第5話 私と彼の、公然とした秘密会議
周りの国々を吸収し大国となったこの国において、国が経営するこの学園には多くの貴族の子女が在籍している。
お付きの使用人もいるため、当然学び舎も大きい。貴族が使う場所だからと、豪華な装飾と品質の高い品々で統一されている。
飲食スペースもその内の一つだ。室内とテラス席があるのだが、殿下の一存により旧国の力関係などで使えるエリアが暗に制限されているため、現在の学内の常識に照らし合わせるのなら、残念ながらどこに座ってもいいという訳ではない。
私に限って言うならば、一応殿下の婚約者なので形だけは殿下と同等の場所的有利が与えられている。
が、私が今座っているのは、殿下が『最底辺』と位置付ける者たちしか使えない場所である。
「例の件の相談っていう話だったけど、こんな場所で本当にいいのか?」
向かいに座っているシェイド様が、少し控え目な声でそんな風に聞いてくる。
私はティーカップを傾けてから「えぇもちろん」と僅かに口角を上げた。
「食事を受け取る場所から最も遠いというだけで、座るにあたり特に不自由な事はありませんし、こうして人の目が多くある場所で堂々と話している事で、周りに『日常的に付き合いのある仲なのだ』と認識していただきやすくなるでしょう? 私たちがこれからしようとしている事には、大きな認知度と求心力が必要不可欠。ただこうして一緒に食事を摂っているだけで、少なくとも前者は勝手に上がります」
「それはまぁ、たしかにそうだが……。本当に、淑やかなイメージに似合わず大胆なことをする」
「お褒めにあずかり光栄ですわ」
私がにこやかにそう言うと、苦笑しながら彼もティーカップへと口を付けた。
もちろん理由は、それだけではない。
こうして堂々としている事で「私たちには後ろ暗い事は何もない」と周りに知らしめることができるだろうし、既に殿下から婚約破棄を言い渡されている私だ。これまでと同じ生活をしていて、いつ殿下から「お前はいつからそんなところに座っていい身分になった」と睨まれるか分かったものではない。
戦う時以外で無駄に目を付けられるのは、厄介事を呼び込むだけだ。そうでなくとも、これからの相談をしようという段階なのである。「いちゃもんは付けられたくない」というのが、私の中の本音だった。
「それで? 一体何を俺にさせたいんだ?」
「させたいではなく、一緒にやってほしいのですけど」
「あぁごめんごめん、じゃあもう一度。何を一緒にやってほしいんだ?」
さも私が彼を駒のように扱うような事を言うので、少しばかりいじけてみせる。
案外素直に謝罪が聞けたのは、彼が妙なプライドに縛られていないタイプの人間だからだろう。
チラリと見れば、次の言葉を待っている彼がいる。
必要以上に自分の事を過大評価も過小評価もしていない。これまでを思えば、そんな彼の助力を得られるだけで精神的にありがたい。
ご機嫌取りなどという無駄に労力を割かないですむだけで、もう大分助かっている。
「殿下の圧政に対抗するとは言ったものの、実は私、他の方々が現状にどのような不満や改善を求めているのか、聞いた事が一度もないのです。殿下はまったくそう言った事を気にする人ではありませんでしたし、その傍に侍る私の事も、周りは同類だと思っているのでしょう。ですからまぁ、当たり前と言えばそうなのですが」
私がどれだけ裏で頑張っていようとも、表には見えない部分なのだから、当然周りの評価範囲には入らない。
先日シェイド様が言った通り、今の私に対する周りの認識は『殿下の言う事を何でも聞く従順な姫』でしかない。
今まではそれでもよかった。むしろそう思われる事で、この国に敵対の意思はない事を示せるとさえ思っていた。
しかし状況が変わった今、私は殿下の操り人形から自立した思考を持ち彼らにとって有用な存在である事を、きちんと示さなければならない。
これは、そんな私のイメージ戦略と、情報収集と、今後への意思表示を兼ねた戦略である。
「なのでまずは、貴族らしい方法で、少しもの珍しいフレンドリーアピールをしたらどうかと」
「フレンドリーアピール?」
「えぇ。題して『怖くないよー作戦』です」
「いやまぁ、言いたい事は分かったけど」
言いながら何故か苦笑するシェイド様は、聞きたいのはそこではないとでも言いたげだ。
「私はまず、この学園の『何も言ってはいけない雰囲気』を危惧しています。このまま今の在学生たちが大人になって自領や国を取り仕切る立場になった時、上の方たちの顔色を窺ってばかりで正しい進言をできないのでは、やがてこの国は廃れるでしょう」
それは同時に、我が国への火の粉にもなり得る。
たとえば税制や食品や工芸品などの取引状況が悪化した時、殿下がどんな選択をするのか。
この国はこれまで周りから奪い、統合する事で国を維持してきた。彼自身『自分の国は自分のもの。自分を中心に世界は回っている』と、何の疑問も抱かずに当然と思っている節がある。
そんな環境や思想を持って生きてきた人が困窮した時に頼る手段は、十中八九過激なものだ。
我が国は現在この国に、戦力面では負けている。だからこそ私が人質姫になっているのだ。
この婚約が完全になくなりこの国にとって私や我が国がただの食いつぶす対象になった時、私たちは滅びるだろう。
そうしないために、今一番最初に手を付けるべきは、この『何も言ってはいけない雰囲気』を壊す事だ。
「ですからお茶会を開きましょう」
「大きな口を叩いたわりには普通の事を言うんだな」
「もちろん趣向は凝らします」
嫌味交じりの彼の声に、私はサラリと言葉を返す。
怒るとでも思っていたのだろうか、少し意外そうな表情を浮かべた彼が「趣向?」私に聞き返してきた。
興味を持ってくれたようで何より。その表情を待っていた。
「はい。権力にがんじがらめで陰鬱とした学園生活を送っている多くの生徒たちに、安心と新鮮と有意義を提供するための、少し変わったお茶会です」