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我が子をたずねて三千世界  作者: カルムナ
学園中等部編
42/80

2度目の正直 - 6

「それで、何か申し開きはあるかね?」

 ピキピキと青筋を立てながら椅子にふんぞり返るグリーベル教授に、私は何も言い返せなかった。


 ここは校舎の中心部、普段生徒が立ち入ることが許されない教授の私室だ。

 沢山の本とアンティークな家具に囲まれた部屋は古風で豪勢だが、今は素直に鑑賞出来る程余裕はない。

 ただ目の前の怒った老教から発される圧に耐えるだけで精一杯。


 あの地下での騒動の直後、教授が部屋に文字通り飛び込んできた。浮遊の応用でジェット機のようなスピードですっ飛んできたらしく、いつもきっちり着こなされたスーツは襟がひっくり返り、ネクタイが飛び出していた。

 ぜえぜえいいながら驚愕と焦りと怒りの入り混じった感情をあらわにする教授に、私と殿下はただ互いを見つめて肩を竦めた。

 殿下の足元には壊れかけの魔道具、すでに消えつつある水魔法の名残、戦いの余波で舞い散った焦げた埃。ついでに部屋の壁と床はボコボコに穴が開いており、周囲の道具や家具は一部修復不能なまでに破壊されていた。

 更に言うと私はブラウスを着ておらず、肌着だけの状態。殿下は殿下で全身の服があちこち焼けて小さな切り傷が見えている。

 そんな大惨事を見て教授は何か悟ったらしい。


「お前達、私の部屋に来い。」

 そして今に至る。


 保健室で貰った上着が温かい。夏には不向きだが、これしかなかったらしい。

 女子が肌着だけでその辺を歩き回る訳にもいかず、教授が大急ぎで取ってきてくれた。因みに殿下も同じものを羽織っている。


「ガルス・ベンカル。お前はあの地下に入らずに私の救援が来るまで待つという選択肢があったはずだ。なぜそうせず、後輩ただ1人を連れて危険な場所へ飛び込んだ?」

 つい先ほど聞いた話によると、殿下は地下に入る前にすぐ近くに設置してあった魔力探知機を無理矢理発動させたらしい。本来は生徒の魔法では発動しないが、あえて魔獣の魔力に近い波長で魔力を放出し、探知機を発動さたようだ。その後地下に入りながら魔力の痕跡を残し、後から追ってくる先生が追ってこれるようにしたと言っていた。

 つまり、怪しい生徒に関する通報はその時点で済んでいた。生徒だけでわざわざ危険地に入るなという教授の指摘は正しい。去年の私の様に無理矢理巻き込まれた訳ではないのだから。


「事態は一刻を争っていたからです。事実、私があのまま向かわねば魔族は転移魔道具を持ち去って逃げてしまっていたでしょう。あの生徒だって生きていたか分かりません。この学校に魔族が雪崩れ込んできていた可能性だってあります。」

「だとしても、だ。それを何とかするのが大人の仕事であって、お前達が何とかすべきことじゃない。お前は自分の立場を理解しているのか?一国の王子がそうやすやすと自分の命を危険に晒していいもんじゃない。……ああ勿論、後ろのお前、メーティアもだ。ここの学校の一生徒である以上我々にはお前達を守る義務がある。だが、自ら危険な場所に行かれては守るべき者も守れん。」


 はあ、と長い溜息をついて、教授は天井を見上げた。眉間を指で押さえ、豪華な椅子にどさりともたれかかった。

「……教授、あの生徒は無事なのですか?」

「あの男子生徒か。微妙なところだ。指摘通り、あの子の脳には寄生型魔獣が住み着いていた。孵化して何か月も経って、もう大分乗っ取られているが、元の身体が死んだわけじゃない。上手い事神経を傷つけずに取り出せれば、また意識が戻る可能性がある。」

「あの魔獣はどこから入ったのでしょう。この学校には結界があると聞いたのですが。」

「結界は外から中に入る時に発動するものだ。恐らくだが、あの男子生徒はこの学校に入学する前に卵を体内に産み付けられたのだろう。そして学校内で卵が孵化し、寄生されたんだ。あの子はまだ1年生だ、だからこの学校外に出ることもなく、そのせいで結界が作動しなかったのだろう。寄生型魔獣なんて数年に一度、北部の一部地域で家畜が被害に遭うかどうか。人間が寄生されたなんて話、初めて聞いたぞ。」


 確かに寄生型魔獣なんて聞いたことが無かった。殿下は知っていたようだが。

 ちらりと殿下の方を見てみる。私の斜め前に居る彼の顔は見えない。

「まあ、医者と神官の両方に診させているから、技術と運次第というところだ。これからは学期始めの健康診断項目に寄生魔獣の有無も追加せねばならないだろう。それよりも、だ。」


 再び教授の目がギロリとこちらを向いた。お説教モードに戻ってしまった。

「結果だけ見れば確かにお前たちのおかげで助かった部分もあるだろう。しかし、立場と言うものを考え給え。どう思っているんだ、ガルス・ベンカル。」

「……この度は、ご心配及びご迷惑をおかけし申し訳ございませんでした。」

 殿下は深々と頭を下げて謝罪し、私もつられて頭を深く下げた。


 殿下は頭をゆっくり上げた後ちらりと一瞬こちらを向いて、すぐに教授に向き直った。

「ですが教授、この後ろにいるメーティアは関係ございません。私が勝手に連れて行ったのです。」

「ほう?」

「この者は私の部の後輩です。彼女がたまたまかの被害者に遭遇したので、興味本位で一緒に連れてきたのです。」

「わざわざ後輩を危ない目に合わせたと?」

「はい、そうです。私の浅はかな行動により、彼女を危険に晒してしまい、その点についても深く反省しております。」


 殿下が私を庇っている。私は驚いて彼の方を凝視してしまった。

 彼の表情は見えないから、何を考えているのかも分からない。

 確かに殿下に連れられて巻き込まれたと言われればその通りだ。何にも分からず殿下についてこいと言われ、気が付いたら戦闘に巻き込まれていた訳だから。

 しかし、別にそこに何か強制力があった訳じゃない。殿下に全責任を擦り付けられる程私に非が無かった訳じゃない。止めようと思えば止められたはずだ。


「いえ教授、この度は私にも全くの責任が無かった訳ではございません。あの生徒が地下に入った時点で、何らかの危険性があったことは予想できたはずですから。殿下を止めずに共に地下へ向かった私にも責任はあると思います。」

 再び深く頭を下げた。教授は困ったように髭を搔きながらこちらを見ている。


「おい、お前は黙ってろ。……正直、あんな危ない目に合うとは予想していませんでした。魔族なんて文字通り物語上でしか見たことのない存在ですし、そもそも学校内に悪意ある危険な存在がいること自体想像していなかったものですから。」

 殿下は口が上手い。穏やかな口調で真摯に自分の非を認めながらも、この学校側の問題点を指摘した。


 殿下の言い分を聞いた教授は苦虫を嚙み潰したような表情をしている。そりゃそうだ。

 確かに殿下は軽率な行動をしたかもしれないが、そもそもの話、国内の重鎮の子等が集まる学校内にあんな危険なものがあること自体おかしいのだ。

 学校の備品でふざけて怪我をしたのなら兎も角、様子のおかしい生徒を心配して追っただけで命の危険に巻き込まれるような状況になる学校側に問題がある。

 教授もそれは分かっているのだろう、口を閉ざして黙ってしまった。


「教授、確か去年もそうだったと聞いています。我々と遭遇した魔族も言っていました。去年も全く同じ日に手下をけしかけ、生徒を襲ったと。今、この学校には前代未聞の危機が迫っているのではないでしょうか?」

「メーティア、お前、こいつに去年の事を話したか?」

 ぶんぶんと首を勢いよく振って否定する。

「メーティアから聞いたわけではなく、独自に調べた結果です。放課後に人気のない所に大人たちが集まっていたら、そりゃ何かあったと勘繰りますよ。兎に角、この一連の事件について原因と対策について論じるべきでないでしょうか。」


 殿下の言葉に、「こんな説教をしている暇はないのでは?」という心の声が籠っている気がする。生意気な正論は腹が立つが、言い返しにくい。

 教授はほんの数秒考えた後、どうやら反論を諦めたらしい。やけくそになったのか、テーブルに置いてあった飲み物を取って一気に飲み干した。


「ああ、全く腹ただしい。その通りだ。この問題には校長も私も手を焼いている。去年の魔獣出現から時間をかけて調査した結果、魔力の痕跡からあいつが地下から這い出てきたことが分かった。この学校の地下は外から見るよりもずっと複雑で広い。昔牢屋として使われていた時代に、地下に閉じ込めた囚人が逃げられないようわざと迷路のように設計したらしいからな。そのせいで調査も難航していた。今日この日までは。」

 教授の声が強張っている。これは人命に関わるような内容だ。万一学校内で死者を出せばその責任追及からは逃れられない。


「寄生された生徒については、あったことをそのまま公表する。学校側としては、これから入学及び進級する生徒の健康測定を綿密に行って対処しよう。地下での魔族騒動についてはまだ公表しない。転移魔道具の存在自体、本来秘匿すべきものである上、それが古来よりの天敵とせいとあれば混乱は避けられない。地下は封鎖だ。寄生された生徒が暴れたせいだと言えばいい。」

「それで対処できるものでしょうか。」

「できることを祈るしかない。去年も今年もこの時期を狙ったのは、大会で教授方が一か所に集中し、警備が最も薄くなるからであろう。来年から大会時は私達一部の教授陣が見回りに入ることにする。」


 殿下はこちらを向き、どう思う?と言いたげに私を見下ろした。

 正直言って、不安はある。2年連続こんな目にあったのだ。もし自分がこの学校に通う子の親ならば、学校を閉鎖させて子供を手元に置いておく方が安心かもしれない。

 しかし、これ以上対策のしようがないというのも事実だ。魔族が国の中枢を担う教育機関に潜入してきた?学校内どころか国中で大混乱だ。戦争だ、第3次侵攻だと騒がれてしまう。

 それならばできるだけ秘匿しながらも対策を練るのが一番良い。合理的に考えるならば。


 恐らく殿下も同様の考えなのだろう、どうしようもないという顔をしていた。

「教授、理解しました。この件については口外しないように致します。その代わりと言っては何ですが、何か分かったことがあれば随時教えて頂けますか?私としても不安なので。」

「……一介の生徒に重要な情報は渡せない。ただ、不安な気持ちも分かる。今後調査する中で分かったことがあれば教えよう。教えられる範囲でな。それと、お前達2名には後日聞き取り調査をする。呼び出しに応え給え。校長や他の教授と要相談だが、別にお前達に何か罰則を設けようという気は今のところない。」

「それを聞いて安心しました。」

「今日はもう帰れ。大会はとうに終わって皆寮へ帰った。ゆっくり休め。」


 はい、と2人そろって返事を返し、私達は私室から追い出されるようにして外へ出た。

 殿下が少し眉を下げて、へらりと私に笑いかけた。

「メーティア、散々だったな。……すまないな、巻き込んでしまって。」

「結果的には大丈夫でしたから。因みに聞きたいんですが、どうして私を連れて地下に行ったんですか?あの時隠密魔法を上手く使えていなかったら、私は寧ろ足手纏いでしたよ。」


 ずっと思っていた疑問。あの時1人であの子を追っていればもっと身軽に動けただろうに。

「なんだろうな、お前を連れて行ったらなんか役に立つ気がしたんだ。動きが冷静で大人っぽいし、技術も申し分ない。本当は地下の手前で置いて行ってもよかったんだけどよ、あの完璧な隠密魔法見たらそうもいかなくなった。」

「そんなに私の隠密魔法、良かったんですか?初めてだし勝手がよく分からなかったんですが。」

「よくできていた。魔力探知が得意な魔族が混乱するくらいだからな。確かに途中まで匂いが消せていなかったが、最終的には寧ろそれを逆手に取っちゃうんだから大したものだ。やっぱり精神系の魔法に才能があるな、お前は。」


 彼は私のぐちゃぐちゃの頭を撫でて、あちこち跳ねた髪を綺麗に整えてくれた。

「今日は助かったよ、ありがとう。」

「いえ、お互い無事でよかったです。」

 まだ心臓は落ち着かない。目を閉じればあの青黒い肌が瞼に映るようだ。


 それでも、同時に殿下の勇姿も蘇ってくる。今回は悪夢を見なくて済む、そんな気がする。


「じゃあ、またな。」

「はい、また。」

 短い会話と共に私達は別れて各々の寮部屋へと帰った。どうせすぐまた顔を合わせることになるんだろうけれど。

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