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我が子をたずねて三千世界  作者: カルムナ
学園中等部編
14/80

入学式

 制服に身を包んだ新入生たちが初めてこの地を踏みしめる、新たな門出の日。ある者は緊張して、ある者は堂々と、ある者はきょろきょろと見まわしながら歩いている。

 そんな新入生を見つめる上級生の目は温かい。すれ違う度お祝いの言葉が飛んでくる。

 入学式当日、私メーティアもまたピカピカの制服に身を包み、学校の教室に来ていた。


 入学式自体は厳かで、おそらく偉いであろう人物から次々と激励の言葉を贈られた。余りに厳かな雰囲気だから、少しの身じろぎも許されないような気がしてならない。突然頭の天辺が痒くならなくてよかった。

 しかし、そんな世間知らずの私でも知っている人物はいる。

「ベンカル国王陛下より、祝辞の言葉を述べる!」

 まさか国王がこの場に来るとは思わなかった。例年通りなのだろうかと周囲を見渡すと、私と動揺の声が広がっている。やはり異例の事らしい。

 どうして今年だけ?と思ったが、隣でこそこそ小話をしている人曰く

「今年はシュルト殿下が入学するから、きっと国王陛下もおいでなさったんだ。」とのこと。


 昔城下町で彼を見たことを思い出す。あの美しい人だ。強烈な印象だったからよく覚えている。

 シュルト殿下は私と同い年だったから、入学する年も同じだったのか。すっかり忘れていた。

 陛下の祝辞も他の人と変わらず、今後の健闘を祈るものだ。すぐに退出してしまい、騒めきはすぐに鎮静化した。


 退屈な、と言ったら怒られそうだが、ともかく入学式が終わった後に新入生は教室に案内された。

 私の隣にはメグが座っている。たまたまメグが同じクラスで良かった。心が軽い。


「それでは皆さん、自己紹介をお願いします。」

 このクラス、というかこの学校の大半は貴族の出自である為か、皆自分の家名と名前を言っていく。私は貴族の名前なんてちんぷんかんぷんだからほぼ聞き流しているが、隣に座ったメグは真剣な表情で聞いている。メグの方をじっと見てると、お前もきちんと聞いておけとばかりに目配せされた。大人しく従う事にしよう。


 とはいえ、何十人の自己紹介を聞いて覚えろなんて言われても難しいところだ。全員分覚えることは早々に諦め、高位貴族の自己紹介だけ覚えることにした。


「フィオレンティーノ公爵家長女、カロリーネ・フィオレンティーノですわ。お見知りおきを。」

「ヴィクトル・バルトーニ。バルトーニ侯爵家長男だ。」


 彼らの苗字は聞いたことがある。中央貴族の中でも特に力が強く、金銭的にも政治的にも彼らに匹敵するものはそうそういない。

 彼らの自己紹介の時だけ拍手が特に大きい気がする。どういう意味であれ、彼らを慕うものが多いのだろう。

 頭の隅に程度に覚えておこう。

 私が聞いたことある高位貴族は彼らぐらいだ。クラスを簡単に見まわしてみたが、シュルト殿下はここにはいないらしい。別クラスに配属されたのだろう。


「メグ・スワロウです。スワロウ商会会長の娘でございます。」

「メーティア、苗字はありません。よろしくお願いします。」

 私とメグも順番に自己紹介をする。自己紹介を終えて着席すると皆と同じく拍手の音が上がり、ほっとした。貴族ばかりの中でどう扱われるか不安であったものの、特に悪い印象を持たれているわけではなさそうだ。


「ダニエル・クロフトン。クロフトン銀行頭取の息子だ。よろしく頼む。」

 他とは一線を画す自己紹介。ピリピリとした雰囲気を放つ彼は低い声で自己紹介を終えた後、直ぐに着席した。

 クロフトン銀行。それは、この国で最も有力な銀行のうちの1つである。元はどこぞの貴族が運営していた小さな銀行であったが、没落後に優秀な平民が事業を引き継ぎ、ここまで大きくさせたという経緯だったっけ。

 焦げ茶の髪と獣のように鋭い黒の眼差しを持つ彼は、そこのトップの跡取りらしい。


 メグと再び目配せをする。彼はこのクラスで3人目の平民だ。他は皆貴族や神官という特権階級の子らばかりだから、ここは是非とも平民同士仲良くしておきたいところ。

 数十人程度の自己紹介が終わり、ようやく自由時間となった。皆立ち上がり、元から仲良かったのだろうか、直ぐに友人達と思い思いの会話を繰り広げていた。


「ダニエル・クロフトン。私はメグ・スワロウ。スワロウ商会の娘よ。こっちはメーティア、家は裕福じゃないけど優秀な子よ。入学試験で次席だった位にはね。」

 そんな中私たちは、先程自己紹介をした男へ話しかけている。勿論お友達になる為だ。

 ダニエルはメグが差し出した右手をじっと見つめていたが、ふいっと目を逸らして息を吐いた。


「そうか、自己紹介で言っていたな。俺とお前達がこのクラスの平民と言う訳か。そりゃあの試験を突破できるなら2人とも優秀だろうさ。それでも、俺はお前達と仲良くするつもりは無い。別の人を当たるんだな。」

「あら、それはどうして?」

「平民だからさ。俺はやる事があってここにいるんだ。有力な貴族達とのコネを作り、将来銀行を継がなくちゃならない。金にも紐にもならない平民達と仲良くしてる時間は無い。」

 ダニエルはこちらを見ることなく、手元の手帳に何やら書きながら言った。

 メグと私は思わず互いに顔を見合わせ、そして肩をすくめた。


「随分な良い様ね。貴方みたいなお忙しい男性に声を掛けて悪かったわ。でもね、独りぼっちで座っている貴方が今この瞬間、忙しい様にはとても思えない。ちょっとくらい握手をしてくれたって構わないんじゃないの?」

「時期を見計らっているんだ、邪魔するな。お前たちと握手をしろって?どうして俺がそんなことをしなくちゃならないんだ?そうして欲しいなら、俺がそうする合理的な理由を言って見ろ。俺は無駄なことはしない、合理でしか動く気はない。下らない友達ごっこなんかしたくないんだ。」

 何とも頭の固い男の子だ。素直に黙って握手を受け入れればいいものを。同じ平民でもエリート層はどうしてもプライドが高くなりがちなのだろうか。メグはそんなことないのに。

 しかし、相性が悪い。私とメグは恐らく同じ、負けず嫌いだ。こう宣戦布告されては、闘争本能が刺激されてしまう。


「そうだね、確かに私は苗字すらないから、家だけ考えたら友達になる意味はないかもね。でもさ、私達これからこの学校に何年通うと思ってるの?同じ平民の友達がいるかどうかでこの6年の過ごしやすさは変わってくるでしょう。それに、この学校を出た後、将来仕事で関わる可能性だって0じゃない。私たちがどんな要職に就くか楽しみじゃない?」

「その通りね。もし私たちが在学中に有力貴族とお友達になれたら、貴方の事紹介してあげようと思ってたのに。残念だわ。こうやってお断りされたら、『ダニエル・クロフトンは平民の癖に同じ平民には傲慢な態度をとる』って学校中に広めてしまうかも。」

 ぐすん、とメグはわざとらしく泣き真似をして見せる。何とも嫌味な言い方だ。


 流石に2対1では分が悪い。

 ダニエルは少しイラついたような表情で眉間を手で押さえ、一瞬考える素振りを見せた。そして、ほんの小さく舌打ちをすると急に立ち上がり、嫌々そうにメグの手を掴んだ。

「ダニエル・クロフトンだ。」

 メグは途端にしてやったり顔で満足そうに手をぶんぶんと強く振っている。ダニエルは嫌そうに振り払うと、私にも手を差し出した。にっこりとその手を両手で包み返してあげた。素直でよろしい。


「では、俺は他の人とも挨拶しなければいけないのでこれで失礼する。」

 ダニエルはいそいそと教室外へ飛び出して行ってしまった。コネの為に初日から別のクラスにまで行くとは、流石行動力がある。

「さて、1限目前に1人友達が増えるなんて上出来じゃない?」

「これからも仲良くできればいいね。」

 こうやって皮肉めいた軽口を叩き合えるのは何年ぶりだろうか。実に前世以来だ。

 彼が飛び出していった教室の扉に視線を向けたまま、私は今後の授業で何を学べるのか期待に胸を膨らませていた。



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