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君の故郷に続く道①

 生まれ変わって、それなりの年齢まで成長した。


「どうした親父殿、急に呼び出して」

「ローレン……その偉そうな感じどうにかならないのか? ああ、今日はそんな小言ではなく……お前に婚約者が出来たから、その報せを」


 婚約者……と、親父殿の言葉を聞いて眉を顰める。


「いやいい。俺にはやることがあるから、婚約者は必要ない。断りを入れておいてくれ」

「いや……そういうわけにもいかないから、仲良くしろとまでは言わないが会うだけ会ってくれ……」


 親父殿は疲れた様子でそう言い、それから言葉を続ける。


「それに、少しお転婆で前世がどうとかの妄言があるらしいが、利発でとても可愛らしいお嬢さんだそうだ。きっとローレンも気にいるだろう」

「気にいるも何も……何歳差だよ、それは」

「2つ年下だな」


 ……俺の前世を合わせると、事実上30歳差か。

 流石に歳の差が……。前世という言葉は気になるが、俺のような境遇の人間が早々いるとは思えないし、絶対とまでは言えないがおそらくは妄言の類だろう。


 親父殿の言葉に首を横に振る。


「俺の目的に巻き込みたくはない。それに……」


 目を閉じると、前世で殺し合った仲の少女、津月凛音がまぶたの裏に浮かぶ。


「他の女のことを忘れられずにいるのに、婚約などと言うものでもないだろう」

「子供がマセたこと言いやがってよお……。とりあえず、婚約者は連れてくるからな? ちゃんと会えよ?」


 親父の言葉に対して首を横に振りながら廊下に出ていく。親父殿は困ったようにため息を吐き出した。





 目黒志央。

 というのが「異世界である地球」にいた頃の本名だが、その名前で俺を呼ぶものはほとんどいなかった。


 悪の組織「ブレーメン」の首魁グラスフェルト。……と、まぁそんな風に名乗っていた。


 世界征服を目的に掲げたその組織は多くの異能力者を抱えて、みるみるうちに規模を拡大していったが、たった一人の少女、俺と同じ炎の異能力者である津月凛音の手により壊滅。


 最終的には俺も彼女に敗れて……。と、思い出したところで自分の小さな体の感触を思い出してため息を吐く。


 ……負けて、死んで、転生した。


 これでも最強の異能力者であると自負があったので、それなりに落ち込む。


 それに……転生して生き返ったのはいいが、身体は赤子で……いる場所は明らかに日本でも……というか、地球でもない。


 父母や乳母や使用人は当然のように魔法というトンチキな力を使っているし、魔物やらなんやらという物騒な単語が会話によく出てくる。


 すぐにでも悪の組織の再編を行いたいが、幼すぎる体ではマトモに活動も出来ず、現状の認識をして知識を蓄える程度の……大人なら数週間で出来るようなことに数年の月日を要した。


 第一に、俺はこの世界が嫌いである。

 分かりやすい封建主義で格差がひどく、寒村では魔物に日々怯えて、都市ではスラムの子供が飢えている。


 聞き齧りと本の知識でしかないのでどれほど正しいのかはおいおい確かめる必要があるが、事実であるならば改善の必要があるだろう。


 次に、俺は恵まれた産まれのようだ。

 それなりの領地を持った貴族の三男坊。姉もひとりいるので四人兄弟の末っ子ということだ。


 家は裕福であり、ある程度自由の効く立場……欲を言うならそのまま領地を得られる立場であればその土地を使って悪の組織を作り直したかったが、まぁ継がない分だけ自由があるのはそれはそれでありがたい。


 裕福な産まれも……気分としては微妙だが、始めからある程度の土台がある方が早く動けるので悪くない。


 そして、前世で持っていた異能力だが……使える。

 世界が違うということでルールが違うせいで使えない可能性も考えていたが、俺の『第四戦火(ラグナロク )』は扱うことが出来た。


 子供になったせいか、以前の力とは比べものにならないほど弱いが……鍛え方は知っているので、取り戻すのにかつてほどの時間は要さないだろう。


 当面の課題としては、第一に情報の収集。

 特に魔法関連が気になる。俺の使う異能とどちらの方が強いか、どの程度のことが可能か、俺も身につけることが出来るか。


 次に、体力を付けること。何をするにしても体が資本というか、体力がなく活動時間が短いのは致命的だ。


 最後に……信頼出来る腹心がほしい。人はひとりでは何も出来ないなんて当然で……だから、信頼出来る、思想を同じく出来るものがほしい。


 かつての腹心や幹部たち……そして、津月凛音のことを思い出す。

 ……同じような思想を持った、そんな仲間が。


「まぁ……あんな小娘、別に仲間になどしたくないがな。……少し、考えが似ていて、優しいところや気高いところに感心する程度のもので……」


 最期の、泣きそうな……悲しそうな顔を思い出す。

 俺は俺の理想のために戦って、それに後悔はない。けど、少し……アレは、堪えたな。


 あの少女は敵だけど、泣かしたくはなかった。


「ふ……フワァッハッハッハー! 過去のことなど今は関係ないわぁ!」


 高笑いをして、少女のことを頭から追い出す。

 センチメンタルになっても、どうせ異世界の話でもう会うことは絶対にない存在だ。


 …………ああ、もう会えないのか。

 俺に立ち向かってくるような奴は、みんないいやつばかりで困る。


 そんな考えを忘れるために、全力で駆ける。とりあえず、幼い体では何も出来ない。体力をつけて動けるようになるまで備える他ない。


 体力と知識をつけ、異能を鍛え、魔法を学ぶことを決意する。


 まずは、走りながら異能の感覚を取り戻そう。


 屋敷の敷地内は自由に動いていいことになっているので、とりあえずぐるぐると走り回る。


 あまり広くないが、小さい身体では充分走り回れる程度にはある。

 ある程度疲れたらクールダウンがてらに歩きながら手のひらに異能の炎を灯す。


 元の世界で「異能」と呼ばれていたそれは、その人物の決意の形を取り、多くがその能力者の最も不快なものとなる。


 なぜ不快なものになるかと言うと、人が決意をするとき、それは自身を否定する必要があるからだ。


 よくあるものならダイエットしようと決意するような人は、運動が嫌いか、食べるのかが好きで、決意することでそれを打ち破る。


 決意とは、常に己の否定の形をしているのだろう。


 そのため、他者に攻撃するのが嫌な人間ほど、攻撃性能が高い異能が発現しやすくなるし、強い異能ほど心理的な枷によって使いにくい。


 俺や少女の場合は「自分だけを燃やさない炎」の異能……自分を安全圏におきながら他者を害する、最も侮蔑するべき下賤な力だ。


 ……それを含めて、だからこそ有用なものである。

 手の先から炎を出して、蝶の形を取ってゆらりと羽ばたかせる。


 一匹、二匹、三匹、少しずつ数を増やしていき、操作が上手くいかずに形が崩れ出したところで中断して自分の周りで飛ばす。


 転生前なら無限に等しい数を操れたが……今は十匹がせいぜい。

 加えて、単純に出力も大幅に弱まっていてこれ以上はあまり数を出せなさそうだし、炎としての熱さも弱く感じる。


 まぁ、使っていたら色々と戻ってくるだろう。炎の形を蝶から魚に変えて、花に変えて、鳥に変えてと繰り返して、精密操作の練習をしていく。


 それにもまた疲れたら走ってと繰り返していると「ぐす……」と少女の啜り泣く声が耳に入る。


 物陰を覗き込むと、真新しいメイド服に身を包んだ少女が建物の隅っこでうずくまっていた。


 見覚えのない今の俺と同じぐらいの子供……服装からして新しく雇われた……にしては幼いな。


 俺が息を切らせながら近寄ると、少女はびくっと肩を震わせて怯えた目を俺に向ける。


「どうかしたか?」

「……えっと、あ、あなたは」

「ああ、今の名前はローレン。まぁ気軽にグラスフェルト様、あるいは総統と読んでくれたらいい」

「そ、総統?」


 困惑の表情を少女が浮かべ、一瞬警戒が緩んだ隙にしゃがみ込み、へらりと笑顔を浮かべてみせる。


「ああ、俺はお前のボスだ。ボスって分かるか? とても偉くて強いんだ。だから、親にするみたいに頼っていい」

「……お母さん」


 少女はポツリと言葉をこぼして、瞳に涙を溜める。


「お母さんのところ……帰りたい。帰りたいです」


 メイド服のスカートに顔を埋めた少女の頭に手を置く。


「……よし、事情は知らないが……任せろ。なんとかしてやる」


 幼い子がここにいること自体が妙で、何かしらの事情があるのだろう。

 ウチの親もそれなりに人情家のようなので、その親父が解決していないということは、簡単に解決することとは思えない。


 ……だからこそ、安請け合いをする。


「俺に任せとけ。よく分からないが、家に帰してやる」


 悪党というのは、いつだって雑なものだ。

 ……とりあえず、父親に少女のことを聞いてみるか。


 父が仕事をしている書斎へと足を運び、ノックをしてから扉を開ける。


「ん? ああ、ローレンか」

「俺のことはグラスフェルト様と呼んでくれ」

「どこからきたんだよ。その名前……」

「前世からの引き継ぎ要素だが」

「ああ……ローがよく言ってる前世ね。そのときの名前なわけか。はいはい」

「いや、前世の名前は目黒志央だったけど」

「どこからきたんだよ。グラスフェルト様……」


 父親は呆れた様子を俺に向けながら、それでも楽しそうにへらりと笑う。


「んで、どした?」

「ああ、なんか小さい子がいるだろ。俺と同じぐらいの。お母さんに会いたいって言ってるから、会わせてやりたい」


 父親は少し驚いた表情を浮かべてから「あー」と頭を掻く。


「……いい子だな。ローは。……その子のことは俺の方でなんとかしとくよ」


 ほんの少しだけ、視線が外れた。

 嘘だな、と判断するには充分すぎる仕草で……どうしたものか、と、父のように頭を掻いた。


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