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後十二時間

後十二時間


「ありがとうございました。またお越しくださいませ」

ドアを左に引き、外に出る。

「じゃあ帰るか」

「え?」

思わず菅井君の方を向く。

「え」

菅井君も私のほうを向く。

「熱海に何しに来たの?公園行ってご飯食べただけじゃん」

「うん」

菅井君が目を逸らす。

「それだけのために来たの?」

目を逸らした方に移動すると、一度目があった。

「うん」

菅井君が目を閉じる。

「それは静岡でできるじゃん」

「…昼ごはんは、ここでしか食えない」

少し目を開ける。

「昼ごはん”は”ね」

「はい…」

「まぁいいや。食べて帰る。それだけでも楽しいことはあったし」

「…」

「でも、私以外の女の子にこれやったら絶対引かれるし、嫌われちゃうからね」

「お前以外に女子ができると思うか?」

「あー……うん」

「どちらにせよ、女子と知り合ったら浮気とか言うんだろ?」

菅井君が頭の後ろを掻く。

「まぁね。天国で呪ってあげるよ」

「お前がそう言うと本当にやりかねないから怖い」

「酷ーい。呪い方知らないからできないよ」

「そういう問題じゃねぇだろ」

「そう?」

少し首を傾げる。

「んで?帰る?もう少しここにいる?」

「帰る」

「お前も大概じゃねーか」

私の顔をビシッと指差す。

「ほら、そうと決まれば帰ろう」

菅井君の服の裾を少し引っ張る。

「そんな急がなくても時間はまだあるぞ」

「今が一番電車に乗ってる人が少ないの!」

「そうなのか?」

「うん。多分」

「多分なら言うなよ」

「ほら、行くよ」

「分かったから引っ張るなよ。伸びる」


ガタンゴトン

電車が揺れる。

「本当に少ないな」

「でしょ?私たちしかいない」

「そうだな。こんなに空いてることってあるんだな」

菅井君が周りを見渡す

「時々一人になりたくて終電まで乗ってることあるんだ」

「マジか」

「まじまじ。余命のこと知らされて、ね」

「それは大変だったな。金とか大丈夫だったのか?」

「うん。欲しいものがなかったから、めっちゃ貯金してた」

「うん。欲しいものなさそう」

「ひどいな。私だって今欲しいものはあるよ」

「意外。なに」

「寿命」

「それはそうだな」

「菅井君最後のお願いってことで叶えてよー」

「余命伸ばしたら最後じゃなくなるだろ」

「バレた」

「やっぱり」

「嘘を破るのが得意だね」

「本、沢山読んでるからな。そういう嘘は見破れる」

「私も本読むよ」

「作者は?」

「菅井君が教えてくれたら教えてあげる」

「イダシュン」

「漢字は?」

「井戸の井に、田んぼの田。シュンは俊足の俊」

「代表作は?」

「高山邸のとある事件簿」

「知ってる」

「そっちは?」

「佐々倉 藍」

「漢字は?」

「佐々木の佐々に、倉庫の倉。藍色の藍をらんって読む」

「代表作は?」

「”貴方という壊物”」

「知ってる」

「菅井君の方は名前知らないけど、題名は知ってる」

「佐野木の方は両方知ってる。確か、もう亡くなってるんだってな」

「そうそう。それ聞いた時はびっくりしちゃってさぁ」

「俺、”私”だけ持ってる」

「私は、”未人”と”私”持ってる」

「”私”って一時期ネットニュースになってたよな」

「覚えてる。その時は”未人”しか持ってなかった」

「俺はネットニュースになってたから買った」

「本当?」

「本当。即買いした」

「表紙に釣られた系だ」

「そう」

「私はちゃんと内容を見てから買うよ。ネットニュースは見たけど、そこまで深く内容に触れてなかったから本屋に行ったんだけど、売り切れててさぁ。つい最近買ったばかりなんだよね」

「まだ読み終わってない?」

「ううん。もう読み終わった」

「そうか。良かったな」

「うん。良かった。私が死んだら本全部あげるよ」

「マジ?いいの」

「全然いい。知らない人の手に渡るより、菅井君の手に渡って欲しい」

「そうか。次、降りるぞ」

「もう?」

「ああ」

「そう」

「………」

「終電までいようよ」

「分かった」

「わお。まさかオッケーしてもらえるとは」

「最期だしな」

「ふふっ。それを言い訳に、何でもできそう」

「うん」

「えっ」

「え」

「冗談だよ。間に受けないでよ」

「さすがに分かるよ」

「そっか。まぁ、そうだよね」

「?」

「それじゃあ最後記念に写真撮りますか」

「何だよ最後記念」

「寂しくなったらこの写真見てね」

「どうやって」

「私の携帯あげるから」

「何でもくれるな」

「うん。パスワードは私の誕生日」

「誕生日っていつだよ」

「九月十八日。〇九一八」

「ハイハイ」

「それじゃあ撮るよ」

「ちょっと待てよ」

「ほら。寄って寄って」

「だから引っ張るなって」

「寄らないんだもん」

「寄ってるって」

「じゃあいくよ。はい。チーズ」

パシャリ

「撮れたか?」

「うん。バッチリ」

「大事にしてね。私の携帯」

「もうくれるのか?」

「うん。もういらない」

「そうか。うん。大事にする」

「よろしくね」

「ああ」

「これで菅井君には、本と携帯と苗字をあげたことになるね」

「そうだった。苗字ももらったんだった」

「そうだよ。佐野木君」

「その苗字で呼ぶなよ」

「はは〜ん。下の名前で呼んで欲しいんだぁ」

「違う」

「即答やだなぁ」

「俺はこういう男だ」

「菅井君の下の名前って何だっけ」

「話を逸らすな」

「ほら。下の名前」

「忘れたのか?」

「うん」

「じゃあ下の名前言うから、ちゃんと菅井って呼べよ」

「うん」

「……、––––––」

「……」

「どうした?」

「ううん。いい名前だね」

「だろ。菅井って呼べよ」

「分かってるって、菅井君」

「それならいい。間違っても、下の名前で呼ぶなよ。恥ずいから」

「はいはい」

「次は〜、終電〜終電〜。ご乗車ありがとうございました」

「降りるか」

「うん」

「今、何時だ?」

「一時四十八分」

「まだまだ時間があるな」

「うん」

「どこ行く?」

「うーん。学校」

「学校?」

「うん。忘れ物をしちゃったから」

「分かった。行こう」


日曜日だからか、やはり校門は閉まっていた。

「やっぱり。しょうがない、帰ろう」

振り返り、菅井君の方を見る。

すると、菅井君が少し考え、口を開く。

「……ここ。上れそう」

「正気?」

「ああ。それほど高くないし、俺の腰ぐらいの門だから、いけそう」

「あ、そう。頑張って」

「おう」

菅井君が門に手を掛け、足を片方あげ、門に引っ掛け、そのまま門にまたがる。もう一方の足もさっきと同じようにして、門の向こう側に移動した。

「すご。ということで、門の鍵開けて」

「ハイハイ」

ガチャリ、と音がして、菅井君が門を左に動かす。

「どうも」

「一応閉めておくか。先生が来たらバレる」

「いいじゃんいいじゃん」

「俺が良くないんだ」

「そっか。じゃあ勝手に閉めて」

「そうさせてもらう」

またガチャリ、と音がする。

「行くか」

「うん」

靴箱に移動し、靴を脱ぐ。日曜だから上靴が一つもなく、私たちの靴が浮いていた。

渡り廊下を歩き、階段を登る。

「何階に行くんだ?」

「二年四組」

「俺たちの教室か」

「うん」

階段を三階分登り、二年四組の前に移動する。

ガラガラガラ

控えめにドアをあける。

本当なら、理子が駆け寄ってきて『おはよう陽茉利!ねぇねぇ聞いて!』と言う。

今日は、それがない。

移動して、席に座る。菅井君も、自分の席に座る。

明日、私を抜いたクラスメイトが、ここに来る。

ホームルームが始まっても、私が来ない。『学年トップが学校を休んだ』と、笑われるだろう。理子はそう言ったクラスメイトに怒りを覚えつつ、私が休みなのか、と少し残念がる。菅井君だけがその秘密を知っている。

間も無く先生が来て、私が死んだとみんなに告げる。

クラスは静まるか、ザワつくかのどっちかだろう。

理子が口元を覆い、絶望的な表情になる。

先生が詳しく説明し、何か一言添える。

『何で言ってくれなかったの』と、怒り喚き、泣いている理子の姿が思い浮かぶ。

菅井君はただただ静かな目で、誰も座っていない席を見つめる。

でも、数日経って、誰かが私の席に花を置く。それを見かねた理子が怒り狂い、花を置いたクラスメイトと喧嘩が始まる。

理子は登校しなくなる。

それから何ヶ月か経ったら、私の席は一番後ろか、廊下。あるいは処分されて、初めから”佐野木陽茉利”と言う人物はこの学校に存在して

いないことになる。

何年か経ったら、私のことなんか忘れて、高校の同窓会では、ちょっとしたネタにされる。

そんな運命。

ふと、黒板を見る。

荒く黒板消しで消された文字がうっすら見える。

「陽茉利」

後ろから名前を呼ばれる。低くて、優しい声。

振り返ると、菅井君が悲痛そうな、でも、少し微笑みながら笑っていた。

ああ、きっと、菅井君も同じことを考えていたんだなって

「菅井君。私のこと、忘れちゃダメだよ」

目から、涙が溢れる。

「うん。絶対に、忘れない。死んでも忘れない」

少し気障だな。と思いながらも、その言葉に安心する。

「ありがとう」

流れている涙を拭わずにいると、膝に置いている手に、ポタリと落ちた。

「あのね」

「うん」

「もう一つ。行きたいところがあるんだ」

「うん」

「もうこれで、どこにも行かない」

涙を拭い、そう告げる。

「分かった。行こう」

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