五
あ、危なかった…投稿を忘れるところでした……
「ただいま。菅井君」
「…おう」
よほど暇だったのか、体育座りをして本を読んでいる。
「何読んでるの?」
菅井君の隣に座り、菅井君が読んでいる本を覗き込む。
「”君が”」
「あー、それ」
「タイトルが佐々倉さんっぽかったけど、全く違う人だった」
「世の中にはそう言うのもあるんだよ」
「知ってる」
「生意気な」
腕を組み、怒ったようなフリをすと、デコピンをされた。
「っ〜、菅井君のデコピンは無駄に痛いんだよ」
額を片手で抑える。
「無駄とはなんだ無駄とは」
「無駄は無駄」
「……ゲシュタルト崩壊しそう」
「こんなんじゃならないでしょ」
「これを続けたら、だ」
「だったら最初からそう言えば良いのに」
「うっせ」
額を覆った手を下ろす。
その手を菅井君の手の上に置き、握る。
菅井君が一瞬戸惑ったような顔をして、そのあと薄く微笑んだ。
「そうだったな」
「もしかして忘れてた?」
「もしかしたら少しだけ」
「ひどーい」
「ごめんて」
ここで一旦会話が止まった。
それと同時に、あることが脳裏によぎった。
「ねぇ菅井君」
「ん?」
「菅井君は生まれ変わったら何になりたい?」
「…急に何を言い出すかと思ったら」
「いいから答えて」
「はぁ」
菅井君がため息を吐く。
「うーん…そうだな。空か宇宙」
「…」
「なんだよその目は」
「いや、意外だなぁと思って」
菅井君の目をまじまじと見る。
「失礼だな」
「じゃあ聞くけど。なんで空か宇宙になりたいの?」
「……言うのは恥ずかしいんだけど」
「どうせ私以外に聞かれないから」
「それとこれとは別だ。心の中で言うのと、声に出して言うにとでは」
「そう?いいから言って」
「……」
「…」
「……」
「……」
「……言ってくれないの?菅井君」
「…言いたくないものは言いたくないんだよ」
菅井君が私から目を逸らす。
「あ、そうだ。菅井君に言いたいことが」
少し気まずい雰囲気を漂わせた空間を遮る。
「?」
菅井君が逸らした目をこちらに向ける。
「コミュ障を直しなさい」
握っていない方の手の人差し指を顔の横に立てる。
「…あー、お前に言われたくないな」
目を逸らし、大好きな怪訝そうな顔をする。もう顔は赤くなっていない。
「私はもうちょっとで死ぬからいーの」
「…」
目だけ動かして私の方を見る。
「友達を増やしなさい」
「…意味ある?」
「ある」
「友達はクラスに二、三人いればいいんだよ」
「はぁ、またそうやって…ダメ。友達は何人いてもいいの」
「…」
「ね?」
「……裏切られる、かもしれないのに」
心配そうな目でこちらを見る。
「……裏切られたこと、あるの?」
相手の過去を探るのは、とてもとても失礼なことだと思う。
でも、もう私には残りが少ないから、もう後ちょっとでいなくなるから、せめて菅井君の心の中の黒色を取り払ってあげたい。
「……昔に、ちょっとな」
やっぱり
「この陽茉利に全て話しなさい」
「…自分で言って失礼って思わないのか」
「思うよ。思うけど、このまま誰にも話さずに、モヤモヤが大きくなって、一人ぼっちになっちゃってもいいの?」
「………小六の時」
「うん」
「今よりずっと俺は明るかった。クラスの奴らと仲が良かった。一生仲良くしようとも言った奴らだ。でも、後期ぐらいから段々話しかけても反応が薄かったり、無視されたんだ」
「うん」
「誰かは分からない。もしかしたら他クラスの奴らが俺を憎んだんだろうな。そこからは地獄だった。みんながみんな俺を空気みたいに扱った」
「うん」
「そんな日々が続いて、思ったんだ。ずっとずっと信じたくなかったこと。信じられなかったこと。俺はクラスの奴らに裏切られたんだって
思った」
「うん」
菅井君の目に、涙が溜まっていく。
「ずっと、辛かった」
涙が溢れた。
「うん」
「中学は電車を使って違うところに行った。でも、またいつ裏切られるか分かったもんじゃない。もしかしたら中学にも小学生の時裏切った奴らがいると思ったら、恐怖で仕方がなかった。怖かった。辛かった。ずっとずっと」
「うん」
菅井君が握っている力を限界まで強めた。
私は菅井君を抱きしめる。
「ずっとずっと、辛かったね」
菅井君が嗚咽を漏らした。
「頑張ったね。話してくれて、ありがとう」
頭をポン、と撫でると、爆発したように泣き始めた。