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魔法実技試験

 試験会場は黄土色の砂に覆われた運動場だった。魔法を外したのだろう、所々焼けこげたり穴が開いている。


「試験番号と氏名を。」

「試験番号308。メーティアです。」

 一瞬試験官の目がジロリ上がり、こちらを見る。特に他に言うことがないので黙って見返していると、再び目線を書類に落とした。

「親の職業は、職人ね......杖は持参していないようだが?」

「杖は持っていません。」

「杖が無くても配慮はしないぞ。それでもいいんだな?」

 それでもいいか、と聞かれても、持っていないんだからどうしようもないだろう。

 はい、と回答すると試験官は遠くを指さした。


「あそこに的が見えるな?あそこに私が言った魔法を当てなさい。魔法1種類あたり3回までなら撃ち直して良い。心の準備が出来たら声を掛けろ。」

 指さされた方角を見ると、確かに離れた位置に木製の的が置いてある。思ったよりも遠くて小さい。きちんと集中しなければ外してしまいそうだ。

 特に準備することもない、気休め程度の深呼吸を数回繰り返す程度だ。

「大丈夫です、お願いします。」

「よろしい。まずは基礎魔法、火球だ。」

 火球。体外放出型の中でも特に簡単で、文字通り火の玉を飛ばす魔法だ。火は物質でなくエネルギー体だから消費魔力も多くない一方、攻撃性能は高い。初心者からプロまで幅広く使える魔法だ。

 手を軽く前にやり、そこから火が放たれるイメージし、呼吸をするように魔力変換する。そういえば威力と安定性が加点対象だったっけ。では、いつもより威力を盛ろう。


 ところで、火における威力とは何か?大きさか?勿論大きさも重要な要因だろう。

 しかし、不安定な火というエネルギー体において大きさを増加させると、空気抵抗の影響で軌道をコントロールするのが難しくなる。コントロールに意識を相当持っていかれると考えると、増幅できる大きさには限界がある。

 それではどうすればよいのか?そう、もう1つの要因、温度を上昇させればよい。

 温度は上昇させればさせる程周囲との温度差が激しくなり、周囲にエネルギーが流れやすくなる。が、それを流れないようにコントロールするのはさして難しくない。密度を上げれば熱は逃げにくくなる上空気抵抗を受け辛くなるので一石二鳥。

 ついでに弾速を上げよう。弾速が早ければ早いほど熱も逃げにくい。


 目を見開き、的を見つめる。手をゆっくりと上げ、目線と指先と的を一直線に並べる。魔法を撃った反動で体制が崩れないように足を少し開き、重心を下に下げる。

 あの的を、貫く。

 明確な意思は強い魔力となり、一瞬にして指先にエネルギーが集まる。それは黄色い、いや白い蛍光灯のような輝きとなって球状に収縮される。

 その光刺激を目から脳に伝えるより早く、火球は前方に放たれた。


 パァン!


 その次の瞬間、弾丸のような音が鳴り響き、風圧の壁が指を直撃した。自己強化を入れてなければ指が折れていたに違いない。

 今まで聞いたことがないような破裂音が周囲に鳴り響き、隣で同じく試験をしていた男の子は驚きのあまり集中が途切れてしまったらしい。悪いことをした。

 周囲の気温が少しばかり上がったように感じる。暑い。

 的の方を見ると、確かに中央部に命中している。中央に綺麗に穴が開いており、周囲がじりじりと燃えている。

 成功だ。


 初手なのに、精神力を使い過ぎてしまったか?いや、大丈夫だ。伊達にずっと訓練をし続けていたわけでない。この程度ならあと10発は余裕で撃てる。

「今のが火球かね?」

 それをじっと見ていた試験官がこちらに尋ねる。

「はい、火球です。」

 紛れもなく火球だ。だって火の球だし。

 火球の条件は炎エネルギーを球状に固めたものだから、きちんと満たしている。


「そうか、そうだな。確かに火球に違いない。ところで、君は魔法をどのように学んだのかね。」

 質問の意図が分からない。そんなことを聞いてどうするのか。


「本を読み、独学で学びました。」

「そうか、では他の人の魔法を見たことは?」

「いえ......ありません。」

 試験官はふむ、と顎鬚を手で撫でると、何やら手元の資料に何かを書き足した。

「よろしい。今的を取り換えるから待ちなさい。それと、君の魔法の威力が高いのはわかった。次からは具体的な指示をするから、少し威力を抑えなさい。」

「わかりました。」


 どうやら威力は申し分なかったらしい。正直自分でも驚く程の威力が出から、これで足りなかったらどうしようと思った。

 わざわざ次は抑えなさいと指示されたぐらいだから、他の人と比較してもかなり強かったのだろうか。それなら嬉しいが。


「それでは次、水流山。あの的を一瞬覆う程度の水流で構わない。壊さなくてよろしい。」

 水流山?それは随分とレベルが高くないか?

 水流山は水流を生み出し、無理矢理物を押し流す基礎魔法だ。

 しかし、水魔法は物質を生み出す物質放出型魔法であるから、消費魔力がどうしても大きくなってしまう。それに、流体というのは力の流れが分かりにくくコントロールがしにくい。長時間維持するとなるとコストが高く、実践ですら限定的な用法でしか使われないらしい。

 故に水流山は基礎魔法であるのにも関わらず、それなりに難易度の高い魔法となっている。

 しかも、それを遠くの的に対して撃てと?遠くになればなるほど維持は難しくなるのに?


 頭の中で、流体をシミュレーションする。

 いや、ここから水流山を発動して水を操り、遠くの的を押し流すのは無理だ。できないことはないが、魔力の消費が大きすぎる。途中でコントロールを失ってしまうし、最悪この後の魔法が使えなくなる。

 それなら、発動場所を変えればよい。あの的の上で水を出すのだ。


 そうと決まれば早い。素早く脳内でイメージを構築し、魔力に変換する。先ほどよりも強く思わねば。

 魔力は何もしなければ空気中に拡散して消えていく。しかし、魔力そのものをコントロールすれば、塊となってその場に滞空できる。

 魔力の遠隔起動は、そうやって魔力塊を発射し、時間差で起動する方法だ。


 因みにこの方法は基礎魔法ではない。思いっきり応用魔法に即した方法だ。

 基礎魔法しか出ないんじゃないのか、この試験は。確かに使う魔法自体は基礎魔法だが、基礎魔法のみで馬鹿正直に水流山を遠くまで持っていける奴なんてこの年でいるもんか。

 何が壊さなくてよろしいだ。壊せるもんか。


 魔力に水流山を乗せ、的の方に飛ばす。的の上に来る瞬間、魔力は水に変換され、的の上に降り注いだ。

 その瞬間こちらも遠隔から水流をコントロールする。遠隔の負担はあるものの、水流山自体は練習してきたから問題ない。庭が何度水浸しになったことか。

 滝のように降り注いだ水をぐいっと再び上昇させ、的を包み込む球状に纏める。水滴は何故丸いのか。それは表面張力の関係上、球状にした方が楽だからである。


 的が完全に包み込まれたのを確認した後、水を急いで分解する。

 若干足元がふらつく。疲れはあるものの、まだ頭痛はしない。問題ない。

 試験官の顔を確認すると、何やら満足そうな表情で書類に書き足している。これでよかったらしい。


「よろしい。それでは最後、何の魔法でもいい。あの的を木端微塵にして見せなさい。」

 木端微塵にせよ?何でもいい?

 一瞬悩む。あの的を粉砕せよと?

 的を目を凝らしてみると、随分ガタガタしている。先ほどの水流山のせいだ。壊しはしなかったが、そりゃ無傷で済むわけない。何か適当な魔法でもぶつければ簡単に割れてしまいそうだ。

 だが、試験官は木端微塵にせよと言った。ならば、文字通り塵にして見せなければならない。


 では、どの魔法を使って粉砕するか?それは簡単だ。

 直接破壊すればいい。


 先程と同じ方法で遠隔魔法を起動する。手から放たれた魔力塊は的へと即座に飛び、的に当たる。

 それと同時に、魔力がその効力を発揮する。


 マシンガンが放たれたような発砲音が連続して耳を劈く。予想していたよりも大きな音に思わずびくりと体が動く。隣の男の子はおびえて飛びあがっていた。すまない。

 試験官はぴくりとも動かない。

 ただその鋭い双眸で、遠くの的がバラバラになっている様を最後まで眺めていた。


 魔法というのは名前のある現象を起こすだけじゃない。名前のない暴力を生み出すことだって可能だ。

 的にかけたのは、『的が木端微塵になる魔法』だ。当然そんな魔法は定型化されていない。私が今勝手に作り出した魔法だ。

 しかし、魔法というのは何も形に添ってなくても構わない。大きな事象を起こすには明確なイメージが必要だから、ある程度型を決めた方が想像しやすい。

 それでも、壊れかけの的を粉砕する程度の事象を起こすなら『型』なんて要らない。

 ただ、的内部で力がいくつもかかる様子を想像すればバラバラになる。色んな方向に矢印が書かれた物理の力の図を想像しよう。あれをめちゃくちゃにすればよい。


「お見事。これで試験は終わりだ。」

「ありがとうございました。」

 頭がくらくらするし、気持ちが昂って落ち着かない。先ほどの魔法にそれほど魔力を使ったつもりはなかったが、遠隔魔法はあまり使ってこなかったから不慣れだったのだろう。

 取り合えずこれで全ての試験が終わった。あとは合格発表を待つだけだ。

 合格発表は1か月後。試験内容が複雑だったせいで採点に時間がかかるらしい。

 早く宿に帰って父を安心させよう。そして、家に帰ったら母と踊りの練習が待っている。

 軽く試験官に一礼すると、疲弊した身体と頭を引き摺ってその場を後にした。

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