学園祭 - 4
文化祭当日。
校舎内は華やかな装飾で飾られ、出し物のポスターがあちこちに張り出されている。
普段は上品な生徒達も興奮してはしゃぎ回り、どこへ行こうか、何をしようかとあちこちで友人達と作戦会議をしているようだ。
「流石に緊張するわね……」
「そうですね、上手くできるかな。」
私達中等部演劇は午前の部、つまり早い時間に本番が来る。
リハーサルは朝のうちに済ませておいた。だから後は、本番を待つだけ。
控室で美しいドレスに身を包んだデリケは、緊張してさっきからずっと深呼吸を繰り返している。
立派な紳士服を来たサラも、初めての大舞台に落ち着かないようだ。
一方私は引き摺るほど長いローブを纏ったせいで碌に動けない。なんとか裾を抱えて歩いているが、恐ろしいはずの魔族が舞台裏でこれだと、ちょっと滑稽で笑えてくる。
「ああもう、大丈夫かしら。不安で不安で仕方ないわ!あらメーティア、貴方は緊張していないの?妙に落ち着いているようだけど。」
「緊張してますよ?ただ、同時に緊張し過ぎても良くないなあと思っています。」
「それで緊張を抑えられるのはおかしいのよ……」
デリケは呆れているが、仕方ない。彼女たちに比べれば生きてきた年数が違うし、私は元々かなり図太い。
「こういうのって本番直前が一番緊張するだけで、始まってしまえば意外といけるもんなんですよ、多分。」
「貴方は一体何を経験してきたのよ……いや、そうね、学校の入学試験とか色々あるわよね。私も頑張らないと。」
再び深呼吸し、鏡に向かって最後の台詞を練習し始めたデリケと挿入歌を歌い始めたサラを眺めていると、控室の扉がコンコンとノックされた。
「はーい?」
「あ、監督だ。メーティアいるか?話したいんだが。」
「いますよ。今出ますね。」
扉を開くと、やあ、と監督が顔を出した。平静を装っているが、どことなく震えている気がする。緊張しているのは彼も同様らしい。
手招きされるがままに廊下に出ると、監督が小声で話し出した。
「ちょっとさ、リハーサル見ていて思ったんだ。まだ迫力というか、緊張感が足りないんじゃないかって。」
「それ、今言います?今から何か変えるには遅い気がしますが。」
「そう、そうなんだよね。だからさ、ちょっとこう、魔法の演出で何とかならないかなって。何でもいい、サラにもある程度許可は取ってある。盛り上げるための魔法をもっと使っても構わないって。」
監督が少し申し訳なさそうな顔だが、どうしても譲れないものがあるのだろう。お願いだ、と私の肩を掴んだ。
うーん、と私は唸りながらも考えてみるが、中々いい案が思いつかない。
「これ以上魔法の量を増やしてもチカチカして寧ろ見にくくなるだけだと思うんですよね……そもそも迫力とか緊張感って何なんでしょう。」
「まあ、それが分かったら苦労しないんだけど。……個人的には、不安や恐怖だと思う。」
監督は顎に手を当てて、神妙そうに私の方を見た。
「君には、どことなく不思議な雰囲気がある。常に憂いを帯びて、どこか現実離れしているような。そんな君が無情に襲ってきたらどんなに恐ろしいか。コリンに観客が感情移入している中、彼が感じた恐怖や不安はそのまま観客に移る。サラは演技が上手いからね。」
「つまり、サラに恐怖を与えろと?」
「そうだ、なんならアドリブでもいい。その方が寧ろサラを良い意味で刺激できるかもしれない。……ああ、もうこんな時間だ。それじゃあ、よろしく頼んだよ。」
そういうと、監督は私の肩をポンポンと叩いて大股でどこかへ行ってしまった。
何と無茶な。
サラはそれで大丈夫なのだろうか?恐怖を与える方法は正直いくらでもある。が、それでサラの演技力が落ちるなら本末転倒だ。
考えこみながら控室に戻ると、サラが椅子に座ってニコリと微笑んでいる。彼女の隣に座ると、周りで各々練習している他の子達に聞こえない様にこそこそと耳打ちしてきた。
「監督、どうだった?」
「……ちょっと変えたいところがあるそうで。」
「私に恐怖を与えるって話でしょ?いいよ遠慮しないで。そもそもこの話を監督に打診したのは私なんだから。」
驚き、思わず彼女の顔をまじまじと見てしまった。サラはいたずらっ子の様な顔でころころ笑い、再び耳元で囁いた。
「あのね、私逆境に強いタイプなの。コリンに観客を感情移入させると同時に、私もコリンと同化する。大丈夫、戦うシーンでは台詞が少ないから、声が出ない程追いつめてもいい。私はね、そんなあなたが見たいのよ。」
うふふ、と笑う姿はどこか妖艶で、余りに挑戦的すぎる。寧ろ彼女が私を追いつめているのではとすら思えてくる。
「……そう聞いて安心しました。では、本番アドリブで演出を増やしておきます。楽しみにしておいてください。」
「そう、楽しみにしとくわ。」
今の話を聞いて、心が決まった。
使う魔法と演出法を絞り出し、頭の中でシミュレートしていく。
大丈夫、ぶっつけ本番でも使えるはずだ。
だって、今まで散々練習してきた魔法だから。
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「ああ、愛しいエリザ、どうして僕等は共に居れないのだろう。どうか、この夜が永遠に続きますように。」
「コリン、ダメよ、行かないで。朝は必ず来て、貴方はここから去ってしまうでしょう。」
本番が始まった。まさかこの広い劇場が埋まるほど観客が来るとは思わなかった。
監督が美術部の知り合いに頼んでポスターをばらまいたらしい。綺麗な写真と華々しいデザインが人の目を引き、高等部演劇に劣らない程の期待を胸に観客が集まってきた訳だ。
デリケもサラも、緊張していた割にはのびのびと演技しているし、後ろの演出役たちもてきぱきとリハーサル通りに動けている。
他の演者たちも一度舞台に立てば緊張は吹き飛び、いつも通りのパフォーマンスを出せている。今のところこの上なく順調だ。
寧ろ、彼らの煌びやかな衣装や背景の豪華なセットが照明に照らされ、観客を上手く世界観に引き込んでいる。
演技だけでなく演出に力を入れようとした監督の目論見は正解だった。
私も台本を頭の中で思い起こし、何度も繰り返している。大丈夫、何とかなる。いや、何とかしよう。
衣装用ローブがゴワゴワして動きにくいし、象牙色の仮面は私の視界を狭めている。それでも、私は魔法を使って移動できるし、砂埃で周囲が見えない時の戦闘訓練もいっぱいしてきた。
ドクンドクンと高鳴る心臓は緊張ではなく、興奮と高揚感だ。
「ああ神よ、何故我らを分かつのでしょう。我らが手を組めば、この世のどんな困難も乗り越えられるのに。貴方がいなければ、私は生きていけません。」
エリザが一人で嘆くシーン、この後に魔族とコリンの戦闘シーンがある。
荒らしの前の静けさと言うべく、エリザの悲痛な声が観客の同情を誘う。光に包まれながら細く長い手を伸ばすエリザは美しく、儚い。
観客達はその様子に感嘆し、静かに注目している。
照明が落とされた。シーン切り替えの合図だ。
小物が演出役によって入れ替えられ、直ぐに照明が点く。その中には勇ましく鎧を着こんで剣を手にしたコリンの姿があった。
ふう、と息を吐く。そろそろ出番だ。
「どんな強敵とも戦ってみせよう、我がエリザの為に!」
コリンが剣を高く振り上げた瞬間、私は舞台中央の小物の裏から浮き上がった。
予想外の場所から現れた私に注目が集まり、そしてどよめいた。
コリンも驚きながらも、覚悟を決めた顔で剣を構えた。が、その手は若干震えている。
私はしっかり考えた。どうすれば、観客やコリンの不安や恐怖を煽れるか。
派手な魔法は充分使う予定だから、これ以上使ったところで意味がない。
ならば、もっと直接的でわかりやすい方法がある。
自分をより大きく、強大に見せればいい。
そう、精神魔法で。
今の私はコリンの数倍近い身長と体格、悍ましいオーラを纏っている化け物。
そんな化け物が、静かにコリンを見下ろしていた。




