中等部最終試験 - 1
さて、そろそろ3回目の学年度末、中等部も終わりだ。
学年度末といえば、そう、学年末試験だ。
「い、嫌すぎる……今年は中等部最後と言うだけあって、今年度だけでなく中等部全年度が試験範囲なんだってさ。」
「それに私たちは平民だから、あまりにも成績が悪いと学校から放り出されるらしいね。最も放り出される程悪い点を取ることは無いだろうけど……どっちにせよ奨学金がかかってるしなあ。」
適当な愚痴を零しつつ、手は決して緩めない。
ここは便利な参考書で溢れた現代社会ではなく、勉強に有用な本は図書館で借り物競争になる不便な世界。
何とか借りられているうちに内容をノートに写しておかねば。
テスト勉強は辛い。が、最近ようやく自分は案外テストと言うものを楽しめる人間であることも自覚し始めた。
何というかこう、自分の限界を推し測れることが楽しいのだ。
「それ、マラソンでいうところのランナーズハイじゃない?やり過ぎで頭おかしくなってない?」
「まあそうとも言えるかも?でも、勉強が楽しいのはメグも一緒でしょ?」
そういって一息つき、メグの顔を見る。
メグも呆れたようにペンを一度起き、疲れた手を癒そうと揉み始めた。
「そりゃあ勉強は楽しいけれどね、テストはそうでもないわよ。寧ろテスト勉強って思うと強制されている気がしてやる気が失せるのよね。まあやる気なくてもやるしかないけど。」
「でも、商人として外の世界に出たらそうは言ってられないんじゃない?テストの比じゃない程評価を下される頻度が多くなるだろうから、今のうちに慣れておいた方がいい……って、大分前に自分で言ってたじゃない。」
「そんなの分かってるわよ。分かった上で嫌なのよ。」
メグは頬を膨らまし、口を尖らせた。
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人気のなくなった図書館で一人、私は勉強を続けていた。
メグは途中で集中力を切らしてしまったのか、「場所変えてくる。」の一言と共にどこかへ去った。恐らく寮のロビーにでも向かったのだろう。
まだテスト期間まで余裕があるせいか、それとも閉館時間ギリギリなせいか周囲に誰もいない。
……いや、たった今そうではなくなった。たった一人、この広い図書館の中で、私に近寄る者がいた。
「やあ、久しぶり。」
シュルト殿下だ。
一応周りを確認するが、彼以外の人影はない。
「お久しぶりです、殿下。」
「もうテスト勉強?早いね、まだ何週間も先なのに。」
「我々平民にとっては大事な試験ですから、絶対に落とせないんですよ。」
「そうか、頑張ってね。……そういえば、魔族についての調査はどう?いい感じに進んでいる?」
殿下は隣の席にそっと座った。その動作1つとっても優雅で、平民の自分とは似ても似つかない。
「それなりに情報は集まったと思います。」
「へえ、どんなの?」
「そうですね、例えば、ここの学園は元々魔族と戦っていた貴族の持ち家だったこととか。魔族との抗争が激化したせいで、この屋敷を手放さざるを得なかったというのが表向きの理由。本当は、魔族にも対抗できるような人材を育成することが目的だった……と、いうのも、結局本当の理由を隠すカモフラージュだった。」
「それで、本当の理由は?」
私は何とか答えようとしたものの、言葉に詰まった。
「それはまだ、確証が得られていないので。」
「ううん、本当は分かってるんだろう?分かっていながら、口を噤んでいる。多分、王子の立場に言うべきことじゃないと思っているんだろう。だが、気にしなくていい。昔の話、それも裏切りの件だろう?」
「……はい、その通りです。」
とある貴族がこの立派なお屋敷を学園として明け渡した本当の理由。
それは、「人類の裏切り行為」ではないか。
「魔族と人間が争っていた時代、ここの家主であった貴族は魔族側に関与したのではないかと嫌疑をかけられたことがあります。そしてそれは、この屋敷が学園として他貴族に門戸を開いた後のことです。」
「学園と魔族にどんな関係がある?」
「家主である貴族は校長となり、学園に通う貴族の子弟の情報を持っていました。どのような魔法をどれだけ扱えるのか、知識はどれ程か。或いは、教育課程を通してそれらをコントロールすることも出来たはずです。恐らくその情報を、魔族側に流していたのではないかと。そういう嫌疑をかけられたことがありました。」
シュルト殿下は顎をそっと撫でている。相変わらずのにこにこ顔で、感情が読み取れない。
「証拠は?」
「その当時、学園に通っていたとある伯爵の息子が夜中、地下室に迷い込んでしまったことがあったそうです。その時、空中にぽっかりと空いた穴の近くに、校長と大きく青白い肌の怪物が立っていたのを見たとか。その子は慌てて逃げだし、その後学校を卒業してようやく王に直接こっそり告発したと書かれていました。しかし何年も前の証言で地位の高い校長を罰することも出来ず、王すらも手出しできなかった。……その校長、学校外でも度々魔族と連絡を取り合っているような疑いを持たれていたらしいのですが、いずれも決定的な証拠がなく、結局彼を処罰することはできませんでした。」
「なるほどな。それで、その貴族の名は?」
「……この学校の創始者、ハワード侯爵家、です。」
一瞬重い空気が流れた。
ハワード侯爵家といえば、今でも由緒ある家柄だ。学園を所持し、更には全国の職業訓練校に投資し、この国の教育に大きく携わっている。
私のような平民が、間違ってもこんなことを言うべきではないのだ。
「すみません、今の話はなかったことに。」
「気にするな。さっきも言ったが、昔の話だ。それに、今話された内容は僕も知ってる。」
私は思わず俯かせた顔を上げた。
「え?ご存じだったんですか?かなり秘密にされていて、何か月もかけてようやく見つけた情報なのに……」
「僕は王子だ。王子はこの国の歴代貴族がどんなことをしたのかよく知っておく必要があるからね。何百年昔であろうとも良く知っているよ。ハワード家は他の家からも色々言われていたらしいけれど、本人は堂々としていたから付け入られる隙も無かったようだ。というか、僕は寧ろ君にびっくりだよ。まさか一介の平民が、そこまで情報を掴んでいるなんて。どうやってそこに辿り着いた?」
シュルト殿下の目がしゅっと細められた。どこまでも優しい表情のはずが、とても冷たい。
直感で分かった。探りを入れられている。正直に答えねば、ただじゃ済まない。
「いくつもの書籍をつなぎ合わせました。」
「その書籍はどうやって見つけた?」
「……歴史の先生が、教えてくれました。殿下もご存じの、ロシュフォール先生です。」
殿下の目が開かれた。ああ、驚いているんだ。
「ニコラ・ロシュフォールがか?」
「魔族について興味がある事を伝えたら、適した書籍があると教えてくれました。私はそこに書いてあった情報をまとめただけに過ぎません。」
「……そうか、彼が。」
殿下は口元に手を当て、すっかり黙り込んでしまった。相変わらず空気が重い。
「あの、何か不快にさせたようなら申し訳ありません。」
「いや、いい。お前は賢いだけだ。そして、ロシュフォールもお前が賢いことをよく知っている。……メーティア、気を付けろ。お前の賢さは利用されているかもしれない。」
「利用する?私を利用したところで、利益が出るのですか?」
「そうだ、お前は自分が思っているよりも利用価値がある。使いようによっては、その辺の貴族令嬢よりもずっと、な。」
それを聞き、口をついて出かけた言葉を慌てて飲み込んだ。
『殿下も、私を利用しているのでは?』
そう言いたかった。聞きたかった。
だが、それを言ってしまえば終わりだ。言うべきじゃない。
「ご忠告、ありがとうございます。とはいえ、私はどうすればいいのでしょうか。利用されていると言われても、私はどうしても魔族について知りたいのです。」
「やりたいのならやればいい。ただ、自分の意志に反すること、流されるようなことはするな。」
「それは気を付けます。ところで、ロシュフォール先生に何かあるのですか?教えて頂ける範囲で教えていただきたいのですが。」
殿下はじっと私を見つめた。殿下の透明感のある薄い瞳が私の視線を捉え、離さない。
ほんの数秒程度思案した後、殿下は重い口を開いた。
「……魔族との戦争をしていた時、学園で地下室に迷い込んだ伯爵の息子。彼は、ロシュフォール家出身だった。」
「そうだったんですね。しかし、それにどんな関係が。」
「彼がハワード家を告発した後、暫くして彼は亡くなった。不運な事故だった。」
「……そうですか。」
彼は無言で立ち上がり、もう行くから、と言わんばかりに私に手を振った。
コツコツと足音が次第に遠くなり、図書館は再び静寂に包まれた。
ロシュフォール家とハワード家が昔から仲が悪かったのだろう。それは分かった。
だが、私を利用してまで何をしようと言うのか?特にニコラ・ロシュフォールは伯爵でも何でもない、ただの三男だ。
家を離れて教師をやるような人が、そんな昔の事件の為に平民一人を使う訳がない。もっと他に理由があるはず。
彼が私を通して何をしようとしているのか、探らないと。
勿論、テストが終わってからの話だが。




