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我が子をたずねて三千世界  作者: カルムナ
学園高等部編
72/80

決闘大会本選 - 4

 接近してきたダニエルに向かって、私は反射的に天雷弾を放った。雷の奔流が彼の頭上を狙って一直線に走る。ダニエルは、さすがにそれを真正面から受ければ無事では済まないと判断したのだろう、すぐに距離を取り直した。


 その間に、私は周囲をざっと見渡す。観客席からは応援と歓声が渦巻き、視線は常に私たちに注がれている。しかし、先ほど彼がわざわざ距離を詰めてきて小声で囁いたような声は、周囲に届くはずもない。音が飲まれ、私たちだけの会話がそこに封じ込められていた。


 ふう、と小さく息を吐く。ダニエルは口をへの字に結び、無言のままこちらをじっと見つめている。返答を待っているのだ。

 さて、どう出るべきか。


 疑念は山ほどあった。

 彼は本当に確信を持って尋ねてきたのか? それとも、ただのはったりか。そもそも、彼は“前世”、つまり輪廻転生という概念をどこで知ったのか。

 本当にそんなものが、この世界に認知されているのか。

 仮に私が肯定した場合、彼はどう反応するつもりだったのか?


 動揺を悟られぬように無表情を張り付け、頭をフル回転させる。

 何が最善の手だ、どんな反応をするのが正解か?

 出てきた答えは――


「何言ってんの、頭でも打った?」

 すっとぼけである。


「何よ、前世の記憶って。私は私、魔力が多いのも、昔色々あったからよ。」

 呆れたように眉をひそめ、苦笑まじりにそう告げる。明言は避ける。ただ、想像の余地だけを与える。下手な嘘を重ねるより、よほど安全だ。

 どうせ、私が肯定しない限り、彼が確証を得ることはない。


「……だがな。お前の事情とやら、それこそ“前世”ぐらいしか、」

「そもそもその“前世”って何? そんなものの記憶がある人間がこの世界にいるの?」

 私が問い返すと、ダニエルはしばし口をつぐんだあと、逆に目を細めて問うてきた。


「……知らないのか、お前は?」

「知らないって、何がよ。」

 さも当たり前の事の様に話すダニエルに、私は目を瞬かせた。


「教義のことだ。神は魂を創り、この世界の生き物たちは、その魂を繰り返し巡らせている……そう書かれている。」

 教義、即ち神の教え。

 この大陸には、宗教はたった1つしか存在しない。宗派の違いこそあれど、根幹となる教義は共通している。

 そのため、この宗教には明確な名称すらない。ただ“教義”といえば、皆それを指すのが常だ。


 だが、正直なところ、私はその宗教にまったくといっていいほど興味がなかった。

 なぜか、と問われても答えに窮する。ただ、漠然とした反感のようなものがあったのだ。


 確かに、私は神に助けられている。あの天使が言っていた通り、私は神の力で生き返り、この世界で再び歩む機会を得た。

 けれど、それが信仰に直結するかといえば――違った。むしろ、逆だった。


 生き返る代償として、神の意志に縛られ、従い続ける運命を背負わされた。

 神とは本来、人を見守り、祈りに応えて天啓を与える存在だとされている。だが、私が接触したその“神”は、命を取引の道具に使い、等価交換を当然のように語る存在だった。


 そのせいだろうか。直感的に、私はこの神を()()()()()と思った。


 もっとも、私が出会ったその神と、世間が信仰している神が同じである保証はない。

 ひょっとすると全くの別物、ただ名前と性質が似ているだけの“他人の空似”という可能性もある。


 だから私は、宗教に関して調べる気も起きず、この世界で唯一無知な分野がそこだった。

 結果、知らなかったのだ。教義において、輪廻転生の概念が明確に肯定されていることを。


「私、正直……その辺、興味ないのよ。」

 声のボリュームを落とす。観客席にいるであろう神官系統の子女に聞かれて、余計な波風は立てたくなかった。

「ああ。だろうな。お前、信仰心とかまったくなさそうだしな。」

 ハッと笑いながら風を操り、見えない刃を仕掛けてくる。魔力探知で避け切ると、幾分かお返ししてやった。

 ダニエルは苦笑を浮かべながら、風を操り見えない刃を送り出してきた。私は魔力探知でその動きを先読みし、寸前で回避する。すぐさま風の弾を撃ち返してやると、彼は軽く肩をすくめた。


「で? その教義とやらには、前世を持つ人間がいるって書いてあるの?」

「ああ。たまにいるらしい。前世では王族だったと主張する町人とか、な。」


 ……いや、それ絶対、注目狙いの出鱈目では?

 私の疑いを顔に出したのか、ダニエルは少しだけ苦笑した。

「正直、俺も信じてるわけじゃない。信仰心も高くないしな。自称“前世持ち”の奴らなんて、怪しいとしか思ってなかった。……だが、お前を調べて、戦って、観察して、考えた。最早それくらいしか、説明がつかないんじゃないかって。」

 なるほど。つまり彼は、確証があって訊いてきたわけじゃない。ただ、仮説をぶつけて動揺を誘おうとしたに過ぎない。

 良かった。うっかり肯定しなくて。


 しかし、思いがけない収穫もあった。

 この世界に“前世の記憶”を持つ人間が、自分以外にも存在する可能性がある。

 それが、ただの虚言なのか、それとも……。


 いや、今はいい。後で考えよう。

 それに、私以外にも前世持ちが居たところで、一体何になるって言うんだ。結局のところ、私がやらねばならないことは何1つとして変わらないというのに。


「ねえダニエル、それを私に聞いて、万一にでも私が肯定したら、一体どうするつもりだったの?」

 何気ない疑問で、特に意味は無い。軽い気持ちで聞いたはずが。

「……そうだな、その時は。」

 ダニエルが笑った。酷くクマで黒ずんだ顔が歪み、邪悪さに若干身が引き締まる。

「酷く嫉妬して、お前をぶちのめしていただろうよ。」


 その直後、爆ぜるような轟音と共に、金色の劫火が目の前を覆った。

 余りの高熱に、周囲の温度が変化する。肌が焼けるようにチリチリと痛み、汗がどっと噴き出す。

 頭がくらくらする前に何とか氷魔法で熱を中和し、体温を平常に戻すことに成功した。が、呼吸を整える間もなく、次の炎弾が殺到する。


 咄嗟に自身の周囲を氷壁で囲み、熱を遮断する。が、相手は当然基礎魔法の1発や2発でやめてくれるほど優しくはない。

 潤沢な魔力が渦を巻き、結界のように広がった炎のドームを形成し、再び炎球結界を発動させた。

 先程よりも低温で薄い結界だが、範囲は広い。恐らく中で焼き尽くすことが目的ではなく、長時間に渡って燻すつもりだろう。


 思わず胸元の魔道具を確認してしまう。直接の打撃は受けていないが、確実に消耗は進んでいる。気温は上がり続け、魔力も削られ続けていた。

 だが、相手のやっていることは炎魔法を放ち、周囲の気温を上げるという力業。直線的に飛んでくる攻撃は避けられても、間接的に環境を変化させられては避けられるものも避けられない。

 ダニエルはこのまま私の魔力が尽きるまでこうやって温度を上げ続け、高熱で魔道具を割るつもりだろう。


 熱がじりじりと私の気力を蝕む。

 このままでは魔道具が壊れる前に、私の頭が熱中症でやられてしまいそうだ。

 観客席にまでこの熱が行っているのだろうか、皆汗をぬぐいながら薄目でこちらを眺めている。


 魔法を弾幕の様に張り巡らせるだけでは避けられてしまうが、戦場全体を支配することで逃げ場を確実に奪っている。

 良く言えば狡猾な、悪く言えば乱暴な。

 エミリアの様に優雅さがある訳でもなく、ガルス殿下のように力強さがある訳でもない。

 ただ勝つ為の手法として魔法を使っている。


 ダニエルらしい。

 平民で、それでいて苛烈な競争社会に揉まれて。そんな中で生まれ育った彼にとって、この戦いも通過点に過ぎないのだろう。


 さて、ダニエルが確実にこちらを仕留めに来ている以上、こちらものんびりはしていられない。

 こちらが勝つ手段は1つ。やられる前にやる、である。

 弾幕を張るのは無駄だ。防がれるか避けられる。私の魔力が枯渇するまでに仕留めなければならないのだ、そんな余裕はない。


 防がれず、避けられない攻撃。

 普通はそんなもの思いつかないだろう。

 だが、私の頭にはたった1つの答えが浮かんでいた。


「……お前、諦めが悪いな。不利なのは分かっているだろうに。」

 呆れたように言う彼は、きっと私がどんなにあがいても倒しきれると踏んでいる。

「誰が不利だって?」

 そんな態度は放っておき、魔力を展開し、杖に集中する。


「現状こうやって追い詰められているじゃないか。魔力量で劣っている以上、この熱をどうにもできないだろう。」

「そうね、確かに貴方は戦術を立てるのが上手いわ。自分を常に優勢に置き、確実に仕留められるように追い込んでいく。状況判断に応じて理論的に対処する点においては、うちの部でも随一だと思う。」

 素直な感想だ。やっているところは見たことがないが、きっと彼はボードゲームが上手いに違いない。


「何だ、いきなり。」

「でも、私にだって強みはあるわ。そこそこ多い魔力量と、器用さと、後は経験と想像力とか!」

 自分でも口元が歪んだのが分かる。だって、嬉しいのだ。

 今までコツコツ頑張ってきたことをお披露目する機会が来たことが。


 杖に高密度の魔力が集まり、光が漏れる。ぐるぐると風が舞い、熱と冷気が混ざり合う。

 ダニエルと同じ黄色の炎、そして白く輝く氷。相対するハズの2属性が上手く交わり、杖を延長し、長い長い剣を模する。その異質さと美しさに、観客だけでなくダニエルまでもが目を見開いた。

 創作魔法の1つ。あの温暖な昼下がりに見たものと全く同じ。


「炎氷剣!って名前よ。」

「安直過ぎないか?」

「私もそう思う。」


 私は笑いながら剣を振った。

 リーチが届かないと踏んでいたダニエルは一瞬反応が遅れ、ブレザーの裾が燃える。思わず彼の視線が剣に吸い寄せられる。


「……振っただけで波動が飛んでくるのか。」

「正解。」

 剣を振ると、魔法の残響が波動として飛んでいく。一方で、接近して食らえば勿論大ダメージをもろに受けることになる。

 遠近両方に対応した技は、それだけで相手の選択肢を奪うことができる。この身を持って知ったことだ。


 私はいつも以上に自己強化を強め、地を強く蹴った。

 重力が私を引き留めようとするが、宙への加速度の方が大きい。一瞬にしてダニエルと距離を詰め、驚く彼に剣を振った。


 長い剣がついでのように地を切り裂き、土埃が吹き上がる。すんでで避けたダニエルは体制を崩し、慌てて風魔法で体を支える。

 が、私の剣が振り下ろされる方が早い。確実に相手の胸元へと斜め上から振り下ろす。


「あ、ぶな……!」

 防御魔法を全力でペンダントの周辺に貼り、何とか一撃は防いだ。その隙に後方へ飛び下がろうとするが、長いリーチがそれを許さない。真っ直ぐに伸長した剣は再び振り下ろされ、ダニエルの胴体を横なぎに払った。

 防御魔法よりは丈夫な土の壁でもう一度何とか防ぐも、勢い余った炎がダニエルの腕ごと燃やし、氷の鋭角が肉を切り裂いた。

 傷口は焼かれた後に氷漬けにされ、血すら滴ることなく消えていく。切り落とされた腕は自己強化がはがれ、直ぐに灰も残らず燃え尽きる。

 保護魔法がかかっているとはいえ、悶絶する程痛いだろうに、彼は表情を僅かに変えただけだった。


「……その剣技、殿下のものか。」

 返事の代わりにもう一度剣を振り下ろす。 彼の顔にまた傷が刻まれる。

 技術が力へと転化し、確実に彼を追い詰めていく。長い得物を自分の手足の様に操る技術は、毎日のように見てきたから、脳裏にこびりついている。


 何度も剣を振る。傷を増やし、片腕は焼き切れ、魔力は枯渇し、空中にも浮かんでいられなくなった。

 それでも、彼は降参することなく立ち続けていた。


「……諦めが悪いのはどっちよ。」

 若干呆れながらも、両手で剣を構える。

「なんか、癪じゃないか。」

 ダニエルは笑った。私はその時、気づいた。彼の笑顔を初めて見たことを。


「何だ、笑えるんじゃないの。」

 痩せた顔が一瞬きょとんとし、ああ、と納得した表情に変化した。

 最後の一撃。音もなく、ゆっくりと剣を振り下ろす。

 それが、彼の胸元に輝く魔道具を貫いた瞬間――


 審判の笛が鳴り響き、歓声がアリーナを包んだ。

 その直後、救護班が飛び込んでくる。


 戦いは、終わった。

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