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第9話 『婚約者としての栄誉』はもう必要ない



 私の声に案の定、彼は嫌な顔をした。

 それでも一応は用事を済ませる方を優先する事にしたのだろう。


「生徒会の仕事の事だ。ここ数日、仕事が滞っている。シェイドのやつと妙な計画を立て生徒たちに持て囃されている暇があるのなら、自分の仕事をきちんとこなせ」


 何を言い出すのかと思ったら。呆れた彼の物言いに、思わず深いため息が漏れる。


「殿下、殿下は私との婚約を破棄されるつもりなのですよね?」

「もちろんだ! 何だ? 今更撤回してほしいのか?」

「いえ、まったく。結構です」


 私はサラリと否定を入れ、「ならばこそ」と言葉を続ける。


「生徒会業務は、もう私の仕事ではないでしょう」

「何?」

「私は婚約者の責務として、殿下を支えるために生徒会に入ったのです。業務を一手に引き受けたのも、殿下が私に『俺を支える事は婚約者としての栄誉だ』と仰ったからからに過ぎません。今後業務を引き受けるべきは私ではなく、むしろ次の婚約者候補なのではありませんか?」


 次の婚約者候補とは、隣に座っているアイナさんの事である。



 分かっている。アイナには引き継げないから、わざわざ私をこうして呼びつけ命令しているのだと。


 理由は色々あるのだろう。


 今まで殿下は私のすべての生徒会業務を任せて好きにやっていた。その中にアイナさんとの逢瀬の時間も含まれていた筈だ。

 彼女が私に成り代われば、彼女との時間が削られる。まずはそれを嫌っているのだろう。


 ならば共に生徒会業務をすれば、時間を共有しながらも業務が行えるのだが、学園ごときの裏仕事、殿下はやりたがらないだろう。

 生徒会業務は本来『為政者の将来のための練習』だが、彼にはただの雑事にしか思えていないのだ。やらなくてもいい面倒事は、すべて雑事。自分がする必要のない事だと、本気で思っているのが彼という人である。


 他にも、アイナさん自身が実務それ自体を、嫌がっているのかもしれない。

 好いた相手が嫌がる事を、殿下は強要しないだろう。

 ひいき上手な殿下である。そのくらいの私欲は通そうとする。

 

 だからこそ、今ここで彼を言い負かしておいた方がいい。


「でも、肩書上はまだお前が婚約者だ」

「暫定的な肩書だけで『婚約者としての栄誉』を私に与えるのでは、アイナさんに対して失礼でしょう」

「いえ、私は別に――」

「たとえアイナさんが良しとしても、周りがどう思うのか。特に今回、殿下は学生たちの面前で、私との婚約破棄を宣言されました。暫定的な肩書がどうであれ、皆私を既に《《元》》婚約者として見ているでしょう。その時殿下の隣にいたアイナさんも、同じく殿下の婚約者だと皆認識しているのです」


 後半部分に関しては、ただの私の憶測だ。しかし、実際にそう思っている者も少なくはないだろう。まったくの嘘という訳でもない。


「義務のみ暫定的に据え置くとなれば、きっと多くの人間が勘繰ります。『何故アイナさんに生徒会業務が引き継がれないのか』『もしかして彼女には、業務ができるだけの能力がないのではないか?』と」

「そんなわけ!」

「もちろん私は存じております。まさか殿下が選んだ女性が、学園組織の雑務一つできない訳がありませんもの。しかしだからこそ、そのような勘繰りを招く状況に彼女を置くのは可哀想です」


 考える余地があると思ったのだろうか、殿下の攻勢が止まった。

 このまま彼には気持ちよく、納得してほしいところである。


「そうでなくとも彼女は今後、この国を背負う殿下の新婚約者として、多くの者たちから羨望と嫉妬の目に晒される事になるでしょう。そのような目から彼女を守る事ができるのは、殿下の采配しかありません」


 彼の視線が隣のアイナさんを気にし始めたのは、おそらくこちらに気持ちが傾きかけているからだろう。

 それだけ、彼の中で私の言葉は道理が通ると思われているという事である。しかし肝心のアイナさんは、仕事の押し付けを嫌っている。

 

「今まで通りリリベール様が、殿下を助けてあげればいいだけの話じゃないですか!」

「貴女が言う通り、私はこれまでずっと殿下の助力をしてきたつもりです。その上で私は婚約を破棄されたのです。誰でもない殿下ご自身が、私の助力よりもアイナさんの助力の方が有用だと思ったからに他なりません」


 言いながら殿下に視線を向けると、私の誘導に乗って彼が胸を張り告げる。


「もちろんだ。アイナは内部のお前より、ずっと俺の精神的な支えになってくれていた」

「ならばその心優しいアイナさんに、公私共にお世話になってください。そうすれば殿下は安泰です」


 ニコリと笑ってそう告げて、私はスッと立ち上がる。

 スムーズに立ち上がれたのは、ずっと後ろに控えてくれていたメイドが私が立ち上がる瞬間に合わせてピッタリと椅子を引いてくれたからである。


「ど、どこに行く」

「教室へ戻ります。残念ながら授業開始には間に合いそうにありませんが、授業を欠席する理由にはなり得ません」


 私がさせる釘は刺した。こちらにもう言う事はない。

 交渉をこちらから打ち切って、早々に部屋を後にする。


 殿下はプライドが高い。折れるという事を知らず、自らの口から出した事は意地でも違えないというのが信条のような人である。故に私よりアイナさんの方が有用であるという言葉を、彼は絶対に違えない。


 それを間違いと認めるような事は絶対にしたくない彼は、今後私に助力を乞う事は意地でもしない事だろう。

 授業への遅刻の代償にしっかりと、そんな保証を手に入れた。

 教室へ向けて廊下を歩きながら、「今日の目的は達した」と内心でほくそ笑んだのだった。



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