決闘大会本選 - 3
「あり得ないわ!」
ぷんすか怒りながらお菓子を口に詰め込むエミリア。その様子を寝転んで横目に見る私。そして、おろおろと視線を交わす後輩たち。
「何がって、とどめが雷魔法だったことよ。雷魔法でやられるなんて、屈辱にもほどがあるわ。」
「別に、最後にどんな魔法使ったっていいじゃない。雷が得意でも、雷に耐性があるわけじゃないでしょ?」
「それは分かってる。でも私にもプライドがあるの。一番の雷使いでありたいっていうプライドが。なのに――何よ、あの紫の光。見たことない魔法だったじゃない。あれ、本当に雷なの?」
ぐいっと顔を近づけてくるエミリア。近くで見ても肌はつややかで、お菓子を食べていたのに歯も白い。さすが美人は得だなあ、なんてぼんやりしていたら、デコピンを食らった。デコピンにしてはめちゃめちゃ痛い、指の力どうなっているんだ。
「聞いてるの?」
「え、エミリア先輩、メーティア先輩はお疲れなので……」
「あら、そうだったわね。でもどうせまだ余裕あるから大丈夫よ、この魔力お化けは。」
「そんなことないよ、次に備えてちゃんと準備しなきゃいけないから。」
私は寝転んだまま、近くに置かれていたトーナメント表を指差す。
「ああ、そうだったわね」
今まさに盛り上がっている試合は、隣の山。つまり、私が次に対戦する相手を決める試合だった。
「……ダニエル、ね。」
魔道具越しに闘技場をのぞくと、ちょうどダニエルが相手を圧倒しているところだった。
「相変わらずド派手ですね。エミリア先輩に負けず劣らずで。」
「黙りなさい。私はもう少し繊細に魔力を扱うの。あんな乱暴な魔力バカと一緒にしないで。」
ふんっと鼻を鳴らし、エミリアは後輩にもデコピンをくれてやった。軽い音からして、大分手加減はしてあげたようだ。私には全力で弾いた癖に。
ダニエルの魔力量が常軌を逸しているのは昔からだったが、最近はさらに増している。それを手当たり次第に燃やして、相手の逃げ場ごと焼き尽くすような、暴力的としか言いようのない戦法。
だが、その戦いぶりには、どこか危うさも見える。
精神は魔力の核――それを支える精神力の起伏が激しすぎる。魔力を絞り出すために感情をすり減らし、そう、まるで、自分の命すら燃やし尽くすように。
ガルス殿下の言葉をふと思い出す。
『強欲』。それが、彼を突き動かす力の正体だと。
より強く、より賢く。それが彼を動かす強欲さだということか?
エミリアはこっそりと私に耳打ちをした。
「ねえ、メーティア。覚えてるでしょ?私との賭け。あれはもう、あなたの勝ちでいいわ。でも……私に勝ったからには、ダニエルにも勝ってもらわないと困るわよ?」
「言われなくても分かってるわ。」
「なら、いいけど。」
エミリアはため息をつき、またお菓子を口に放り込んだ。失った魔力の補充に必死らしい。
私もカヌレをつまみ、ゆっくりと咀嚼した。甘すぎるけど、魔力の回復にはちょうどいい。
私は目を閉じ、出番が来るまで頭の中でダニエルとの戦いを何度もシミュレートしていた。
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「準決勝試合、ダニエル・クロフトン対メーティア!」
3戦目ともなれば、さすがに慣れてくる。初戦に比べれば足取りも軽いし、緊張も幾分か和らいでいた。
……もっとも、これから相対する相手のことを考えると、楽観はできなかったが。
「よう、メーティア。」
「ごきげんよう、ダニエル。」
同じ平民出身のこの男は、いつも通り生真面目で、お堅い性格をしている。
練り上げられた魔力に隙のない立ち姿――それだけで、彼がこの日のためにどれだけ積み重ねてきたのかが分かる。
目の下のクマは一層濃く、今にも過労で倒れてしまいそうだった。
彼の過去については本人からも聞いている。同情はしている。だが、それでも思う。
――本当に、そこまでして努力する必要があるのだろうか?
――彼の両親は、恩人たちは、それを望んでいるのだろうか?
「……ねえダニエル。もし私が勝ったら、もう少し家族の話を聞かせて。」
「それは無理だ。なぜなら――お前が俺に勝つことはないからだ。」
「試合、開始!」
魔力がうねる。
意外なことに、ダニエルは初手を仕掛けてこなかった。練り上げた魔力をまといながら、鋭い眼光で私の動きを観察している。いつでも焼き尽くせるぞ、と言わんばかりの圧力。
彼の魔力は、あくまで実直で暴力的。だが今の彼からは、それ以上の何かが感じ取れた。慎重さ――いや、警戒心だ。
ならば、私も同じく慎重に応じるまで。
王道にして基礎、風魔法の応用で牽制を。空気を操りつむじ風を巻き起こすと、それを刃に変えてダニエルへと放つ。くるくると回転する風刃は勢いよく彼を目指す。
が、ダニエルは軽く身を傾けただけで、それを紙のようにかわした。
「小手先の技術はいい。とっととお前の本気を見せろ!」
吠えるような声と共に、地を這うように火炎波が生まれる。
本来ならじわりと薄く広がるはずの炎が、ダニエルの手にかかればまるで怒涛の大波。あれでサーフィンできたら楽しそうだなぁ、なんて場違いな感想すら出てくる。
「最初から本気出したら面白くないでしょ?私の戦闘スタイルには合わないの!」
地上はすっかり炎に飲まれてしまった。ギリギリで空中へ回避し、直後に海流山を発動する。
「その炎、鬱陶しいのよね。」
放たれた水流が空中で渦を巻き、次第に勢いを増して地上へと落ちていく。
ごう、と音を立てて水が地を覆い、燃え広がる火炎を次々に打ち消していく。水魔法は魔力消費量が多い分、こういう時に便利だ。
蒸発した水蒸気はコントロールを放棄して魔力へ霧散させ、余計な魔力消費をカットする。我ながら立ち回りが完璧である。
「そんなもの消したって無駄だ。こっちは何度でも燃やせる。」
ダニエルの周囲の魔力が震え、熱気を帯びたそれが上級魔法へと変質していく。
観客たちの息を呑む音が、はっきりと聞こえた。彼が展開したのは火球結界――自らを高熱の結界で包み、相手ごと焼き払う大技。通常なら終盤の切り札だ。
どうも、これまでの相手はこの技に為すすべなく焼かれていったようだ。
だが、次の瞬間。
ジジジ……と音を立てて、結界が不安定に揺れ始めた。
ダニエルが一瞬だけ表情を曇らせ、身を引いたその時。雷弾が地面を掠めて、彼の足元を照らした。
「……さっきの水がまだ残っていたのか。」
「正解。」
火炎波で蒸発した水分は消したが、地中に吸い込まれた分の水は敢えて残しておいた。火球結界で再び熱されて蒸発し、地上へ吹き上がった蒸気が炎の威力を弱めてくれた。
「よく頭が回るし、技術力も高い。……平凡な家庭出身に似合わず、とんだ化け物だ。」
「そりゃどうも。貴方に褒められるとは思わなかったわ。」
私は水の応用魔法1つでダニエルの応用魔法1つと上級魔法1つを凌いだ。いくら水系は魔力消費が大きいと言えど、上級魔法をやり過ごせばおつりがくる。
力でゴリ押すだけでは私には勝てない。彼もそう悟ったようだ。
「……俺はずっと疑問だった。なぜお前が、そんなにも魔力を持っているのか。」
火炎波に風を混ぜた攻撃が、爆風のような勢いで襲ってくる。範囲も速度も格段に増した複合魔法。だが、雷魔法程速くはなく、水魔法よりも軽い。土魔法で適当な壁を作り、その後ろで一息つく。
「何が不思議なの?」
「魔力は精神力の強さに比例する。貴族や、俺のように何かを背負う者であれば納得できる。だが、お前のように自由に生きてきた者が、それほどの力を持つはずがない。」
氷針の弾幕をお返しすると、彼は全て防御魔法で弾いてみせた。贅沢な、防御魔法は厚く張れば張るほど魔力消費が多いのに。
「個人的な事情よ、秘密なんて誰にだってあるでしょう?」
「一般的な平民が持てる事情なんてそう多くないだろう。昔犯罪か事故にでも巻き込まれたかと思ったが、安全な王都に家があるのなら違う。俺の様に元々は別の生まれであるのかと調べたが、どうやらそれも違う。」
「何勝手に調べてるのよ。」
風刃を飛ばすも、彼はそれを土の壁で受け流し、逆に岩塊を私に向かって投げつけてくる。くるりと身をよじって交わし、次の一手を考える。
ダニエルはエミリアと違い、得意魔法以外も難なく使える。多少使いにくくとも潤沢な魔力が解決してくれるからだ。
「安全な王都。平凡な家庭。だが、その魔力の奥底には深い執念と、決して揺るがない意志がある。何故か?……そこで、俺は1つの仮説に辿り着いた。」
私の氷柱撃と彼の天雷弾がぶつかり合い、氷の結晶がはじけ飛ぶ。太陽光を反射し目を眩ませる中、彼は私との距離を一気に詰めた。
「お前、前世の記憶があるな?」




