決闘大会への出場権
今日も今日とて、訓練の日々。
目が回る激しい光と頭がぐらぐら揺らぐ轟音が鳴り響くのは、戦術部ではごく普通の日常だ。
高等部に入ってからは一段とその勢いは増している。
「ダニエル、最近なんかあった?」
ダニエルに話しかけるも、彼の顔は相変わらず皺が寄っている。
中学の時はまだ少年らしく丸いあどけない顔だったのに、着実に青年の顔へと近づいている。
体格も剣士程ではないががっしりとしているし、魔法抜きで喧嘩したら私なんて吹き飛ばされてしまうだろう。
そんな彼の表情は、年には見合わない難しすぎる顔をしていた。
「どうしたの?何か考え事?」
「お前には関係ない。」
元々不愛想であったが、高等部に入ってからはずっとこの調子だ。
恐らく休み中に何かあったのだろう。
心配ではあるが、私が口出しするようなことでもない。
悩ましいところだ。
「何か心配事があったら聞くからね。一応大切な同級生の仲間だし。」
別に他意はない。純粋な気遣い程度の気持ちだ。だが、そんな気遣いは逆に彼を刺激してしまったらしい。
「いつから俺を助けられる程力を得たつもりか?俺より弱い奴にどうやって俺が助けられるというんだ。」
その瞬間、熱気が顔を掠めた。今まで見た事も無いほど巨大な火炎波だった。何とか顔を横に避け、防護魔法を張ったおかげで無傷で済んだが、防護魔法無しであれが命中していたらきっと私の体は文字通り灰になって消えていただろう。
「気に障ったのなら悪いね。でも、心配しているだけなのに酷いじゃない。」
「練習とはいえ、試合中によくそんな無駄口が叩けるな。集中しろ。」
まあ、彼の言うことも最もだ。手を抜いていたら普通に負けてしまう。
彼は、強くなった。中等部の頃よりも魔力が桁違いに増加し、そんな暴力的ともいえる程高い魔力の扱いにも慣れてきた。
このまま成長すれば、きっと戦闘力でガルス殿下を超えるのではないか。そう噂されている位には強い。
今だって彼は本気を出していない。本気を出せば、近くにいる審判や観戦している下級生まで巻き込む可能性があるからだ。
「メーティア、確かにお前は強い。だが、俺の方が強い。強くなくてはならない。」
「それは、強迫観念かしら?」
「いや、事実だ。定めでもある。」
彼の口調はどことなく焦っているような、脅されているようなものを感じる。
それに、定め?現実主義の彼らしくない。やっぱり何かに影響されているのか。
「まあ、貴方がそう思いたいならそう思えばいいわ。でも、事実がそうだとは限らないけれどね。」
魔力と魔力のぶつかり合いの中、ほんの僅かな隙をついた攻撃だった。素早い閃光が煙の隙間を縫うように走り、ダニエルの彼の肩に当たった。防御魔法すら間に合わない程に速く、身体強化を入れていてもかなりの衝撃だったはずだ。
彼の身体は軽く後ろに吹き飛ばされたが、受け身を取れたお陰で何とか立ち上がれた。勿論、私とて彼がこの程度で倒れるとは思っていない。すぐに追撃を加え、少しずつ逃げ道を塞いでいく。
彼は確かに魔力量では優れている。だが、速さは未だ私の方が圧倒的に速い。
戦況を見る能力も、精密な魔力操作も、使える魔法の幅も私の方が上だ。彼は言っちゃあ悪いが、かなりがさつなところがある。
「……そうだな、集中していなければこのざまだ。お前の言う通り、俺にはまだ鍛錬が必要なようだ。」
「強さの序列に随分固執しているのね。そんな性格だったっけ?元々この部に入部したのは別の理由だったんじゃない?」
「3年もあれば変わるさ。今は違う、俺は強さを求めてここにいるんだ。」
「ふーん。」
興味なさげな返事を返したが、実のところ彼の強さへの執着はこの戦術部が原因ではないか?とすら思っている。確認する手段はないけれど。
何度も打ちあいを繰り返し、お互いに段々疲労が積み重なっていく。
そろそろ決め打つ時だ。
彼の発動した炎球結界を海流山で打ち消し、大量の水蒸気を発生させる。
発現させた魔法の主導権はエネルギー体の魔法よりも物質体の魔法に優先権がある。つまり、炎魔法の熱が籠った水魔法の水蒸気は、水魔法を発動した側が操れるのだ。
高密度の水蒸気でダニエルの周囲をさっと囲み、そのまま氷魔法で冷却してやると、水蒸気は水へと戻った。
大量の液体の水がダニエルを覆い隠し、そのままギリギリと水流が彼を痛めつける。
しかし、そこで終わるような彼ではない。
彼はすぐに炎球結界を再び発動し、今度は自分の周囲を結界で覆い隠した。
囲んでいた水は再び水蒸気となり、分散していく。
「……上級魔法2連続で使って平気な顔してるなんて、流石ね。」
「生憎魔力量は最高位なのでね。しかし、確かにお前の判断能力といい、魔法操作といい、弱いと言ったことが誤りだったことは認めよう。」
「随分あっさりと認めてくれるのね。」
「だが、それは俺として許しがたい。俺は、この学校で一番にならねばならない。」
彼は地を蹴り、急接近した。触れそうなほど近くまで寄られたが、私は逃げなかった。魔法を発動するのは私の方が早い以上、距離を詰めれば不利になるのは彼の方だと理解していたから。
彼もそれを分かっている。だから、彼が私に寄ったのは攻撃するためではなく、話をするためだ。
その時、私は彼と初めてしっかりと目が合った。
彼の身長は私よりもずっと高い。元々差があったのに、今では私の首が痛くなりそうなほど見上げなければならない。
「俺等は、高等部に入った。」
「今更何?」
「高等部に入れば、大会に出られるよな。」
大会という言葉が示す行事はただ一つ、決闘大会だ。
「……なるほどね、私と勝負をしたいと。」
「本気の勝負をしよう。そこで決着をつける。」
彼は私の耳元でそう囁くと、そのまま降参の姿勢を取った。
審判をしていた生徒は戸惑いながらも、メーティアの勝利を高らかに叫んだ。
「大会ねえ。」
言われてみれば、直ぐに決闘大会の予選がある。
高等部に入って直ぐだが、高等部生として参加する権利は充分に有している。
正直、予選位なら問題なく勝ち抜ける自信がある。が、その後は修羅の道だ。
私達がいくら同学年と比較して強いとはいえ、先輩達だって充分強い。例え魔力量で優っている相手でも、普通に経験と知識の差で負けてしまう事もあるだろう。
準備が必要だ。
「しかし、どうやって準備しようかなあ。」
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取り合えずメグに聞いてみることにした。
「ねえメグ、決闘大会に出ようと思うんだけど。」
「まあ、戦術部だし出るのは当然でしょうね。」
「本番も勝ち抜きたいから、今から準備したいのよね。でも、何したらいいか分からなくて。」
「はあ、そんなの私に聞いてどうするのよ。」
メグは手にしていた編み物から顔を上げ、呆れたように私のおでこを軽く指ではじいた。
「メグも実戦魔法の成績良かったなーって。」
「馬鹿ね、戦術部には手も足も出ないわ。それにそういうのは戦術部の先輩が一番よく知っているんじゃないの?」
「それはそうだけれども、皆自分の準備で忙しいもの。皆練習している姿を見て盗むくらいしかできないわ。つまるところ、対戦相手が欲しいのよね。」
「戦術部同士で練習すればいいんじゃないの?どうせ戦術部以外出身で対抗できる生徒は数少ないから他の人も練習相手に困っているんでしょう?」
「それがねえ。」
ティーカップの皿の淵をそっとなぞり、はあ、とため息をついた。
「戦術部員は一応皆ライバルだし、互いの手の内が分かっているというか……こっそり作戦を用意する、みたいなことができないのよね。毎日顔合わせている分対策もされやすいし。だから、大会に出ない練習相手が欲しいのよ。メグは大会でないでしょう?」
「まあ、確かに私は出ないし気持ちはわかるけれど……アドバイス位はできるかしらね。それに。」
メグはにやりと笑った。
「戦術部でしょう?戦術を練る部でもあるんだし、確かによくできた戦術は見ていて楽しいから、私としても協力して損は無いわね。対戦相手にはなれないけれど、一緒に頭を動かす位はできるわ。」
「本当?それは嬉しいわ。実は、大会でやろうとしていることがあってね……あ、他の子には秘密よ。」
「そんなの分かってるわよ。」
メグにそっと耳打ちをすると、一瞬目が見開いた。
驚く彼女ににやりと笑いかけると、彼女も同じ顔になった。
「面白い事を考えるわね、それじゃあ作戦会議と行きましょうか。」




