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我が子をたずねて三千世界  作者: カルムナ
学園高等部編
73/74

決闘大会本選 - 5

 決勝戦は午後のティータイム後にあるようで、観客達も各々の休憩を楽しんでいる。

 観客席では菓子を軽くつまむ者もいれば、カフェテリアで本格的にアフタヌーンティーを堪能する者もいる。

 共通しているのは、皆どこかそわそわと興奮していることだった。


「この大会、長すぎるわ……」

 そんな中、私は選手控室の片隅でぐったりと座り込み、まるで死人のような顔でバテていた。


「メーティア先輩、連戦お疲れ様です。」

「何バテてるのよ、これからが本番でしょう?」

 労わってくれる後輩と、ご機嫌でにこにこしながら肩を揺さぶってくるエミリアの扱いの差が心に沁みる。

 控室にはもう他の選手の姿はなく、今や私とエミリア、そして数人の後輩たちが談笑するだけの部屋となっていた。


「エミリア、私初めて貴方がそんなに機嫌いいとこ見たわ。」

「もう、全力のダニエルがやられるところを見れて大満足よ。」

 目をきらきらと輝かせるエミリアに、思わずため息が出る。

 それは良かったね、でもできれば放っておいて欲しいなと思いつつ、口に出したところでどこかへ行ってはくれないだろう。


「ダニエル先輩、大丈夫でしょうか……観客の中にも心配する声がありましたし。」

 戦いの一部始終を見ていた後輩が、不安げに口を開いた。

「別に腕なんて適当に治療すればちゃんと治るわ。部活でもたまに四肢が吹き飛んだり全身火傷するじゃない。」

 エミリアが何の気なしにそう言うが、別の後輩は苦笑いしながら首を振った。


「自分達は慣れていますけど、一般生徒は中々見慣れないでしょう。こういう怪我を見るだけでも苦手だという方も珍しくありません。」

「あら、そうなのね。」

 エミリアが素直に驚いているのを見て、私もふと考えた。

 確かに私も最初は少し忌避感があった。しかし、治癒魔法で元通りになると知ってからは、次第に気にならなくなっていた。要するに、そういう場面を死ぬ程見たせいですっかり慣れてしまったのだ。

 考えてみれば、私たちのような訓練を受けた人間と、箱入りのお嬢様方とでは、見えている世界が違うのだろう。


「それじゃあ大会なんて見れないんじゃないの? こういう怪我って毎年のように出てるわけだし。」

「観客席からじゃ選手は豆粒みたいにしか見えませんし、流血なんかはほとんど分かりません。大抵は魔法や剣技の派手な演出を楽しんでいますから、わざわざ望遠鏡で覗く人なんていませんよ。」

「なるほどね。」

 そういえば、派手な爆発音や魔力の衝突は歓声の対象になるけれど、その裏で何が起きているかなんて、興味本位でもなければ誰も知らないのだろう。

 それに加え、何より死なないという安心感がある故に見ていられるのかもしれない。


 実際ダニエルの腕は既にくっついているそうだ。彼自身身体を吹っ飛ばされるのは慣れているが、どちらかというと負けたことに対する精神的ダメージが大きいらしい。

 見舞いに来た友人の言葉にも反応せず、ぼーっとしたり独り言をブツブツ呟いているという話を聞いた。


「そんなこと気にしている場合じゃないでしょ、次決勝なんだから。」

 その言葉に、貼りだされたトーナメント表に目をやる。


 エミリアの言葉に、私は壁に掲げられたトーナメント表に目を向ける。

 決勝の相手は、すでに決まっている。


 ルーカス・フィオレンティーノ。

 現・魔導戦技部の部長。つまり、私の直属の先輩にして、最も手強い存在。


「部長とは練習試合を何度かしたことがあるけれど、あの人は中々強いわ。」

 エミリアの『中々強い』は普通の人にとって『とんでもなく強い』ことを意味する。

 私自身、部長とは何度かお手合わせをしたことがあるが、その強さは身に沁みて良く分かる。


 2年前の決闘大会でその様子をちらりと見たことがあるが、その戦闘スタイルは今でも変わらない。

 剣士であるにも関わらず、魔力の使い方がとんでもなく上手いのだ。最早何故剣だけを持っているのか?杖と剣を片手ずつ持ってたらいいんじゃないか?なんて冗談も部内で飛び交う程に。

 両刀使いと言う所がどことなく殿下を彷彿させると思えば、彼もまたガルス殿下から直々に指導を受けていたことがあるらしい。つまり、私にとって兄弟子だ。


「何か打つ手はあるの?」

 考えこんでいると、エミリアが顔を覗き込んでくる。どことなくニヤニヤしているその顔は、明らかに私を心配している訳ではなく、ただ単に楽しんでいるだけだ。

「さあね。」

 別にわざわざ教える義理も無いので、適当にはぐらかしておく。

 どうせ戦った時に見せることになるんだから。そう言うと、エミリアは少し拗ねたように唇を尖らせた。


 ---


 静寂が会場を包む。

 今までの試合とは違い、観客たちも固唾を飲んで静かに見守っている。

 私もまた、ただ黙って相手を観察していた。


 フィオレンティーノ公爵家は、中央貴族の中でも特に強い影響力を持つ家系だ。王家との婚姻を幾度も重ね、その血筋は国家の建国時から続くとさえ言われている。

 その長男、ルーカス・フィオレンティーノ。まさにエリート中のエリート。


 こちらを射抜くようなまっすぐな視線。無駄のない構え。冷静な判断力と、たゆまぬ努力の跡が垣間見えるその姿は、まさに完璧だった。

 だからこそ、試合が始まって数十秒が経っても、私は攻めあぐねていた。


 どうやって仕掛けるか。

 まずは基礎魔法で攻め立てるか?魔力すら使わずに剣で弾き飛ばされるだろう。

 いきなり応用魔法で逃げ場を無くすか?魔法を起動する隙に攻め込まれ、一気に距離を詰められるだろう。

 適度に飛び回りつつ、大技を仕掛ける機会を待つか?下手に時間を与えれば向こうの大技を準備する時間を与えてしまう。

 脳内で何度もシミュレーションするも、全て悉く失敗する未来が見える。どうにもならない。


「どうした、攻めないのか?」

 ルーカスが無表情で話しかけてくる。

「攻められないんですよ、分かっているでしょうに。」

 嫌味たっぷりに言い返してやる。


「殿下の教えは『先手必勝』だったはずだ。」

「同じ教えを受けた相手に、同じ手は通じませんよ。」

「それもそうだな。」


 じりじりとにじり寄り、相手との距離感を測る。

 じりじりと距離を詰め合う中、私はふと気づいた。相手もまた、こちらを警戒し攻めあぐねているのだ、と。


「そちらは先手必勝でなくて良いのですか?」

 お返しにと軽く挑発して見ると、

「お前も分かっているだろうに。」

 ルーカスが苦笑した。学内では厳しいと評判の人だが、部内では意外にノリが良かったり寛大であることはあまり知られていない。

 普段滅多に見る事のない彼の笑顔に、観客の一部が沸き立った。


 さて、そろそろ本格的に仕掛けなければ。

 審判が段々不安そうな顔になって来た。早く戦い始めてくれ、と言う無言の圧を感じる。

 ルーカスも同じことを感じたのか、仕方がない、とばかりに一歩前へ踏み出した。


 その瞬間、前方に地割れが生じる。

 ルーカスの足元から広がった地の亀裂が一瞬にして私を飲み込もうと迫る。

 見慣れない者は、彼が怪力で地面を割ったと誤解するかもしれないが、実際は土魔法の一種である。

 土魔法は土や石、金属に関する物質を生み出したり操る魔法であり、使うにはそれなりに高い練度を必要とする。

 そして、ルーカスの得意属性でもある。


 地割れが恐ろしいのは、戦場の「地盤」を奪うことにある。

 戦士は足場があって初めて動ける。だがその土台が揺らぎ、敵の手の内にあるとすれば?

 跳躍の直前に足元が崩れたら?――即、戦闘不能だ。


 ここ近年で確立した彼の戦闘スタイルは、戦場そのものを自分の支配下に置き、相手の基盤を崩して戦うやり方。

 貴族社会の頂点に立つ彼らしく優雅で、この上なく力強い戦法だ。何より、こういう場において見栄えがする。


 ふわりと浮きながら、次の一手を考える。

 彼は土魔法を得意とする以上、下手に魔法を使っても防がれてしまう。防がれない程威力を込めれば、その分こちらの隙が大きくなり、簡単に切り刻まれてしまう。

 ……というか、剣士相手に魔法の警戒をしなければならない意味が分からない。なんかズルい。


 軽く避けた私に対し、ルーカスは石の礫を次々に飛ばしてくる。速いし、何より頭に当たれば昏倒ものだろう。

 適度に見極めて交わし、お返しに風刃を撃つ。が、大きな剣を盾の様に構え、防がれてしまった。

 やはり風魔法程度では軽すぎるか。


「随分軽く躱してくれるな。」

「そちらこそ、随分軽く防いでくれますね。」

「では、躱せないものを仕掛けるとしよう。」


 ルーカスは剣を握ると、魔力を込めた。特別な金属でできた剣は、魔力を通して強化される。

「さっきの試合で、妙な技を使っていたな。部内では見たことがなかったが。」

 ギラギラと光る剣を見て、私は彼が何を指して言っているのかを察した。

「……ああ、あの炎と氷を纏う技の事ですか。」

「『炎氷剣』、って言うんだったよな。」


 ルーカスはくすくすと笑った。

「言っておきますけどあの技の名付け親、私じゃありませんからね。」

「殿下だろ?あんな適当な技名付けるのは。素晴らしい技だ、魔術師でありながら剣技を扱うとは。」

 ルーカスの剣が纏う力がさらに増大する。鳥肌が空気に触れ、ぴりぴりとする。


「それ、剣士でありながら魔法を使うルーカス先輩が言うと、嫌味になりますよ。」

「そんなことは無い、自分だってまだまだ未熟者だ。……あれを見て、思った。是非、お手合わせ願いたいと。」

 嫌な予感。

 魔力が膨れ上がり、ルーカスの意思に応え、エネルギー体としてこの世界に具現化する。


 凍り付いた剣が熱に圧され、ギリギリと高い音を奏でる。

 観客がその様子に驚き、息を飲む音があちこちから聞こえる。


 私が先の試合で使った大技。

 炎氷剣。それが、そのままそっくりと再現されていた。


「……そう簡単に真似されたら凹みますよ。その技、一体私がどれ程練習したと思っているんですか。」

「剣身に魔力を纏わせるのと、杖から剣状に実体を伸ばすのとでは難易度が全く異なるだろう。俺のはあくまで真似事に過ぎない。」

 それは慰めか、と一瞬膨れたが、彼自身は素直に褒めているつもりなのだろう。


 確かに彼の剣はオリジナルである殿下の技よりも幾分か威力が控えめである……気がする。

 真似たのは外見と力の雰囲気だけで、技術そのものを完全に奪われたわけではなかった。ほんの少しだけ胸をなでおろす。


 が、決して余裕がある訳ではない。寧ろ、状況としては最悪だ。

 ルーカスが嬉々として剣を振りかざし、こちらに接近戦を仕掛けてきたのだから。

次回で、大会編終わります

もう戦闘描写疲れた

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