角を齧る。
「おう!任せろ!」
「お願いしまーす」
「ごちそうさまー!」
「はーい」
「……ごちそうさま」
「はーい」
さて、昨日準備したリュックサックを一階に持ってこよう。
タンタンタンタン
「あら、荷物それだけ?」
「うん。あんまり持って行くものないし」
「そう。分かったわ」
……顔洗ってこよう。
「それじゃあ行ってきます」
「気をつけてね。忘れ物ない?」
「うん。オッケー」
「お父さん。安全運転ね」
「分かってるよ。じゃ行ってくる」
「気をつけてね!」
ガチャリ
「暑……」
「昼間はまだ暑いなー」
少し言葉を交わして、車に乗る。
お父さんが車のエンジンをかける。
「それじゃあ、行くぞ」
「はーい」
見慣れた景色が右から左へと流れて行く。
朝練をするためか、学生がちらほらいる。
「あっ、お父さん止まって!」
「うおっ⁉︎」
お父さんが急ブレーキをかける。
「どうした?」
「ちょっと、ね。待ってて」
「お、おう!」
目的は、理子の家。別に行こう、とは思ってない。ちょうど、目に入っただけだ。
ピーンポーン
まだ七時前だからきっといるはず。
「はーい……え……?」
驚きすぎ……まぁ、昨日喧嘩したばっかだしね。
「……何」
「えっとね。まぁとりあえず、ごめんね」
「……だから?」
「……それだけ」
「じゃあ帰って」
「…分かった。ばいばい……」
「……」
これで、後悔はない。後は、理子次第だ。
そう思い、踵を返す。
「待って‼︎」
いきなり腕を掴まれる。
「……なあに?」
「今、ばいばいって言ったの…?なんで?またね、じゃないの」
……ちょっとだけ、意識した。気づいてくれるかなって、思ってた。意地悪かな。ずるいかな。
「……」
「ねぇ、謝るから、そんなこと言わないで」
まるで、捨てられた犬が飼い主にすがっているようだ。
「じゃあさ、明後日、会おう。また、朝の九時に理子の家に行くから」
「分かった。それと、ごめんね。本当に」
「私こそ。それじゃあまたね」
「うん!また!」
「ただいま」
「おう。出発するぞ!」
「うん。お願い」
理子って意外とちゃんと話を聞いてるんだな。
自然と言ったつもりだったんだけど……
「おお、よく来たのう」
「おじいちゃん。久しぶり」
「さあさあ、上がってちょうだい。疲れたろう?三時間も座って」
「じゃあ、また迎えにくるからな」
「うん。ありがとね」
「おや、いいのかい?」
「ええ、私は仕事があるので」
「そうかい。お疲れ」
「ありがとうございます。では」
「それじゃあ中に入るか」
「うん」
ガララララ
「ごめんねぇ。片付けしてないから汚くって」
「ううん。いいのいいの。こっちの都合で来ちゃったし」
「ちょっと待っててね。今お茶出すから」
「うん。ありがとう」
ふう、疲れた。
……それにしても、懐かしい。何も変わってないおじいちゃんたちの家。
「陽茉利」
「?なあに、おじいちゃん」
「今日を合わせて、後四日なんだろう」
「…うん。まあね」
「そうか。うん。そうか」
少しだけ、涙が出ていたような気がする。
「はい、お茶。麦茶でよかった?」
「うん、ありがとう」
「陽茉利、泣きたいなら泣いていいのよ」
「……うん。ありがとう。ねぇ、お墓、行きたいな」
「昌久くんの両親のお墓か。行こうか」
「うん」
昌久…お父さんの名前だ。
「それじゃあ、お供物を途中で買っていきましょうか」
「そうだな。それじゃあ車で行くか」
「あ、待って。車じゃなくて、歩いて行きたい」
「そうか。じゃあ歩いて行くか」
「ふふ。たまには運動しないと、体に良くないからね」
「まあそういうこと」
ガララララ
「まだまだ暑いなぁ」
「帽子持ってきて正解だった」
「勘がいいわね。陽茉利は」
「ふふん。まあね」
「それじゃあ行くか」
「うん」
朝なのに鈴虫の鳴き声が聞こえる。
歩道の右側には雑草が揺れてサワサワと、音が聞こえる。
「あ、ここでお供物買いましょう」
「分かった。私はここで待ってるよ」
「暑いわよ?」
「いいのいいの。大丈夫」
「そう?じゃあちょっとだけ待っていてね」
「うん」
近くにある黄土色のベンチに座る。
少しだけベンチが温い。
「あっ、猫だ」
グレーの猫が向こう側の歩道の茂みにいる。
「おいで」
猫に言葉が通じるのかわからないけど、声をかけた。
結果、こっちを向いて尻尾を揺らしているだけだった。
「ま、そうなるよね」
ボソッと独り言を呟いたら、猫がジリジリと近寄ってきた。
少しの期待を持つ。
微動だにしないでいると、猫が隣に座ってきた。
「ミャォーン」
ゆっくりと手を近づけて、体を撫でる。
すごい、ふわふわ。
ゴロゴロと気持ち良さそうに喉を鳴らしている。
「遅くなっちゃってごめんねえ。あら、猫ちゃんじゃない」
「グレーの野良猫とは珍しいな」
「向こう側から来てもらったの」
「そう。よかったわねぇ」
「うん。猫はこっちでしか見ないからね」
「あら、岐阜では静岡では見ないの?」
「う〜ん、いると思うけど私はまだ見たことないかなぁ」
「そうなのか」
「うん。あっ……」
どこか行っちゃった……まぁ、猫は気まぐれだからね。
「さあ、行こうか」
「うん。ごめんね。時間取っちゃって」
「いいのいいの。というか、陽茉利がお墓参りに行きたいって言ったんだもの。陽茉利の自由よ」
「うん。ありがとう。じゃあ行こっか」
「ええ」
「久しぶりのお墓だぁ」
「あ、お花買うの忘れちゃったわ」
「じゃあ私買ってくるよ」
「いいの?」
「うん」
「おじいちゃんもついて行こうか?」
「大丈夫だって、すぐそこだし」
「そう?じゃあ、はいお金。お花は何でもいいわ」
「うん。じゃあ行ってくるね」
カランカラン
「いらっしゃいませー」
「こんにちは」
店員さんは変わらず、光子さんがやっているようだ。
「あら、陽茉利ちゃん。久しぶり」
「お久しぶりです。光子さん」
相変わらず、お花のピンをしている。
「お供物のお花ね」
「はい。おまかせって、できますか?」
「いいですよ。ちょっと待っててね」
「はい。ありがとうございます」
三分後
「はーい。お待たせしました」
「ありがとうございます。とても綺麗です」
「嬉しいわ。ありがとう」
「……それにしても、お花が沢山ありますね」
「そうなのよ。最近お客さんが減ってきていてね。ほら、最近は造花があるし、造花は枯れないからそっちの方が売れているのよ」
「そんな……本物のお花だって、ドライフラワーになるのに」
「でも、ドライフラワーも作るのが大変だし、花びらが落ちてきちゃうから掃除が大変なのよね」
「そうですか……」
「……ここもそろそろ閉店しなきゃね」
「そんな……」
「ふぅ、長居させちゃってごめんね。代金はおまけして、六百三十円です」
「いいんですか?」
「ええ、久しぶりのお客さんだもの」
「ありがとうございます」
チャリン、とお金が重なる音がする。
「ありがとう。またきてね」
「…ありがとうございました」
一礼して、花屋を後にした。
「ごめん。遅れちゃった」
「あら、いいのよ」
「にしても綺麗な組み合わせだなぁ。自分で選んだのか?」
「ううん。光子さんが選んでくれたの」
「そう。みっちゃん、お花の組み合わせが上手だもの」
「でも、そろそろ廃業しようかなって、言ってた」
「あら…そうなの。まぁ、もう年も年だしねぇ」
「おーい、早くこーい」
「あ、もう。お父さんったら」
「じゃあ行こっか」
「ええ」
少し大股で歩いて、おじいちゃんに追いつこうとする。
石段を二台上り、墓と墓の間を歩く。
墓場が異様な空気で包まれる。
誰もいない。線香の匂いがする墓場。
色々な墓と混じって、“佐野木之墓”と刻まれている墓がポツンと立っている。
「ついたな」
水が入った桶と尺を持っているおじいちゃんが少し瞼を閉じて言った。
「それじゃあ、洗ってあげるか」
桶の中に入っている水を尺ですくい、墓にかける。
満遍なく水をかけたら、尺を桶に戻す。
「よし、これで綺麗になったか」
「お花、お供えしていい?」
「ああ、いいぞ」
花瓶から前きた時に供えた花を抜いて、白いタオルの上に置く。
それをもう一回やって、光子さんに組み合わせてもらった花を生ける。
タオルを折って花の部分だけ見えるようにして、赤ん坊を抱っこするような形にする。
終わったことが分かったおばあちゃんは紙袋の中の、みたらし団子を取り出す。
紙袋を折ってコンパクトにする。
線香はおじいちゃんがやってくれた。
「陽茉利」
おじいちゃんから線香をもらう。
線香を横向きに置く。
それをおじいちゃん、私、おばあちゃん、と言う順番でやった。
あらかじめ持ってきた数珠をポケットの中から取り出す。
パン パン
おじいちゃんに続いて私と、おばあちゃんも手を叩いた。
おじいちゃん、おばあちゃん。私、明後日の夜一時ちょうどに行くね。早いよね。手術しろって思うよね。ごめん。
目を開けると、おばあちゃんだけがまだ手を合わせていてた。
墓の奥に目を向けると、山がまだ深緑色をしていた。
その中に、一本だけオレンジ色の木が風に揺れていた。