奨学金を求めて - 1
結局戦術部の新入生は合計7名。その中には当然私とダニエル、そしてエミリアの姿があった。
「まあこの段階では毎年こんなものだ。いずれ脱落してやめる奴が出てくるから、定着するのは精々4,5名だろう。精々頑張れよ。」
ガルス殿下は入部祝いの言葉ついでにそう脅してきた。
周囲の上級性は皆遠い目をしている。彼の言うことは事実なのだろう。
もしかしなくても、結構ハードなところに入ってしまったらしい。まあいいか、やれるだけやってみよう。
実際の活動をやってみた感想としては、「1年生のうちは楽」という感じだろうか。
1年生は部活動が解禁されてから2年生に上がるまでの数か月間を座学と見学で過ごすようだ。
先輩たちの決闘を見て使用した技とタイミングをひたすらメモし、自分ならどうするか等脳内でシミュレーションを繰り返す。
部長ことガルス殿下はいつもこう言った。
「自分なりの戦い方を思いつく前に、相手の戦い方を覚えるべきだ。そうすれば、真似るも不意を衝くもお前らの自由となる。」
当然と言えば当然だが、私たちは実戦経験不足だ。それを解決してくれるのが座学と見学という訳だ。
先輩たちの戦いには隙が無い。技1つ1つ撃つ時も慎重で、相手の動きをよく見ている。
先輩と言っても中等部と高等部では実力に大きな差がある上、同じ高等部内、中等部内であっても1学年異なるだけでまともな戦いにはならない。技術も体力も精神力も何もかもが違うせいだ。
実力差がある者同士だと戦いは最初の数発で終わってしまう。威力の高く速い技を避けることも防ぐことも難しい。その逆に威力に欠ける技は自分よりも強い相手には全く通らない。
しかし、同学年内の部員たちは実力がある程度拮抗している人間同士である。すると、開幕大技を放ちあってもそう簡単に決着がつかず、より長時間の戦いを強いられることになる。
こういった長時間にわたる実戦訓練ではオリエンテーションで見たような派手さはなく、決闘大会よりも地味な戦いだ。
基本的には相手の残り体力と魔力を常に見極めながら、確実に相手のリソースを削っていく作業。相手を仕留められると確信を得た瞬間にだけ威力の高い技を当てる。
それが、1対1の対人戦である。
同学年同士の戦いでは、少しでも体力と魔力が多い方が圧倒的に有利だ。しかし、それで決着がつくほど単純ではない。
こういったリソースは少なくなればなる程人間の発揮できるパフォーマンスは低下していく。そこで隙を突かれれば簡単に負けてしまう。
だから当然疲労した時にも冷静な判断を下し、技を繰り出せるような練習をすることも大切だ。
つまり、強くなるための練習とは、限界まで戦い続けること一択なのである。
足元がふらつきぜいぜい言いながらも戦うことを止めない先輩たちを見ていると、脱落してやめていく人がいるのも納得だ。
来年から私達もあれに参加しなければならないのだと考えるだけで疲れてくる。
そんな厳しい訓練を積む先輩たちの中でも、一際強い人がいた。
ガルス殿下だ。
彼の戦い方は圧倒的で、他の部員が束になっても叶わない。
その力が圧倒的すぎるものだから、戦い開始直後の同学年の先輩ですら一撃で葬ってしまう。
何をもってして彼は強力なのか?
まずは、単純に力の強さと速さだ。素の力が違う。
自己強化は己の肉体に対する掛け算だと思えばいい。己の肉体が強ければ強いほど、そしてかける魔法が強いほどに強力な肉体を得られる。
彼はその両方を仰せ持っている。普通の人相手なら自己強化無しでも簡単に捻りつぶせそうだ。
更に、彼の場合は磨き上げられたその技も強さの秘訣だろう。
緩急付けた動きは相手を翻弄し、一切ブレのない刃は鋭く相手の急所を狙う。剣術に明るくない私ですら美しいと見惚れてしまう。
決闘大会で彼が人気だったのも十分頷ける。
部活内ではガサツそうでいつもへらへらしている彼だが、戦いの時はまるで別人のように切り替わる。
強い意思を湛えた眼差しはそれだけで人を射貫けそうな程に。
いずれにせよ、我々1年生はこの戦いの中に入るには些か早すぎるという事を皆悟り、大人しく言われた通りに黙って勉強するのみだ。
毎週戦術に関する宿題を課されるから、こちらもこなしていかなきゃならない。学習する教科が1つ増えたような気分だ。
それでも、案外楽しくやれている。充実した学生生活をおくるとは、こういう事を言うのだろう。
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暑い日々から葉が落ちて、雪の積もる時。季節が過ぎるのは早い。忙しい日々を過ごしていれば特に。
気づけば学年の終わりが見えてきた今日この頃。あと1か月もすれば1年生が終わり、1か月半程の長期休みに入る。
毎日授業と部活動で充実している。しかし、そのせいかおかげか、この学校の『問題』については調べる機会がない。
思い当たる節としては、決闘大会時に侵入してきたあの魔獣の事だ。あの魔獣はどこから来たか、何故あそこにいたのかも分からない。
あの魔獣について何か情報を得られれば進展しそうな気がするのだが......
が、ぶっちゃけ今はそれどころではない。
「メーティア、大丈夫?」
マデリンが心配そうに声を掛けてくれる。彼女の艶のある長い青髪が肩から緩やかに流れ落ちており、机の上に薄く散らばった。
今日は休日、私たちは揃って図書館で勉強をしている。机の上には参考書と教科書、ノートと筆記具で大分散らかっている。
そんな中、私を心配そうにしているのは彼女だけじゃない。私の友人皆が、私の事を心配そうな目で見つめている。
それもそうか。
今の私は隈を作り、痩せこけ、髪もぼさぼさで寝落ちそうになっていた。
「大丈夫じゃない。」
もう直ぐ年度末試験。それは、今の私にとって何よりも重要な学生イベントだ。
年度末試験。それは、この1学年でどれ程学び、身に付けられたかを確認するチェックポイント。
全教科に課された試験は2週間にわたって行われ、その結果は卒業後もついて回るらしい。
とはいえ、このイベントは生徒の大多数にとっては何でもない、ただの面倒でつまらない行事に過ぎない。
そもそも貴族は領地経営以外の頭脳労働に従事しない以上、彼らにとって一般教科で優秀な成績を取ることはあまり意味を為さない。彼らが学校において身に着けるべきなのは、知識よりも倫理観、即ち奉仕活動等のノブレスオブリージュの精神の方だと言われる位だ。
勿論経理や地理、政治学の知識は必要だろうが、良い成績として残す必要はない。故に、今のうちから努力する子息令嬢はそう多くない。
神官は神官で一番大事なことは神に対する信仰心と聖典の知識であるから、それ以外は2の次に過ぎない。
つまり、この学校で良い成績を取ろうとやっけになるのは、研究者志望の生徒と将来働かねばならない平民出身者だけだ。
「その......私たちは余り頭も良くないから応援くらいしかできないけど、が、頑張ってね。」
「頑張ってる。辛い。」
いつも身分を気にしてイザベルに丁寧な対応をするメグも、この時ばかりはぶっきらぼうに返事をしている。メグの髪も乱れ、いつもの様な堂々とした雰囲気もどんよりとしている。
彼女は彼女で商会を盛り上げるため、少しでも多くの知識を得ようと必死なのだ。加えて良い成績を取れば商人としても一目置いて貰えるらしい。
故に今のうちから良い成績を取り続けることは将来役に立つのだとか。
「それでもメーティアよりはマシね。うちは奨学金が無くても何とかなるから。」
「ここの生活費高いんだもの......補助を貰わないと来年からどうなることやら。」
私は奨学金狙いだ。
ここに入学した時は入学試験の結果が良かったので、奨学金と言う名でこの1年間ここの生活で補助金を貰っていた。しかし、その特権は1年限りのものだ。
来年同じように補助金を貰うには、この年度末試験で良い成績を収めなければならない。具体的には学年で上位3位以内に入らねばならないのだ。
「この学年100人近くいるよね?その中で上位3名って中々大変よね。」
「メーティアは元々次席なくらい優秀だから無理ではないと思うけれど......維持し続けるとなると話は別ね。」
因みに両親は別に奨学金を取らなくても良いと手紙で言っていた。だが、彼らは恐らく知らないのだ。
ここの生活費の高さを。
寮の生活費もご飯代も、ノート1枚ですら王都の平民にとっては十分高い。いくら上流階級御用達だからって学生から取りすぎではないか。
この生活をあと5年も続けるとなれば合計で相当な金額になってしまう。払えないことは無いが、それなりに負担をかけてしまうだろう。
しかも、来年からは課外学習がある上、休日の外出が解禁されるらしい。
1年生の間は休日も基本的に寮外へ出ることが許されなかった。学校は広く必要な設備は大体揃っているとはいえ、ストレスが溜まったりホームシックで泣いたりする子も多かった。
しかし、来年からはそれが許される。
ただ寮に引きこもっていた時よりもお金の消費が激しくなるに違いない。
「親の負担を少しでも減らしたいのよ。どうせ来年から皆毎週遊びに出かけたりするんだから、私も一緒に着いてって遊びたいの。」
「親想いの優しい子......神様、この子を何とか3位以内に入れてあげてください。」
マデリンが涙ぐみながら祈っている。あんな天使を寄越す神様がそんな俗な願いを聞いてくれるのか甚だ疑問であるが。
「成績が私たちの人生にあまり関係ないとは言っても、できないよりはできた方がいいんだから。他人事と思ってないで、私達も勉強するわよ。でもメグとメーティアはそろそろ1回休憩したら?集中力ないのに勉強したってしょうがないでしょ。というか、一度寮に戻って寝てきたら?隈酷いんだから。」
「うーん、そうかな。そうかも。ちょっと寮で休憩してきます。すぐに戻ります。」
「私もそうしてきますわ。」
そう言って私とメグは自分の寮に戻って休むことにした。
ちょっと横になって休憩するだけ。当然ながら、そんな事を言って実際にすぐ起きてこれる人間はいない。
疲労の中、私は自室で予定よりも深い眠りについてしまった。




