学園中央通りへ -1
普段から休日も平日と同じ時間に起床するようにしている。余り生活習慣を乱したくないからだ。
だから今日も時間通りに目覚まし時計が鳴る音で目覚め、大きく背伸びをした。
今日は、デリケ達と約束した日。遅れるわけにはいかない。
「お待たせ。」
「メーティア、遅いわよ!」
「約束よりも早くに来たはずなのになあ......」
皆楽しみにし過ぎて、集合時間5分前に来た私が一番遅くなってしまった。イザベルは15分も早くこのロビーに待機していたらしい。
皆平日に見る制服とは違って、思い思いの私服で来ている。
周りには私達と同じく外出する予定であろう生徒たちが集まってきている。彼らもまた華やかなドレスと帽子をかぶり、楽し気に話をしている。
一方私は王都の実家で着ていた、平民用の安いシャツとスカートを着用している。
「皆お洒落ね。私このシンプルな服しか持ってないんだけど、浮かないかしら。」
「確かに他の子達と比べたら地味ね。これから出かける所はそこそこ高級なものを扱う商店街だから、上等な装いをしている人が殆どだと聞くわ。ま、でも気にすることは無いけどね。」
「そうね、気にしたって仕方ないし。折角だからお出かけ用の服を一枚買おうかと思ってね。」
「そこの2人!そろそろ出かけるわよ!」
イザベルは白いつば広帽子をかぶり、赤いワンピースを翻しながらこちらに駆け寄ってきた。
見るとデリケとマデリンは既に外履きに履き替えて私達を待っている。そろそろ行かねば。
急いで向かいたいところだが、小走りになってはデリケに叱られてしまう。私達は早歩きで靴箱へと向かった。
「うわあ~、凄い活気ね!」
明らかに高級そうな店舗が並ぶここは、『学園前中央通り』だ。メインの客層はここの学生のようで、私たちティーネイジャー達向けの服がガラス越しに並べてある。
服の店は勿論のこと、アクセサリー専門店や帽子、靴専門店なんてものもある。この世界の若者のお洒落がここに集結しているようだ。
「素敵ね、都会のファッションに触れられるなんて夢みたいだわ!」
「西部には東部の最先端ファッションが大体1年以上遅れてやってくるから、社交界の話題にもついていけなかったのよね......何だか輝いて見えるわ。」
「そういえばこの辺りにもうちの商会が卸した店舗が幾つかあるんですよ。そんな大きいお店じゃないけど。そこもしっかり流行を抑えた品だけを売るようにしてるんですよ。」
確かに言われてみると、どこの店も似た形のドレスが飾ってある。
「最近のトレンドはね、ドレスのスカート部分に薄い生地を何枚も乗せるのが主流なのよ。一番上のシースルーの生地に複雑できれいな刺繍をしてあるのが最高の品で、社交界で着たら一気に人気者になれる位の高級品よ。」
「薄くて丈夫な生地の大量生産が可能になったと聞きました。それでも刺繍は相当コストがかかるから、やっぱり上流貴族じゃないと手に入れられないそうですが。」
「コルセットは大分楽になったよね。私達のお母様が若かったころは腰が変形するまでコルセットを締めていたらしいわ。今の時代に生まれてよかった~。」
「あんなに細いとお茶会で美味しいお菓子も食べられないもの......あ、ここ、確か先輩がお勧めしてくれたところね。」
マデリンの視線の先を辿ると、この通りでも1、2を争うほどに大きい女性用ドレス店があった。
ここは中流貴族令嬢の買うような品から平民の手の届く品まで幅広く置いてある店らしい。
「上流貴族は別のお店へ行くの?」
「そういう人たちは家に仕立て屋を呼ぶのよ。でもどうかしら、学生のうちは人付き合いで既製品を買うこともあるらしいけど。」
ちりんちりんと入店を知らせる鈴の音が鳴ると、奥から店員が出てきた。
「はい、いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」
「全体的に色々見たくて来たのよ。普段使いできるカジュアルなドレスはあるかしら?」
「はい、こちらへどうぞ。」
店員はすっと頭を下げ、慣れたように私達を店の中へ案内した。
案内された先にはずらっと沢山のドレスが並んでいる。どれも足元まである上裾がふんわりと広がっている為、まるで沢山の花が咲いているような迫力がある。
「それではごゆっくりご覧くださいませ。」
「凄い、こんなにたくさんのドレスを初めてみたわ。」
「そうかもね。メーティア、試しにどれか試着してみたら?」
「え、でもお小遣い足りるかしら?」
確認しようと一番近くにあったドレスを見るが、当然のように値札はついていない。
「ここのドレスはそこまで高くないわよ。なんたって自称貧乏男爵家四女の先輩に聞いた場所だもの。安いけれどそれなりの見栄えはするからお得だって言ってたわ。具体的には......これ位ね。」
デリケがこそこそと値段を耳打ちしてくれた。確かに買えない金額じゃない。
それに、この世界の服飾は前世のものよりも1枚1枚がかなり値段が張ることを考えると、割と普通の値段ではある。高いが。
「......1枚くらいは買っておくべきよね。」
「そうね、寮内にいるなら今みたいなシンプルな服でいいけれど、お出かけする時くらいはおしゃれしたいものね。それに今後、いい場所に着ていける服を1枚は持っておいた方がいいわよ。」
綺麗に並べてある洋服を1つ1つじっくり見ていく。どれも流行りのポイントは抑えた上で生地も柔らかい。恐らく綿と絹を混ぜているのだろう。
デリケの言う通り、余所行きの服はあるべきだろう。この学校はドレスコードのあるイベントが幾つもあるらしいから。
「私達もどれか選びましょ!どれがいいかなあ。アフタヌーンドレスと言えば白とか薄い色だけど、カジュアルドレスだから何色でも可愛いわよね。」
「そういえば、貴族にはドレスコードみたいなものがあるんでしたっけ。」
「そうよ、昼はアフタヌーンドレス、夜はイブニングドレス。貴族夫人は毎日4回位は着替えなきゃいけないの。でも、私たちはまだ子供だし学生だからそんな気にしなくてもいいのよ。寮内は皆適当だったでしょ?家じゃ親も乳母も煩くてあんな自由にできないから、自由で居られるのが楽しくて仕方ないのよ。」
「貴族って大変ですよね。私は商談についていくとき位しか服装に気を使わないもの。それでも母は貴族並みに服に気を使ってますけどね。」
「まあ、服飾中心の商家ですものね。」
コツコツとドレスを見ながら奥に歩いていくと、ふと目が留まった。
薄い空色に、白いレースが腰回りにふんわりと巻かれている。緩く垂れたドレープには所々ほんの小さな花の刺繍がしてあり、目立つ色がアクセントになっていて綺麗だ。
思わずそこで立ち止まり、もっとよく見ようと近くに寄った。
「あらメーティア、それが気に入ったの?」
「はい、色が綺麗だなと思いまして。」
「確かにそうね、あなたの髪色が綺麗に映えそうだわ。これ、試着お願いしてもよろしくて?」
「はい、ただいま。」
声を掛けられた店員は手際よく空色のドレスを手に取り、私をすぐ近くの試着室へと案内してくれた。
デリケ達は終わったら見せて頂戴ね、と手を振り、自分たちの手元へ目線を戻した。
着替えは店員さんが手伝ってくれるらしい。1人でも問題なく着れそうだが、購入前にうっかり破損でもしたら嫌なので為されるがまま手伝ってもらうことにした。
「あら、いいじゃないの!」
着替え終わった後皆の前に出ると、真っ先にデリケがこちらを見て目を丸くした。
いつも着ている服より重いが、それでも動きやすい。重なった生地が歩いた時の足をうまく隠してくれる。足を見せるのははしたないとされるこの世界において、このデザインは理にかなっているようだ。
「やっぱりメーティアってちゃんとお洒落すれば美人さんよね。髪もきちんと綺麗に結ったら深窓の令嬢っぽくなって、肖像画でも書こうものなら貴族から婚約の申し込みが殺到しそうだわ。」
「いえ、メーティアは元から美人よ。中身がちょっと......変わっているだけで。」
「どういうことですか?」
変わってるだなんて、よくわからない。私の性格は割と普通よりだと自覚していたつもりなのに。
「いや、なんというか。ちょっと普通の女の子よりも知的好奇心旺盛というか、行動が個性的と言うか。」
「個性的?」
「ほら、この前貴方花壇で落ちた花を眺めていたの覚えてる?枯れて落ちた花弁を拾ってじーっと見つめているから思わず声をかけちゃってさ。何してるの?って聞いたら、貴方なんて答えたか覚えてる?」
「花の進化について考えてました?」
「そう、それよ!意味が分からなかったわ。他の子達の目線も気にせずああやって落ちた花弁と枯れた茎を微動だにせず眺めてるの、不思議で仕方なかったわ。」
因みに花の進化について考えていたことは本当だ。
花壇に植えられた花はこの世界では割と普遍的な観葉植物であり、前世にあったチューリップと酷似していた。
その時にふと疑問が湧いた。この世界は前世とは異なる生物史を辿ってきたはずだ。
ならばなぜ、前世と同じ植物がこの世界にも存在するのだろう?これが収斂進化というものか?
と考えれば考える程ドツボにハマってしまい、考え込んでいたのだった。
「そうそう、なんか行動が変わったところがあるよね。普通花は綺麗に咲いているものを見るのであって、枯れた方を見るもんじゃないのよ。」
「花弁が落ちたことで中のおしべやめしべの形が良く見えたんです。後花弁の手触りが良くて、触ってると考えが捗ったので。咲いてる花には触れませんから。」
「そういうところよ。で、その服はどうするの?」
話しながらも鏡の前でくるくると回ったり、裾をつまんでみたりしていた。とてもいい。
サイズも丁度いいし、見た目も着心地もしっくりくる。
「買います。」
「かしこまりました。お買い上げありがとうございます。」
店員さんは再び試着室へと手を伸ばし、私もそれに続こうとした。
「折角だから、それ着て帰ったら?いつものメーティアとは違ってて新鮮だから、もう暫くこのまま見ていたいし。」
「ええ......じゃあ、これ着て帰っても良いですか?」
「はい、勿論でございます。他の方々はどうされますか?」
「もう少し、もう少し悩んでいるから待っててくださる......?うーん、どっちの方がいいかしら。ちょっと試着してから考えましょう。」
順番に試着をしている友人たちを高そうなソファに腰かけながら見ることにした。
試着してからも皆首を捻ったり、唸ったり忙しそうにしている。
この店を出るには、もう暫く時間がかかりそうだ。




