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我が子をたずねて三千世界  作者: カルムナ
学園高等部編
68/80

決闘大会本選 - 1

 カラッと乾いた空気を吸い込み、深呼吸をした。

 空を見上げると、まだ太陽は上ったばかり。雲1つない青い空をぼんやり眺めていると、突然幾つもの爆発音と共に、空に光の玉が飛び回った。

 おもちゃのような小さい花火だ。

「あの花火、どこの部が出してるんだ?」

「演劇部が余った火薬で飛ばしているんだってさ。全く贅沢だよね。」

 隣で現部長と3年の先輩は呆れたようにため息をついた。


 今日は決闘大会、それも本選だ。


 私達出場者は例年通り速い時間に集められ、控室へと案内される。

 昨年まで自分たちが運営側をやっていたから、参加者側になるのはちょっと新鮮だ。本当にこれから大会に出るんだという実感が沸いてきて、心臓がバクバクする。

 まさか、メンタルが強いと自負している自分がここまで緊張するとは。この久しぶりの感覚は、昨年の学年末テスト以来か、それとも学園祭の時以来だろうか。

 周囲を見渡すと、他の参加者たちも深呼吸を繰り返していたり体を震わせている。よかった、緊張しているのは私だけではないようだ。


 控室内で体を伸ばしていると、突然小声で声を掛けられた。

「メーティア先輩、頑張ってくださいね!」

 同じ部の後輩だ。いつも私たちの戦いを見て学び、魔力の鍛錬も欠かさない真面目な子だ。

「ありがとう、精一杯頑張るわ。」

 彼女の屈託のない笑顔に、思わず私も笑顔で返した。




 チラリと視線をずらすと、奥の方にダニエルが居た。彼はこちらのことを一瞥もせず、ひたすらブツブツ小声でつぶやいている。目の下のクマが濃くなっているせいで、遠目で見ると異常者だ。

 案内役の後輩たちもどうしていいか戸惑っている。仕方ない、あからさまに危険そうな奴に話しかけたくないのは万国共通。

 あんな奴放っておけ、と手で合図をすると、後輩たちは安心したように他の仕事へ移って行った。


 さて、いよいよ対戦相手の開示だ。大会のトーナメント表は当日に発表される。自分の対戦相手を事前に知ることはできないため、出場者とそれぞれの特徴を満遍なく覚えて対策しなければならなかった。

 会場のモニターに大きく映し出された表を見つめ、自分の名前を探す。あった、一番下の右から2番目。1戦目の相手は……部外の人だ。


「あの人って去年も出ていませんでしたっけ。」

 小声で仲のいい後輩が話しかけてくる。彼女は中等部3年生、学年内では期待のエースだ。

「2年生の方ね。確かに見た気がするわ。」

 去年の大会の記憶を掘り返す。確か剣術を使う人だったはず。一年前から大会に出られる程の技術力を持っていたという事は、今年は更に力をつけてきたのだろう。

 しかし、こちらも対剣術をしっかり身に着けてきた。特にガルス殿下に昔しごかれただけあって、比較的得意分野だ。


「……というか先輩、初戦じゃないですか?司会の挨拶が終わったらすぐ試合ですよ、準備は大丈夫ですか?」

「大丈夫、前の年まで企画側として仕事していたから、大会の流れは分かってるもの。それに、いつだって戦う準備はできてるわ。」

 中等部の頃は良くこの日に酷い目に合ったものだ。命のやり取りに比べれば、魔法に守られた戦いなんて怖くない。

 手に良くなじむ杖を撫で、深呼吸をした。丁寧な文様が描かれた魔石は今日も美しく輝いている。この学校に入学したての時は新品だったこの杖も、今や傷跡でかなり擦り切れている。共に戦ってきた証だ。


 さて、そろそろ入場だ。

 どうぞ、と会場への扉を開いた瞬間、外気がそっと頬を撫でた。一歩歩み入れようとした時、ふと後輩が思い出したように口を開いた。

「そういえば、先輩は自分のオッズご存じですか?」

「いや、知らないよ。」

「じゃあ知らないままで戦っててください。変にやる気出されても困りますから。」

 なんじゃそりゃ、と半目で見つめたが、後輩はおお怖い、とおどけて小走りでそそくさとその場を去ってしまった。

 まあいい、後で問い詰めよう。


 深呼吸をし、控室から会場へと歩みを進めた。


 眩い光と共に、高い歓声が響き渡る。

 選手の登場と共に湧き上がる会場と、それに応えるようにゆっくり中心部へと歩みを進める選手。毎年同じ光景だが、選手目線だとこうも感じ方が違うのか。

 固く細かい砂利を踏みしめる度、その小さいはずの音がしっかりと身体を伝って聞こえてくる。その音と遠くから聞こえる歓声が混じり、改めて実感する。私はここに立っている、と。


 前方からは、私の対戦相手の男が静かに入場してくる。静かに真っすぐこちらを見据え、胸には自分と同様に、魔道具の付いたペンダントを付けている。

「両者、礼を。」

 試合前には必ず礼をする。優雅なカーテシー――は苦手なので、軽いお辞儀に留めておく。


 無数の騒めきの中深呼吸を繰り返し、意識的に周囲の音を遮断していく。必要な音だけを拾い、不要な情報は捨てる技。この集中法は、決闘部門外不出の秘伝の技の1つ。

 脳裏に残ったのは、そこに立つ対戦相手の足音、呼吸、心拍。


「試合、開始。」

 審判の旗があげられ、空気を斬って下げられた。



 ところで、戦闘スタイルにはそれぞれ癖があるものだ。

 迅速さを重視するもの、安定性を重視するもの、奇をてらって相手を翻弄するもの、大体癖がある。その癖は性格由来なのか、無くそうと思っても中々無くせないもの。

 戦術部員同士であれば日々の訓練を通して互いにその癖を熟知しているが、部外の人の癖は流石に初見では把握できない。

 だが、それは向こうも同じこと。何なら向こうはそれぞれの癖への対抗策を知らない分、こちらに分がある。


 私の戦術には癖がある。それは自分の師匠であるガルス殿下とよく似ている。

 彼の動きは自身を優位に立たせ、相手の意識をついて更に追い込んでいく戦法が得意だ。精神的な追い込み漁と言っていい。

 その動きは私にも受け継がれ、私なりにアレンジされている。


 審判の旗が胸前辺りに来た時、私は対戦相手の目の前から消えていた。

 先手必勝。これも殿下が教えてくれた技だ。


 対戦相手は瞬時に奇襲を悟り、全身に防御魔法を張り巡らした。よく訓練された、冷静な対応だ。

 だが、開幕防御魔法で守りの態勢に入るのは悪手である。戦い慣れている戦術部員なら防御ではなく回避を選んだだろう。

 なぜなら、防御魔法は一点突破で破られるから。


 彼の視界の外、剣をしっかりと構えている胸元とは真逆の位置、彼の背中目掛けて魔法を解き放つ。

 土魔法『地槍』。

 土を練って槍状にするだけのシンプルな魔法だが、必要な魔力や質量から応用魔法に分類されている。本来なら起動も遅く、魔力を練っている間に反撃を食らうことから使()()()()()技として知られている。


 だからこそ、私によく合う。魔法の出の早さは私の代名詞と言っても過言でない。部内ではそれほどまでに評価された私の技術も、部外の人は実際に見たことも無いだろう。だから、不意打ちが成立する。

 まさか、この速度で魔力消費量も隙も多い土魔法を撃ってくるとは思わないだろう。そんな意識の隙を貫く槍が、彼の背中へと突き出された。

 堅く研磨された状態の土魔法は石、いや金属並みに鋭利な武器と化す。質量と速度を持ち合わせた土魔法は、咄嗟の防御魔法で防ぎ切れるほど柔じゃない。


 目論見通り防御魔法ごと相手の背中に直撃し、金属がこすれ合うような鈍い感触の後、耳を劈くような音が響き渡った。防御魔法がはじけた音だ。手ごたえもある。

 彼は思い切り背中を逸らす格好で吹き飛ばされ、空中にその無防備な身を晒している。身体強化は切っていないようだし、人体保護もあるから骨すら折れていないだろうが、痛いものは痛い。

 衝撃に意識を晦ませ、剣の構えが解かれた。今なら胸元を狙える。


 そのまま地を蹴って角度を調整し、胸元に浮いたペンダント目掛けて雷弾を的確に打ち込んでやる。なんたって、この魔道具を割るのに必要最低限の攻撃力はしっかり覚えている。相手が避けも守りもしないのなら、例え的が動いていても外したりはしない。

 狙い通り雷が直撃したペンダントは割れ、内部に秘めた魔力がじんわりと周囲の空気に溶け出した。


 その瞬間、審判の声が響き渡った。

「勝者、メーティア!」


 会場は一瞬静かになった。食い入るように見つめていた観客達が、その目を大きく見開いている。

 そして、しばしの沈黙の末に――拍手と歓声が波の様に押し寄せた。


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