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我が子をたずねて三千世界  作者: カルムナ
学園高等部編
74/74

決闘大会本選 - 6

 右に、左に、上に、下に。

 全方向に身体を動かし、相手の薙ぎ払いと突きを交わす。

 この時ほど小柄な体格で良かったと思ったことは無い。なんたって的が小さくて済むのだから。


「良くもまあそこまで綺麗に躱せるものだ。」

 ずいぶん楽しそうに暴れているが、こっちにしてみればたまったものではない。寧ろその笑顔が怖い。

 対戦相手に怖気づけば戦況が不利になる。だから気持ちは強く持たなくてはならない。分かってはいるが、それでも怖いものは怖いのだ。


「……その顔、一般生の前でやらない方がいいですよ。」

「できるだけ気を付けているからいいんだ。お前相手なら気を使う必要も無いしな。」

 どいつもこいつも、私の事を何だと思っているのか。平民か、だからか。


 杖を両手で握りしめ、私も負けじと振り回す。

 殿下の剣をずっと見ていたお陰で、どうすれば相手を効果的に追い詰められるかは分かる。だが、想像するのと実現するのとでは天と地ほどの差がある。

 さっきの試合で上手くいったのは、ダニエルが魔術師であったからであり、剣の達人であるルーカスには通用しない。

 寧ろこっちの利を失っている以上、私にとって不利な戦いを強いられている。

 今すぐにでもこの剣を解除して遠距離から魔法で攻めたいところだが。


 なんたって、こんなにも楽しそうなのだ。

 戦術部のメンバーは誰もが戦闘狂である。強さを求める為だとか、学内で人気者になれるからとか、理由は様々であれど、結局行きつく先は一緒である。

 相手が強ければそれだけ燃え上がり、負ければ唇を噛みしめて努力を重ね、未知の戦法を見れば目を輝かせて詰め寄る。

 ルーカスは特にそんな気概を特に感じる男だ。

 だからこそ、挑まれれば応じたくなる。それもまた、彼の戦術なのかもしれない。


 打ち合うたび、纏った氷が削れていく。それを維持しようと魔力を込めれば、それだけ消耗も激しくなる。

 ルーカスの剣技に耐えられる程の剣を維持するのは難しく、何度も持っていかれそうになる。それに必死で食らいつきながら、何とか力を受け流しつつ攻め立てる。


 観客がじっとこちらを見つめている。ざわつく事も、歓声を上げることも無く、静かに行方を見守っている。

 あの中には自分の友人達もいるだろう。どうせなら、いいところを見せてあげたい。


 自己強化を強め、精神魔法で上乗せする。相手もここまでの力の強さは想定していなかったのか、僅かに目を見開く。

 警戒したルーカスも自己強化をさらに強め、速度も力も段々と増してゆく。薙ぎ払う度に氷が弾け、炎が相手の氷を解かす。お互い呼吸する暇もなくひたすらただ打ち合う。

 リズムよく腕を振り、全身の動きで攻撃を躱し、反撃する。氷がぶつかり合うたび、澄んだ高音が空気を震わせる。


 楽しい。

 気づけば、私も笑っていた。


 ---



 ルーカスは、気分が高揚していた。

 これ程気分が高まったのは、いつぶりだろうか。


 相手は部の後輩。流れるような銀髪と紫の瞳が特徴的な、小柄な美しい少女。

 平民で、姓すら持たない家柄だが、その実力は疑いようもなかった。


 ガルス殿下は一見明るいように見えて、実はかなり警戒心が高い。

 信頼できない家の者は護衛が近づけないし、例え近づけても心まで開くことは滅多にない。常に笑顔を崩さず、会話の主導権を握り、用が済めばさっと姿を消す――そういうお方である。


 そんな彼が、学内で認めた数少ない人物。それが彼女だ。

 一部では平民である彼女が気に入られるのはおかしいと不満を言う者も居たが、今日以降はそんな陰口を叩く人も居なくなるだろう。

 それほどまでに、彼女の戦い方は圧倒的だった。

 魔力量だけでなく、その制御力や思考の速さも抜きん出ており、どんな相手にも一歩も引かず、終始冷静。精神的な強さも兼ね備えていた。


 強い相手と戦えるのは光栄だ。

 全力を以ってぶつかり合える存在は、今までガルス殿下以外いなかったから。


 気づけば、彼女も笑っている。自分も笑っている。


 だが、楽しい時間はいつまでも続かない。いずれ限界は訪れる。

 魔力量が尽きてきた。相手の呼吸も上がっている。互いの魔力と体力が、そろそろフィナーレだと告げている。


「……お楽しみはもう終わりか。」

 惜しむように眉尻を下げ、一旦後ろに飛んで引く。

 メーティアは目を細めて距離を取る。向こうも察したのだろう、魔力を溜めている。


 剣を握った右手をできる限り下げ、身体を捻る。そのまま静止し、一呼吸置く。剣の型としてはかなり変わっている。なんたって変わり者のガルス殿下があれこれふざけて考えた構えの1つだから。

 勿論彼女も一方的に見ているばかりではない。一旦炎氷剣を解除し、更に魔力を溜める。あれは上級魔法の構えだ。


 動き始めるのは同時に。

 全身に力を込め、筋肉が目に見えて隆起する。地面に着いた剣先を引き摺る様に横薙ぎに振り、その加速度に剣先と地面から火花が散る。

 魔力の乗った重みのある剣をそのまま下から上に切り上げ、空間そのものを切り裂く様に衝撃波が飛ぶ。


 それを待っていたのだろう。

 彼女も魔力をひんやりと凍るような冷気へと変換し、ぎゅっと圧縮する。

 先程の炎氷剣位頑丈で力強く、基礎魔法の氷針や応用魔法の氷柱撃よりも激しく。


 絶氷槍陣。

 それは、巨大な氷の槍を幾つも放つ魔法陣。その切っ先に触れる相手は氷ながら貫かれる、強烈な魔法。

 幾ら人体保護があると言えど、この槍に体を貫かれればただでは済まない。ダニエルのように腕一本で済めばマシと考えられる程に、物質系上級魔法の威力は高い。

 だが、自分相手ならこれ位やらねば勝てないと判断したのだろう。その判断を、光栄に思う。


 切り裂く剣の衝撃と、貫く氷槍が正面衝突し、激しく爆ぜる。

 冷気で周囲の空気が急冷され、霧が立ちこめる。衝撃波で霧が押し広げられ、視界は真っ白に覆われた。


 顔を刺すような冷気が、耳や鼻を麻痺させる。

 視覚も聴覚も奪われ、魔力探知も機能しづらい。だが、この条件は彼女も同じ。


 賭けに出る。

 つま先に体重をかけ、地面を滑るように移動する。相手が上級魔法を撃った後、霧の中でどう動くかを予想する。

 戦いにおいて警戒心の強い彼女が、そのままぼさっと立っている訳がない。後ろに下がり、自分との距離を取るはずだ。ならば、こちらから近づけばよい。


 やがて霧が晴れる。

 魔力探知が通るようになる。

 賭けには勝てた。メーティアは、すぐ目の前に居た。それも、無防備な背中をこちらに向けて。


 相手はまだ動けていない。

 先手必勝。その教えの通り、剣を高く振り上げる。

 彼女がこちらを即座に振り向く。その視界に自分が移り、僅かに目を見開く。


 彼女は咄嗟に体を捻り、胴体への直撃を避ける。

 だが、狙っていたのは胴体部分ではない。彼女の右手だ。


 彼女の判断速度は速い。振り向かずとも、殺気を感じれば胸元を防御するだろう。

 その分、狙いがズレていれば即座に反応することは難しい。それが右手という、体の末端であれば尚更。


 しかし、その右手には魔術師の命とも呼べるものが握られている。

 杖、だ。


 重い金属の塊が彼女の右手に直撃し、その細い腕に隠された骨が砕け散り、筋線維がぶちぶちと切れるような感触が剣越しに伝わる。

 咄嗟に身体強化を貼ったのか、切り落とされはしなかったものの、その腕はもう使い物にはならない。

 だらんと垂れた手首から杖が地に落ち、カラカラと音を立てる。


 メーティアは即座に横へ移動する。杖はもう拾えない。

 一旦落ち着いて呼吸を整え、再び先程の大技の体勢を取る。身体を捻り、切っ先を地面に這わせ、火花を散らせながら横薙ぎに。


 相手の魔法を警戒する必要はない。杖を無くした魔術師など、何も怖くない。なんたって、魔法が使えないのだから。

 防御魔法を辛うじて貼れても、たかが知れている。剣術は、薄い壁一枚で防げるものじゃない。


 剣が真っ直ぐ相手の胸元へ吸い込まれていく。

 彼女の首に下がった魔道具へと、真っ直ぐに、音を置き去りにして。


 勝利を確信していた。チラリと視線を魔道具から上へ、彼女の顔へと移す。

 戦闘において、敗北を知らない彼女は、どんな表情をするのか見たかったから。

 悔しがるのか、諦めるのか、それとも他の戦闘狂共と同じように笑うのか。


 彼女は、至って真剣な表情で、諦めていなかった。


 背筋がぞくりとする。頭に警告音が鳴り響く。

 言葉では説明しきれない、直感が俺に告げる。今すぐに避けろ、と。

 これ程までに追い詰めたのに。試合の決着は着いたようなものなのに。それなのに、なんだ、この彼女の表情は。


 その瞬間、視界が眩んだ。

 得体のしれない衝撃が、身体を襲った。


 ---


 私の異名を彼は知っていただろうか。

 もし知っていれば、杖を落としたからと言って突っ込んでは来なかっただろう。


 私は、『素手使い』だ。

 入学試験を杖無しで突破したことからつけられたあだ名。何とも気恥ずかしくて、自分から名乗ることは一度も無かった。

 次第に風化していったのか、この名で呼ばれることはもう無い。先輩たちも、すっかり忘れているのか、或いは最初から知らないのか。


 メグと相談した時、彼女は言った。

「杖を介さなければ、魔力効率が落ちる分、早く魔法を出せる。元々発現が早い貴方なら、とんでもない速度で魔法が出せると思うの。」

 そんなもの、実戦で役に立つかなあ、と半信半疑だった私に対し、メグは絶対に役に立つから練習しなさい!と強く言ってきた。


 ありがとう、メグ。

 本当に役に立ったよ。


 予備動作無しの天雷霆撃がルーカスに直撃し、後ろへ吹っ飛んでいく。

 魔力の消費のし過ぎで目がチカチカする。杖無しの上級魔法はやり過ぎたかも、と若干の後悔をしながらフラフラしながらも立ち続ける。

 ルーカスは土埃に塗れながら、ひっくり返っている。流石に勝負あったかな、と審判の方をチラリとみる。


 だが、審判は無言だ。

 つまり、魔道具は割れていない。


 追撃しなければ。だが、魔力が思うように出せない。

 関係ない思考が頭を埋め尽くし、様々な感情が噴き出す。魔力切れのサインだ。


 嫌だ、ここで負ける訳には行かない。せめてもう一撃だけ。

 ルーカスが起き上がる。ああ、間に合わない、もうダメだ。いや、諦めちゃだめだ。

 勝てなきゃ、ダメなんだ。勝てなきゃ、強くならなきゃ。


 思考が狂気に飲まれていく。

 そもそも私は何で戦っているんだ?こんなところで油売ってる場合じゃないでしょう?

 早く、早く可愛いあの子のところへ行かねば……

 あれ、でも、天啓が。天啓を果たさねば、私はどうなるの?


 ルーカスが、ふらふらしながらも構えを取る。

 火花を散らす程の余裕はなくとも、重い剣を振る気力はあるらしい。

 一方私は、杖を拾いに行く元気もない。頭の中がごちゃごちゃし過ぎて、頭痛と吐き気を催している。


 頼む、私、最後だけ。この時だけ、頑張ってくれ。


 ルーカスが、空中へ飛びあがり、そしてこちらへ落ちてくる。

 剣を逆手に持ち、こちらの胸元へ、真っ直ぐ。食らえば、魔道具どころか私自身が大怪我を負うほどの一撃。


 それを見た瞬間、今までの記憶が一気に頭を駆け巡る。

 今世だけじゃない、前世までもの記憶が。

 ああ、これ、走馬灯か。


 また、死ぬのか?

 あの時みたいに。私が至らないばかりに。

 嫌だ、死にたくない。

 死にたくないのなら、反撃すればいい。相手の魔道具を壊すんだ。そうすれば、相手に勝てる。


 どうやって?普通の魔法じゃきっと弾かれてしまうよ。

 弾かれない魔法があるでしょう?貴方も使い方を知っているはず。ほら、こうやって……



 手を翳す元気もない。ただ目線で、上から落ちてくるルーカスを呆然と見つめる。

 視線が彼の胸元の魔道具へと吸われる。

 ああ、分かった。やるべきことが、分かった。


「はああああぁぁ!!」

 彼の低い唸り声が聞こえる。

 刹那、私の思考が纏まる。魔法が、発動できる。


 見えない魔力が疾走する。

 その直後、私の胸元に彼の剣が突き刺さる。硬い魔道具がパキパキと音を立てて崩れ去る。


 だが、それよりも先に、確かな手ごたえを感じていた。

 ルーカスの魔道具にヒビが入る、その感触を。



 入学試験の時、三度目にあの的を壊した創作魔法。

『的が木端微塵になる魔法』は、しっかりと彼の魔道具を先に砕いていた。

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