学園祭 - 5
この演劇において、私の演技力はボトルネックであった。
代役だから仕方なく、他の人は何も言わないが、自分でうすうす感じ取っていた。
セリフ1つとっても他の人は圧が違う。会場全体に響き渡るような圧が。観客に訴えかけるような、主張できる力量の差があった。
その原因は何か?考えるまでもない、演技力の差だ。
では、演技力とは一体何か?
素人なりに考えるなら、声量と動きと見た目だろうか。
単純な戦闘時の動きには自信があるが、魅せる動きはまだイマイチだ。
声量は練習して改善したものの、やはり他の人には敵わない。ただ、顔につけられたマイクが魔法で音をある程度拡大してくれるので、地声を振り絞らなければいけないわけじゃない。
そして、見た目はどうにもならない。
如何に丈の長いローブで身を隠し空を飛んで身長を盛ろうとも、中身が小柄なことは動けば何となくバレてしまう。
魔法で中身を膨らまそうとも、ローブの中の手足の動きまで大きくなる訳じゃない。
そこで、私は1つ画期的な方法を思いついた。
全部精神魔法で何とかしてしまえばいいと。
精神魔法には2種類ある。
対象に働きかける魔法と、対象を認識する者たちに働きかける魔法だ。
例えば、「林檎」を「バナナ」として誤認識させる魔法を考えてみよう。
前者では、林檎自体に魔法をかける。林檎に当たる光の屈折を変え、匂いを歪ませて、あたかもバナナであるかのように振舞わせる。
後者は逆だ。林檎を認識する人達の脳に魔法をかけて、観測者が正しく認識できないように操るのだ。
後者は難しい。人がどのようにして物を認識するのか、そのメカニズムに関する医学的知識が問われるからだ。それに、沢山の人がそれを認識する場合、彼ら一人一人に同じ魔法をかけなければならなくなる。
それに比べれば、前者の汎用性は魔法随一といっても過言でない。私が今回使用したのも前者の魔法だ。
『体を大きく、迫力あるように見せる』魔法。
それを、自身にかけて登場した。
「お前、一体……」
コリンの目は大きく見開かれ、信じられないようなものを見つめている。それが『コリン』としての表情か、『サラ』としての驚きか私には判別がつかない。どっちだっていい。
「私は魔王軍将校なり!弱き人間よ、大人しくその道を譲るがいい。今なら半殺しで許してやろう。」
低く、しかし通る声が会場に響き渡る。そうだ、この声だ。私が出したかったのは。
人間を威嚇しながらも、自身の正義を信じて疑わない知性ある者の声。
コリンは震えている。本気か演技かは分からない。どちらにせよ、観客からは本気で怯えているように見えているはず。
剣を持つ手がカタカタと音を立てて、逃げ腰になっている。観客は感情移入していた主人公のピンチに、随分心揺さぶられている。
「魔王軍将校……なんて恐ろしい……し、しかし!ここを易々通す気はない!故郷に置いてきた彼女の為にも!」
何とも悲痛な声が舞台上に響き渡る。いくら逃げたくても、自身の決意がそれを許さない。本当は今にも逃げたくてたまらないのに。
着こんだ煌めく鎧も、鋭い剣も、絶望の前にはくすむ。
ここでコリンと観客は気づくのだ。コリンは誰もが憧れるかっこいい英雄なんかじゃない。一人の素朴な少年に過ぎないことに。
怯えて、震えて、勝てないと怖気づいて。それでも、逃げられないから戦うのだ。
私は一瞬で魔法を発動した。何もかもを焼き尽くす地獄の業火をイメージした、紫の炎を。
観客はどよめいた。紫の炎なんて見たことがないからだ。見たことがないものは作り出せない、なぜならイメージできないから。創作魔法が困難な理由そのものだ。
それをこの魔族はいとも簡単に出して見せた。それは人ならざる者の証であり、観客の心を惑わすには丁度いい。
実際この紫の炎は普通の炎魔法を精神魔法で上書きしただけで、所詮見掛け倒しだ。殆ど熱くない、紛い物で戦術部では役に立たない。
が、コリンはあたかもまともに食らったかのように、その場で苦しそうにうめき声を出して剣を床に落とした。
「う、あ……」
「なんだ、所詮その程度か。」
少しつまらなさそうにぶっきらぼうな声で、私は床へ下降した。
気分の上下を高度で表そうというのは、監督のアイデアだ。
苦しむコリンを見下し、寧ろ憐れむような様子すら見せるのは、魔族の余裕の証。
しかし、当然ここでは終わらない。
「……も、……な人を。」
「なんだ?」
「それでも、大切な人を守らなきゃいけないんだ!」
人は、追い詰められてこそ真価を発揮する生き物。コリンの悲痛な声は、最早雄たけびだった。
無力で縮こまっていたはずの彼は、涙で顔を濡らしながら立ち上がった。剣を手にし、再び魔族の前に立ちはだかる。
魔族にしてみれば滑稽だろう、自分よりも小さく魔力も弱い人間が無謀にも戦おうというのだから。
「……ハ、ハハハ。」
「何がおかしい。」
「フハハ、ハハハ!……ククク、大切な人を守るためにここにいる、なんてねェ。そんな偽善、聞きたくもない。全ては力、弱者に慈悲なぞ無いわ!」
再び戦闘が始まった。今度は一方的な痛めつけじゃない。
恐ろしい魔族と、勇気ある少年の対等な戦いだ。
「矮小な人間が我ら魔族に挑むなど笑止千万。この溢れんばかりの魔力を見よ!そして、恐れよ!」
練習でやったように、炎魔法を次々と仕掛けていく。ただし、その色は練習と違い、幻影で紫に色づいている。
紫は赤よりも暗く見える。故に、その分多めに出しても目がチカチカしない。
怪しい紫は闇を連想させ、人々の不安を煽る。
本来なら火炎波と幻影を混ぜ合わせるのは難しい。異なる属性の応用魔法を同時発動なんて、我ながら無茶をする。リハーサルでもやってない、ぶっつけ本番の演出だ。
でも、今の私は寧ろ今までにない万能感を得ていた。だって、『魔族』ならこのくらい簡単にやってのけるはずだから。
確かに、私は演技力では他の人には劣るだろう。練習で嫌と言うほど実感してきた。
が、それでも他の人にはできない、私にしかできないことはある。
私は、本物の魔族と戦ったことがあるのだ。
あの圧倒感、重圧、緊張感。周囲を震わせる低い声に、隙のない連続攻撃。
見たことも無い色の魔法、肺が潰れそうな程に濃い魔力。
人間じゃないものと相対した時の恐怖。
私がやるのは、演技じゃない。
精神魔法というある種のズルを持ち込んだ、あの時の再現だ。
「はああああ!」
だが、コリンはそれに屈しない。
魔力にも攻撃にも、己の恐怖にすら怯まない。
その素早い剣筋には迷いがない。全てを捨てた覚悟を、その剣1つに乗せている。
冷静さを欠かない勇気は、無謀でなく勇敢と呼ぶに相応しい。
コリンは、そんな男だった。
「ほれ、どうした!その程度で我に勝てるとでも!?」
「ぐっ、それでも、私は負けるわけにはいかない!この想いを剣に込めて、お前を殺す!」
最早私は自分の役に入り切っていた。きっとサラが上手くコリンを演じてくれているお陰だろう。
ああ、楽しい。飛び交う炎が、振りかざされる剣が、派手に燃え上がった戦いがこの場を支配している。
戦術部のやり方とは違うだけで、これもまた『本気の戦い』なのだ。
実際の時間はそれほど長くない。が、一瞬一瞬に気が抜けないせいか、随分長く戦っていたように見える。
遂に長い剣が、魔族のローブを切り裂いた。
「グアアアア!?」
自分よりも遥かに小さく弱かったはずの人間が、今や自分を圧倒している。
それが信じられないという様子で、思わず自分の体に目線をやってしまう。戦いにおいて、敵から目線を外すことの意味を知っておきながら。
コリンの剣がブンッと音を薙ぎながら、魔族の仮面とローブの隙間に振るわれた。
魔族はその勢いで吹き飛ばされ、舞台端に落下した。
「グアア、アア……」
あれほどまでに強大だったはずの魔族は力を振り絞り、手を天に向かって伸ばした。が、すぐにその手は地に落ちる。
うめき声は小さくなり、身体も動かない。私は仮面の下でそっと目を瞑った。
さっきまで派手に戦っていたのが嘘のように、静かな空気が場を支配している。観客もすっかり場に飲まれて静かになっている。
「はあ、はあ、ようやく倒せた……ああ、これでエリザも幸せになれるかな……」
コリンは魔族と同じ天を仰いだ。そのぽつりと呟かれたセリフと共に場がゆっくりと暗転し、舞台は次のシーンへと移っていった。




