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我が子をたずねて三千世界  作者: カルムナ
学園高等部編
75/80

決闘大会本選 - 7

 靄がかった視界視界の中で、遠くから声がする。

 目を開けば、懐かしい顔。まだ年若かった頃の、大切なあの人。


 その顔に、これは夢だと納得した。


「よろしくお願いします。」

 そう言った彼の表情は、どことなく緊張した面持ちだった。

 少しおどおどしている彼に、私もまたよろしくお願いします、と同じ言葉を返した。


「それでは、話し合って下さい。」

 教授の合図と共に、教室が騒めきだす。

 今まで教授が一方的に説明するだけの講義だったが、それだけでは実戦的な知識を得たとは言えないと、突然グループワークを課してきたのだ。

 内容は難しい。1人の力では期限内に課題を終わらせることはできないだろう。良い結果を出すには、チームワークが必要となる。


 そんな中、私達は初対面の相手と協力することになった。


「では、この部分についてはそちらでお願いします。こちらの掘り下げに関しては、私が調べておきますので。」

「ええ、お願いします。」

 淡々と話が進んでいく。

 彼は内気な性格のようで、口数はそれ程多くない。だが、その少ない語数だけでも彼の真面目さと賢さが伝わってくる。

 私も負けてられない。



「良くまとめられていますね。」

 発表当日、そう教授に褒められ、私達はほっと肩の力を抜いた。

 これでこの講義は終わり。このグループも解散だ。


 そう思ったのだが。

「あの……お昼ご飯、一緒に行きませんか?」

 彼のおずおずとした様子が、何とも可愛らしく思えた。

 だから、頷いた。


 ---


 目を覚ました時、私は保健室のふかふかのベッドで横たわっていた。


「あんた、本当に無理するわねえ。」

 そう言いながら水を運んできてくれた看護師に聞くと、私は大会の決勝戦で気を失い、そのまま数日間眠っていたらしい。

 本来授賞式があったはずだが、まあ私が勢いよくぶっ倒れてから動かなかったもので、優勝者抜きで形式だけ行ったという。


「貴方、魔力切れしているのに無理して魔法使ったでしょう?ダメじゃないの。」

「す、すみません。」

 看護師さんの強めの口調に、思わず頭を下げる。


「全く、どの子も戦闘狂ね。あの日だけで一体何人運ばれてきたのやら……まあ、安全に無茶できるのは今のうちだけだから。覚えておきなさいね。」

 そのまま看護師さんはてきぱきと熱を測り、そのまま安静にするように伝え、部屋を出た。

 私は再びベッドに横になり、目を閉じた。


 魔力は、精神力と引き換えに生み出す力。

 魔力を使い過ぎると、当然大本である精神の方に異常をきたしてしまう。


 眩暈や頭痛だけならまだいい。

 感情や思考が纏まらなくなり、次第に幻を見るようになる。

 目の前の事象が夢か現か判別がつかなくなり、狂気へと変貌する。


 そんなことは魔法を使う人なら誰だって知っている。知ってはいるが、それでもやってしまうのが人間だ。

 私も、魔力が枯渇した時点で本当なら戦闘を止めて降参すべきだった。が、最後の1発くらいは、と無理した結果、こうやって保健室送りになってしまった訳で。


 あんな懐かしい夢を今更見たのも、そのせいだろうか。


 因みに、現部長、ルーカスは多少怪我を負ったものの、授賞式に平然と出られる程度にはぴんぴんしていたらしい。

 自分の限界をよく知った上で無理せず戦っていた証拠だ。あれが大人か。

 試合に勝って、戦いに負けた。そんな気分だ。



 目覚めてから軽く身体検査を終えると、その日のうちに授業へ戻れることになった。


「あら優勝者さんのお出ましね。気分は如何?」

 おほほ、と上品そうに笑うメグに、手を振る。


「……ちょっと頭が痛い、かも。」

「随分無理したらしいものね。でも、お陰さまでいい試合が見られたわ。」

 メグは頬杖をつき、ニヤニヤと笑っている。


「あのフィオレンティーノ家御子息に勝つなんて、貴方も中々やるのね。」

「まさか勝てるとは思っていなかったし、正直今でも勝てた実感がわかないけどね……」

 何度も不意を突いた上での、ギリギリの勝ち。真正面から戦っていれば、正直勝ち目は無かっただろう。


「私のアイデアがお役に立てたようで、何よりだわ。」

 上機嫌なメグに、私は苦笑いを返した。



 上機嫌なのはメグだけではなかった。

「あらごきげんよう。」

 部活に出て早々、やたらと笑顔なエミリアと出くわし、思わず後ろずさる。


「あら何その反応、失礼ね。もう調子は戻ったのかしら?」

「……ごきげんよう、エミリア。ええ、もう大丈夫よ。」

 いつも辛辣なエミリアが心配してくれるなんて、明日は槍でも降るのだろうか。

 いや、もしかしたら今からでも降らせる気なのかもしれない。

「貴方、何空を突然見上げてるのよ。」

「別に、何も?」


「……で、どうするの?」

 ある程度準備体操が終わった後、エミリアは再び話しかけてきた。

「どうするって、何が?」

「賭けよ、賭け。」


 そう言えば、そんなこと約束したっけな。あまり興味が無くて忘れていた。

「賭けは貴方の勝ちね。ついでに言えば、私はダニエルにも負けたことになるわ。悔しいけれど、彼の努力は本物だったって認めざるを得ないわ。」

 そこは素直に飲むのか。というか、多分ダニエルはそもそも賭けの存在自体を知らないのではなかったか。最早賭けてたと言っていいのかそれは。


「……いや、特に何も考えてなかった。別にそんな自己主張したいこともないもの。」

「貴方って本当無欲というか、執着が無いというか……そんな性格なのに、どうやってそんなに魔力を維持できるのか不思議で仕方ないわ。」

 魔力量の多さは意志の強さに比例する。性格的にふわふわしていそうな私の魔力量の多さは、周囲から見れば不可解であろう。


「……あ、でも強いて言うなら、ダニエルとはもっとお話ししたいかもね。彼がどうしてあそこまで病んでしまったのか気になるし、放っておくといつか死んでしまいそうだわ。」

 ダニエルが周囲の期待に押しつぶされそうになっていることは分かる。だが、押しつぶされれば元も子もないのだ。

 問題は、口を利いてくれるかどうかだが。


「それはそうね。でも、今貴方はあまり彼に話しかけない方がいいわよ。ダニエル、あの大会が終わってからかなり病んでいるみたいだから。」

「どうして?」

「そりゃあ、あれだけ努力して負けたからじゃない?貴方が話しかけたらきっと劣等感で爆発してしまうわ。」

 ふむ、と頭を捻る。


 そう言えば、今日はダニエルを見かけない。

 聞けば、大会が終わってから彼はずっと学校を休んでいるらしい。体調不良とのことだが、悪いのはきっと身体だけではない。


 大会で戦った時、彼は最後に笑っていた。

 どことなく憑き物が取れたような顔をしていたから、てっきり気分が晴れたと思っていたが、どうやらそんなことは無いらしい。

「寧ろ多分、貴方が余計に絶望感を与えたのよ。いくら努力しても天才には敵わないからって。」

「いや、私は別に天才じゃないし……仮に私が天才なら、ダニエルだって天才でしょうに。」

 エミリアは笑って首を振った。そういうことではないらしい。難儀な事だ。


「あ、そうだ。エミリアに聞きたいことがあったんだった。」

「……突然何?」

 突然自分に矛先が向いたことで、エミリアは一瞬警戒した表情になる。が、直ぐに余裕を取り繕った。


「エミリアって、私とダニエルの事嫌いでしょう?」

「ええ、それは勿論。」

 即答。


「私の事が嫌いなのは分かるわ。でも、どうしてダニエルも嫌いなの?」

 ずっと気になっていたこと。

 私の事を嫌っているのは、私が天啓を受けたから。つまり、嫉妬だ。

 では、ダニエルの事を嫌っているのは?


 途端に、エミリアの表情が暗くなる。

「……別に、ただの私怨よ。」

「私怨?」

「貴方が気にすることじゃないわ。」

 どことなく、踏み入ってはいけない雰囲気を感じる。私は、それ以上追及するのをやめた。


「ま、いいや。別に、教えてくれなくても。それで、賭けの話だけど。あれ、保留でいい?」

 特に何も思いつかない。が、折角のチャンスを無駄にするのも如何なものか。色々考えた結果、先送りにするのが一番いいと判断した。

「なんかズルくない?」

「ズルくないズルくない。」


 ---


 その後、優勝トロフィーが部屋に直接送られてきた。

 両手に余るほど大きいせいで、ただでさえ狭い部屋が更に圧迫されてしまう。まあ、自室なんて勉強と寝る以外に使わないからいいか。


 優勝した嬉しさよりも、大昔の記憶と共に封じ込めた感情が心を埋め、何とも落ち着かない。

 失ったものは、帰ってこない。そんな当たり前の事はとっくに頭で分かっているはずなのに。


 取り合えず、今後は魔力切れを起こした後に無理して魔法を使わないようにしよう。絶対に、だ。

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