第4話 コテンパン同盟、仮契約
「シェイド様は、この学園の現状をどうお思いですか?」
「と、いうと?」
「殿下はまるで学園を自分の所有物であるかのように振る舞い、自らの思い通りに動かす。そこに他者への配慮はなく、生徒たちも皆、殿下の顔色を伺うばかりで声を上げる事はない」
己が楽しいだけの催しを開催し、強制参加させる。上級貴族以外は立ち入り禁止のカフェ区域を勝手に作り、同じ食事を食べるのが不快だという理由だけで、注文できるものを暗に制限する。他にも色々と。
殿下の方針にケチを付けているのがバレれば権力を笠にひどい目に遭わされるだけではなく、機嫌が悪い時に目につけば、理不尽な理由で罰を受ける事もある。
現在学園に通う貴族の子女たちは、圧政と呼ぶにふさわしい状況の中にいる。
「その片棒を担いでいた君がよく言えるなと、今の俺は思っているけど」
「……たしかに私も生徒会に所属し、殿下の側で様々な学園雑務を担いました。そういう意見も、甘んじて受ける所存です」
私は私で、これまでできる限りの事をしていた。
殿下に理不尽な扱いを受けた方々を陰ながらサポートしたり、自分本位な行事案を方向修正したり。
実際に殿下は、その時の気分で口にしている事もある。些細な部分が変わったところで、すべての裏方を私に任せっぱなしだったから、気付かない事も多かった。
しかしそれらは、すべて殿下の目をかいくぐっての事である。つい先程まで、殿下の婚約者であり、生徒会では一応副会長の任に就いていた私は、対外的に殿下に者を申せる立場にありながら、自国への影響を考えて、矢面に立って対抗する事を選択肢から外していた。
当然、《《私が動かなかったせい》》で理不尽を被った生徒は多い。
そもそも、すべてに目が届いたわけでもない。そこを今更言い訳するつもりはない。
「殿下の婚約者という立場から解き放たれたからと今更立ち上がろうというのが、私のエゴである事はもちろん自覚しています。そしてそれは、私の立場、ひいては我が国の立場を守るためのエゴです」
口が裂けても、これまでの贖罪や献身などという綺麗な言葉は使えない。私は、自国のためになら自身をなげうつ事はできても、この国の貴族子女たちのために犠牲にできる自分を持っていない。
でもそれは、彼らを見捨てる事とも、害する事ともイコールになったりはしない。
「私が今見据えている最適解は、我が国の未来のためにこの国に平和であってもらう事です。この国が将来正しい判断ができるような人材を、政治体制を、心の豊かさを、彼らには手に入れていただきたい。そのために、私は動きます」
生徒会業務の大半は、私が担わされていた。
将来この国の上層部を担うべき王妃として、所属していた組織である。しかしそれも、立場がなくなった瞬間に在籍する意味もなくなった。
私はもう、生徒会としても動かない。そうなれば、間違いなく今まで以上に学園内は殿下の圧政に晒されるだろう。
だからこそ、この学園内で生徒会に対応しうる組織を作りたい。
殿下の信奉者と賛同者しかいなかった生徒会のような組織ではなく、きちんとそれぞれが一つの最善を見据えて自治できるような組織を。
しかしそのためには、私だけでは足りない。
「君が動いて本当に変わると思っているのか?」
「えぇもちろん」
本当の事を言うと、100%の自信がある訳ではない。
しかし私はどちらにしても、自国のために最善を尽くす必要性に迫られている。そして動くなら、彼のような人が必要だ。
「貴方に声をかけたのは、貴方が持つ、周りの認知度と人を惹き付けるそのカリスマ性。そして何より、聡明さとその面倒臭がりなところに期待を持っているからです」
「面倒臭がりなところに?」
「えぇ。その性質が故に貴方は、やると決めたなら絶対に手を抜く事はないでしょう。聡明な貴方は手を抜いてあとで問題が起きた時の面倒くささを、十分想像できるでしょうから」
そもそも彼が逃げる事を選んだのは、戦う事自体を面倒に思ったからだろう。ならば一度立ち上がりさえすれば、むしろ面倒臭がりもきっと長所になってくれる。
元々殿下に目を付けられている彼は、一度立ち上がればもう取り返しがつかない。攻撃が最大の防御ではないけれど、最善最短で立ち回る事こそ殿下の付け入る隙を無くす、最もよい方法だ。
「流石の俺も、それなりに愛国心は持っている。他国の君が学園を乗っ取り将来における殿下の影響力を削いでこの国を乗っ取る事は許容できないけど」
「先程も言いましたが、私にその気はありません。が、今言ったところで何の保証もない。でも貴方ならば、常に私の隣にいて、私の行いの正否を判断する事ができるのではないですか?」
「つまり俺に、監視も兼ねて側にいろと?」
その質問には答えない。それでも笑顔で佇めば、それだけで彼には答えになるだろう。
「俺を矢面に立たせればいいんなら、たしかに君は楽できそうだけど」
「いえ、矢面には私が立ちます。もちろん頼りっぱなしにはなりませんし、もし私の全力をもってしても、私が担ぐに足りない人間だと判断した場合は、途中で『やめた』と言ってくださって構いません」
本音を言えば、そんな事をされては困る。しかしついていく価値を感じない相手について行かねばならない事ほど、苦痛を伴うものもない。それは誰でもない私自身が、一番よく知っているつもりだ。
もしこれで断られたら、他の協力者を探す必要が出てくる。
しかし彼以上の最適はいない。そう思ったから今彼にこの話を持ち込んでいるし、彼がダメなら少なくとも最初の施策は私一人でせねばならないと思っているくらいには、他に候補は思いつかない。
だからこうして、バクチもする。参入のハードルを下げ、まずステージに上がってもらう。
強制も脅迫もしない。
彼と私は同級生だ。君主と臣下ではないし、殿下と対立しようというのに権力で相手をねじ伏せて殿下と同じような真似をしたのではまるで意味がない。
だから、釣り餌を垂らしてみる。
「少なくとも私は、何も持っていないのに、すべてを手にしているような気でいるあの『虚像』の鼻を明かして、少なくとも学園内でくらいは権力による嫌がらせをする気力がなくなるくらいには、一度コテンパンにしておくつもりでいるのですが……貴方もご一緒してみませんか?」
自信ありげに、確信ありげに、手を差し出して握手を求める。
この国の王妃になるために、王妃様直々に受けた王妃教育。その片鱗が役に立った瞬間だった。
そう、これまでの日々は、すべてが今日に繋がっている。
すべての経験が身になり得る。あとは使う気があるか否かで、私はもうすべてを使う覚悟を決めている。
私のこの申し出に、彼は幾らか逡巡した。
一体何を考えたのか、私には到底分からない。しかし私には私の思惑があるように、彼も彼なりの計算が合った筈である。
「……まぁとりあえず、君の言う事にも一理あるか」
そう言って、彼は私の手を握る。
「こんな風にエスコート以外で女性の手を握ることがあるとは思いもしなかったけど」
「シェイド様の初めてになれた事、とても光栄に思います」
「とりあえず様子見っていう事で、仮契約で」
「よろしくお願いいたします」
こうして私たちは無事、コテンパン同盟の仮契約を結ぶ事に相成った。