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我が子をたずねて三千世界  作者: カルムナ
学園中等部編
38/80

2度目の正直 - 2

「お、試合が始まったか。」

「そうですね……」

「元気出せよ、そりゃ俺も観客席から見たかったけれどな。一応モニター越しだが観戦できるだろう。」

「でもモニター越しじゃないですか。」

 静かな控室の中、全員が大きなモニターを凝視していた。選手たちだけでなく、控室案内担当の私と先輩も同じこと。そんな中、私は小さくため息を吐いた。


「仕方ないのは理解してますが。臨場感に掛けますし、魔力の動きがモニター越しだと分からないんですよね。」

「それはそうだな。ここと会場が近いから魔力探知できるんじゃないかと思っていたが、どうもここが結界外らしくて探知が入らないんだよな。折角の大会、参考にしたいのに残念だ。」

 モニターの中では炎を纏った剣を振り回すルーカスが暴れ回っている。剣を巨大な炎で包み込んだままあちこちに振り下ろし、地面を炎で焼き尽くして相手の足場を確実に削っている。

 相手は魔術師だ。剣士とは常に距離を取って戦わねば一瞬で切り刻まれてしまう。

 魔術師も焦っているのだろう、先ほどから魔法の威力が安定していない。移動しようにも逃げる先が限られているので、少しずつ距離を詰められている。火を消すにも防ぐにも魔力を消費しなければならないから、無理矢理炎の中に突っ込むのは難しい。彼女があの剣の餌食になるのは時間の問題だろう。


「ルーカス様、でしたっけ。地面を炎上させるなんて、剣士なのにとんでもない魔力ですね。」

「あいつはどちらかというと魔力が多いというより、魔力の扱いが上手い。剣だってほら、まとっている炎だって細いだろう。あれは中心部を高温で燃やし、周囲を魔力で固めて熱が逃げないようにしているんだ。あとは無造作に振り回しているようで、実は確実に足場を減らせる位置にしか振り下ろしていない。要はケチるのが上手いんだ。……俺は大会予選であいつにぼっこぼこにされたんだ、同じ戦法でな。」

「うーん、あれを突破するのは中々至難の業ですね。空中に逃げたら逃げたで魔力消費しますし、炎が届かない位置まで逃げてしまうと……」


 そう言った途端、相手の魔術師が空高く飛び上がった。これ以上は埒が明かないと思ったのだろう。地を蹴って飛び上がり、その勢いと風魔法の力で炎が届かない範囲まで浮き上がった。そのまま彼女は滞空している。空から攻撃を仕掛ける気だ。

 確かに空中戦は魔術師の専売特許だ。魔術師は魔力の許す限り、いくらでも飛んでいられる。

 剣士は空を飛べない。しかし、空中に居る相手に攻撃ができない訳ではない。


 画面越しに小さくルーカスが笑った気がした。彼はこれを狙っていたらしい。

 飛び上がって一安心しかけた魔術師が攻撃魔法を構築しようとしたその時、ルーカスは突然炎を全て消し去り、何やら風魔法を体に強く纏った。浮き上がった砂埃が彼の身体を包み込み姿がぼやけてくる。

 相手は何やら悪い予感を察知したらしい。反射的に前方に防御魔法を展開している。


 次の瞬間、ルーカスが勢いよく飛び上がった。観客のどよめきがここまで聞こえてくる。

 剣士は浮けない。しかし、飛び上がるくらいなら可能だ。

 彼は風魔法の力を借り、その俊敏な身体能力を生かして魔術師の元へと飛び上がってみせた。魔術師は驚いて思考が固まっている。防御魔法を展開するのに気を取られて、横に避ける判断をできていない。

 そのまま彼は重厚な剣を振り上げ、魔術師の頭めがけて勢いよく振り下ろした。硬い金属がぶつかり合うような高音と共に剣は彼女の防御魔法に勢いよくぶち当たり、ぎりぎりと火花を散らしながら膜にヒビを入れている。


 この膜が破られれば確実に負ける。そう魔術師も思っているのだろう。魔力を必死に込めながら防いでいる。できれば後方に移動して距離を取りたいところだが、空中では足場が無い分地上よりも移動しにくい。しかもルーカスは逃がさまいと上から彼女を無理矢理抑え込んでいる。

 つまり、彼女は今風魔法で強化された剣とルーカスの重みを防御魔法だけで受け続けているのだ。そんな状態が長く続くわけがない。


 彼女が纏っていた浮遊魔法が揺らいだ。防御魔法に意識をつぎ込み過ぎて、維持できなくなったのだ。

 そんな彼女の様子をルーカスが見逃すはずもなく、剣に込めた力をさらに強めている。風魔法で下降気流を作り出し、魔術師を地面に叩きつけようとしている。

 必死にあらがっている彼女も、魔力がもう持たなくなったのだろう。力が徐々に緩まって次第に諦めたような表情になり、最終的に自分の指で胸元に下げてあった魔道具を握りつぶした。


「そこまで!勝者、ルーカス・フィオレンティーノ!」

 その瞬間、彼らが纏っていた魔法が一気に解き放たれ、急速に落下し始めた。審判が決着をつけたことで、魔道具が作用し一旦全ての魔法が解除されたのだ。

 魔術師はもう空中に浮ける程の魔力も残っていないらしい。無気力な顔をしながら自由落下している。ルーカスはそんな彼女をお姫様抱っこで抱き留めると、風魔法でふわりと地に着地した。


 会場内の観客が一斉に観客達が湧き上がり、拍手喝采が広がった。モニター越しではなく、直接控室までルーカスへの賞賛や黄色い声が聞こえてくる。

「いや、流石だな。戦いだけでなく、女性の扱いも手慣れている。やはり強敵だ。」

「まあ、戦い直後にあれだけの余裕を見せるって凄いですよね。普通疲れてなにもできませんもの。……あ、そろそろ次の選手を呼ばなくては。でもその前にちょっとお手洗いに行きたいです。」

「いいよ、行ってきな。案内は俺がやっとくから。女子トイレは恐ろしく混むらしいから早く行ってきな。」

「ありがとうございます。」


 ---


「め、めっちゃ混んでた……」

 私が外に出た頃には既に最寄りのトイレに行列ができていたので、一目見た瞬間無理だと悟り、1つ離れた場所に直行した。が、それでも結構並んでいた。

 先輩を待たせているから早く帰らないと。そう思って引き返そうとしたとき、向かいから来た人と軽くぶつかってしまった。

「あ、すみません。」


 そういって少し後ろに下がったものの、返事は帰ってこなかった。ぶつかった相手は私を無視したまま強引に真っすぐ進み、私は再びぶつからないように横に避けねばならなかった。

 ちょっと失礼な人だ。そう思ってその後ろ姿を見ると、彼はふらふらしながら闘技場とは反対の校舎に向かってひたすら突き進んでいた。小柄だから恐らく中等部、それも私と同い年か年下に見える。

 この時間校舎には誰一人いないし、手ぶらの彼に何か部の用事があるのだとは思えない。

 それではなぜ、彼はよりにもよってこの時間にわざわざ校舎側へ行こうとするのか。男子トイレはわざわざ遠出しなければならない程混んでいなかったはず……


 その刹那、昨年の大会の記憶が一気にフラッシュバックした。わざわざ人気のない場所に誘われる低学年の生徒。どこからともなく校内に現れた魔獣。

 全く同じ状況ではないか。前回の大会でも魔獣が精神魔法をかけたせいでイザベルが死にかけた。このまま放っていたら彼も同じ目に合うかもしれない。

「あの、すみません!」

 焦った私は、思わず彼の腕を掴んで引き止めてしまった。


「何か用か?」

 男子生徒はぶっきらぼうにそういうと、私の手を強く振りほどいた。まさか根拠もないのに魔獣に会いに行くんですか?なんてことを言う訳にもいかず、一瞬言葉に詰まったが慌てて笑顔を取り繕った。

「校舎に何か御用ですか?急がないともうすぐ2回戦目が始まってしまいますよ。」

「俺がどこへ行こうとお前には関係ないだろう。邪魔をするな。忘れ物を取りに行くだけだ。」

 苛ついた様子の彼は私をキッと睨みつけると、そのまま校舎の方へ歩いて行ってしまった。


 どうやら勘違いだったらしい。一応魔力探知でも確認してみたが、不自然にかけられた魔法らしきものは見当たらなかった。

 これでは私の方が不審者だ。ちょっと恥ずかしい。

 すみません、と小さく謝罪をした後、気を取り直して闘技場方面へ戻ろうとした時、


「やっぱりちょっとおかしいよなあ。」

「で、殿下……」

「よ、大会運営お疲れ様。」

 ガルス殿下が音もなく後ろに立っていた。振り向いた私の頭にぽんと手を乗せて、軽く頭を撫でている。

 彼は司会進行役のはず。なぜここにいるのだろう。


「司会進行なら副部長に任せてきた。ちょっと嫌な予感がしたからな。しかしまあ、お前も良く巻き込まれるな。」

「どういうことですか?」

「違和感を感じたんだろ、そいつに。さっき声かけてたやつだ。」

 彼が指さした先を見ると、さっき私とぶつかった男子が校舎の奥へ消えていくのが見える。

「そいつ、ちょっと追いかけるぞ。ついてこい。」

「え?あ、はい。」

 殿下に背中をとんと押され、言われるがままに先を行く彼の後を追った。闘技場からどんどん遠ざかっていく。次の試合までに戻れる気がしないから、控室の仕事は先輩に任せる他ない。


 彼と私達にはそれなりに距離が開いている。廊下をひたすらふらふらと歩いており、こちらに気づいている様子はない。

「これくらい離れているなら小声で話しても問題なかろう。周囲に気を配っている様子も無いからな。それにしても、さっきのやりとり見てたぞ。最初は逆ナンでもしているのかと驚いちまった。」

「御冗談を、たまたま前を見てなくてぶつかってしまっただけです。というか、やっぱり彼には何かあるのですか?様子がおかしかったので思わず声をかけちゃって、でも魔力が見えなかったので魔法っぽくはなかったのですが……」

「そういえばまだ精神魔法の見抜き方を教わってないんだっけか。精神魔法は普通の魔力探知じゃ分からないんだ。もっと……こう、感覚を脳に集中するんだ。魔力とは違った靄が脳辺りを覆っていたら、そいつには精神魔法が掛けられている可能性が高い。魔法が高度であればあるほど、相当意識しなきゃ分からない。」


 脳に集中するって何だ。魔力探知が入らないならどうやってその靄を感知するんだ。もっと詳しく説明して欲しい。

 というか、どうして我々は彼の後を追っているんだ。先生に連絡しなくていいのか。

 そう聞こうとした口を突然手でふさがれ、もごっと間抜けな音が漏れる。そのまま私の身体をぐいっと掴んで引き寄せ、壁の角にさっと私ごと身を隠した。

 何をするんですか、と殿下を見上げると、黙ったまま目配している。視線の先を辿ると、少し離れた場所で先ほどの男子がふらふらと階段を下りているところが見えた。


 降りるぞ。

 口の動きだけでそう告げると、 彼は自身が発する魔力を消して『隠密』し始めた。途端に彼の姿が認識しにくくなり、背景に溶け込み始めた。密着しているはずなのに呼吸音も衣擦れの音も聞こえない。

 そういえば、精神属性に隠密の為の魔法があると聞いたことがある。人や動物の五感に引っかからないような形に自分を歪め、潜入や尾行に役立てるのだとか。

 習ったことは無いが、見様見真似で案外できるかもしれない。試しにやってみよう。


 隠密とは、相手の認識から逃れることだ。人が人に気づかれないようにするには、取り合えず視界に入らず音を聞かれず魔力を感知させなければいいだろう。

 視界に映らないようにするには光を反射させずに曲げればいい。音を鳴らさないためには衝撃を打ち消せばいい。魔力探知に引っかからないようにするには、普段発されている魔力を抑え込めばいい。

 殿下が綺麗なお手本を見せてくれたおかげで、魔力をどうやって使えばいいか分かった。恐らく精神属性の本質は、『歪み』を与える事だ。


 魔法が発動した。全身が何かヴェールのようなもので包まれているような感覚があり、なんだか居心地悪い。試しに足踏みしても虚無を踏んでいるように音が全くしない。音波が逆位相でかき消されているような、そんな不気味な感覚だ。体もどことなく背景に紛れて、輪郭がはっきりしない。恐らく成功したのだろう。


 しかし、魔力がごっそり持っていかれた感覚がする。魔法を初めて使う時は魔力変換が効率化されていないせいで、魔力の消費がかなり激しい。ただし一度発動してしまえば案外維持する魔力は少なくていいらしく、あまり集中していなくても大丈夫そうだ。

 これで殿下の隠密を少しは再現できたはず。そう思ってほぼ背景に溶け込んだ殿下の方を見ると、靄の中で彼は少し驚いたように口を開けて、そしてにやりと笑った気がした。


 上出来だ。

 殿下はそう私の耳元で呟くと、すぐに小走りで男子生徒が歩いて行った先へと急いだ。勿論足音1つしない。

 よかった、殿下から見ても上手く魔法は再現できたみたいだ。これで足を引っ張らずについていける。

 一安心しながらも、遅れないようにと気を引き締めて彼の後を追って地下へと降りて行った。


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