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我が子をたずねて三千世界  作者: カルムナ
学園中等部編
47/80

お手合わせ -2

 首元に今にも飛び掛からんとする剣先はひんやりと冷気を放っている。

 正直予想はしていた。彼の性格の事だから、開幕突っ込んでくると。

 模擬戦を何度か見た経験から、彼は最初の一撃を重く繰り出すことに長けていることを学んだ。相手が一番油断している隙を突き、一瞬にして距離を詰めてくるのだ。


 だから、私はそれを逆手にとった。最初に緊張している振りをして、少しぎこちない構えを見せていた。

 それ故か、或いはそうでなくとも、兎も角彼は即座にこちらに突っ込んできた。

 鋭い斬り込みだ。まともに食らえば一発アウト。防御で防いでも貫通してくるに違いない。


 それでも、予想していた攻撃を易々食らう程私は愚かではない。

 少し首を後ろに反らし、直撃を免れるような体勢を取った。取り合えずこれでこの一撃は避けられる。

 1発目は思惑通りに空ぶった。が、その後も彼は間髪入れずに2発目を追撃してきた。

 しっかりと整えられた体勢から放たれつつある2発目も、1発目と同じく高火力に違いない。しかも、私は1発目を避けたせいで体のバランスが崩れ、同様に避けることはできないだろう。


 勝負あり、だ。普通ならば。


 しかし、殿下が2発目を振り切ることは無かった。

 彼は気づいたのだろう、自分の足元から盛り上がる魔力に。私がわざと近距離に持ち込んだ理由を。

 土魔法の1つ、地縛り。それが殿下の足元を飲み込もうと既に片足を絡めとっていた。


「なるほどな。」

 殿下は納得したように軽く笑い、体勢を変えて脚を思い切り引き抜いた。

 振るわれんとしていた剣は軌道を変え、彼は砂埃を上げながら距離を取った。


「俺が開始直後に距離を詰める事は予想していたのか。」

「剣士と魔術師の戦いにおいて距離感は大事だと習ったので。剣士として名高いガルス殿下ならばこうしてくるだろうと思いました。」

「それは光栄なことだ……な!」

 再び彼が距離を詰めようとこちらに突っ込んできた。文字通り目に留まらぬ速さだ。


 さっき自分でも言った通り、剣士と魔術師の戦いでは距離感が重要だ。

 剣士は攻撃速度が速い分距離を詰めた方が有利だし、魔術師は遠距離攻撃が得意な分長距離に向いている。

 つまり、戦いの中で剣士が魔術師を追いかけるという『追いかけっこ』が発生するのだ。


「お前、意外と素早いんだな。」

「先輩達の戦いを見て学んだので!」

 殿下が剣をふるいながら追いかけてくる。風魔法と自己強化でかなり素早く移動しているにも関わらず、彼との距離感は一向に離れない。

 追いかけ序にたまに放たれる斬撃が背中を掠め、冷気が背筋を凍らせる。本来剣士の剣なんて距離をきちんと詰めないと当たらないはずだが、殿下の剣は氷で覆われている分リーチが長い。

 その上、彼が剣を振るたびに何故か氷のかけらが飛んでくる。あれは魔術師が使う氷針とほぼ同じじゃないか。

 魔術師の使う技を剣士が使うのはちょっと、いや大分ズルい。


「剣士は長距離攻撃の手段がほぼないって聞いたはずなのに!どうしてそんなものが飛んでくるんですか!」

「どうしてって。そりゃ短所は克服した方が強いだろう?意外性もあって、初見の奴はこれだけで倒せることもある位便利な技だ。俺が考えたんだぞ、凄いだろう。」

「それ、要するに魔術師の創作魔法みたいなもんじゃないですか。平然と使わないでくださいよ。」

 私は彼の振るう剣をギリギリで回避しながらも彼に文句を言った。彼は余裕そうに笑いながらも素早く重い連撃を何度も繰り出してくる。


 一方的にやられるばかりでは良くない。何度か魔法で反撃してみたが、彼の振り回す剣に阻まれて消え去ってしまった。

 応用魔法の天雷弾すら余裕で弾かれるなんて、一体どうすればいいんだ。しかも彼、手が痺れている気配を見せない。雷魔法を剣で弾いたら普通感電して痺れるもんじゃないのか。意味が分からない。


「どうした、お前の力はそんなものじゃないだろう。もっと大技を撃ってみろよ。」

「大技をバンバン撃つのは性に合わないもので。でも、確かにこのままじゃジリ貧ですから……そろそろ本気で行かせてもらいます!」

『風牢』。彼が私に距離を詰めるタイミングを見計らって発動させた。突風が唸りと共に土埃を巻き上げ、竜巻となって中に人を閉じ込めた。範囲を絞った分、風の威力は上げてある。

 これで彼は風魔法の織に捕らわれて、動けなくなるはず。尚、自分は発動直後に範囲外まで逃げてきた。

 風牢は魔力消費が激しいが、それでも私なら暫くは耐えられる。今のうちにと杖を握りしめていると、風牢の魔力がぐらりと歪んだ。


 嘘でしょ、と思う間もなく風牢は破られ、土埃の中から悠然と人影が現れた。

「まだ若いのに応用魔法をここまでモノにできているのは流石だな。普通の奴なら抜け出せずにあのまま終わりだったろうに。俺が相手で良かったな、まだ楽しめるぞ。」

「参考までに、どうやって抜けたのか教えてもらえます?」

「知ってるか、風魔法は逆向きの風魔法で相殺できるんだ。今後の役に立てるといい。」


 彼はゆっくりと歩きながらこちらに詰め寄ってくる。ただ歩いているだけなのに、圧を感じて思わず後ずさりしてしまう。

 流石、技術も知識も私とは比べ物にならない位に卓越している。これが才能に努力を重ねた結果か。

「さて、そろそろ俺も本気を出させて貰おう。お前が耐えられればの話だが。」


 そういうと、彼は再び剣に魔力を込め始めた。膨大な魔力量だ。

 その魔力量に応えるように剣は輝きを放ち、覆われていた氷がパキパキ音を立てながら成長していく。最早彼自身の身長よりも長くなった。

 それだけじゃない。彼は氷属性の上から炎属性まで掛け始めた。相反する属性を混ぜ合わせるのは至難の業。双方を維持するには大量の魔力が必要だからだ。

 それを彼は難なくやってのけた。それも強引な形ではなく、上手く共存させるような形で。


 白銀の氷が黄金の炎のを反射して辺りに光を撒き散らし、目を晦ませるようにギラギラと輝いている。

「凄い……」

 圧巻の一言。目が離せない。

「あーあ、あいつ、やってんな」と後ろのガヤから声が聞こえてくる。あの二人ですらそうそう見ないものらしい。

 殿下は自信満々な表情で剣をすっと構えた。長すぎる剣は振るい難いはずなのに、まるで体の一部の様にごく自然な動作で操っている。


「炎氷剣!……って名前はどうだろうか。」

「安直ですね。」

「それもそうだな。」

 反射的にしゃがんだ。

 ブンッと音が頭上を掠め、少し遅れて炎の熱気と氷の冷気が混ざり合った空気を感じられた。ある程度距離は取っているはずなのに、リーチが長すぎてここまで攻撃が届いてきた。


 冷汗が伝う。距離を取ってもリーチが長いからダメ、取らなくてもダメ。

 剣士の利点を最大限生かしながら、欠点を潰す様に技を工夫している。流石、学校一強いと言われただけある。

「感心している場合か?」

 隙の無い追撃が私に襲い掛かる。先ほどの攻撃をしゃがんで避けてしまったので、すぐに立ち上がって避けることはできない。

 無防備な状態の私に上から叩きつける様に剣先が降ってくる。防御も間に合わない。


 そのまま剣先は私の身体を真っ二つにするように切り裂いた――勿論保護魔法が守ってくれる前提で。

 アーロンは立ち上がろうとした。明らかに勝負がつくだろうと思っていたから。しかし、彼は大声を出そうと吸った息をそのまま飲み込んだ。

 彼が斬った私の影は、ぐにゃりと歪んでそのまま消えてしまったから。


『幻影』。精神魔法の1つ。

 隠密が基礎魔法なら、幻影はその応用魔法。姿形、音、匂い、魔力を模した人形を作り出す技。

 所詮触れない紛い物だが、こうやって戦いに使うには持って来いのデコイだ。


 彼が風牢に閉じ込められていた僅かな時間で、私は幻影を生み出した。

 そのまま自分は隠密して姿を隠し、彼の注意を幻影に引き付けていた。


 殿下は接近して斬る直前に気づいたようだが、もう既に振りかぶっていた剣を止めることは容易でない。

 そのまま私の影を断ち切るようにして消し去り、同時に周囲を警戒するように後ろを振り返った。

 しかし、時既に遅し。遠距離にも近距離にも対応できる彼に唯一出来る隙といえば、彼が剣を振りかぶる瞬間とその直後。

 今まさに、隙ができる瞬間だ。


 既に魔法は発動し始めている。魔力を感知されにくい遠距離から、速く精密な、重い一撃。

 その名は『天雷霆撃』、頭上から特大の雷を落とす上級魔法。


 幻影魔法に気づいた殿下がいち早くその場から逃れようと、足に力を入れた。しかし、力強く蹴るはずの足は設置しておいた『地縛り』のせいで地面にめり込み、寧ろバランスを崩すことになった。

 今彼は動けないし、剣は振りかぶった直後だから受け流すこともできない。防御魔法を使うなら大量の魔力を消費することになる。

 狙いは決して外さない。上級魔法でも完璧に決めてみせる。杖を握りしめ、全身全霊を込めた魔力を彼の()()へと解き放った。


 雷は空中と地面の電位差によって生じるもので、魔法においても発生経緯は変わらない。

 魔力で狙った空中の座標に電荷を加え、地面との電位差を発生させる。その電位差を埋めるようにエネルギーが空から地面へと移動する結果、雷という形で攻撃ができるのだ。

 この時、雷はより高い位置に落ちる。この広く平坦な校庭で唯一背の高い物体は、ガルス殿下自身だけ。


 低い唸るような音が辺りに響きながら、一瞬の光と共に大量の電気エネルギーが全て彼に襲い掛かった。

 辺りにピリピリと残響が広がり、私達を覆い隠す様に黒煙が校庭いっぱいに広がった。


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