第13話 リリベール・キャスリングの真価と七不思議 ~シェイド視点~
会場内の一角が突然騒がしくなったことで、必然的に俺たちの視線もそちらに向いた。
「ねぇシェイド様、なんか楽しそうだけど、何かやってるの?」
俺の隣を固めていた令嬢にそう問われ、湧き立つ人の輪の中心・キャスリング嬢の手元に目を凝らす。
あったのは、手のひら大のカード。テーブルに幾つか置いてあり、すべてに綺麗な絵が描かれている。
「あぁ、あれはタロットだな」
「タロット?」
「占いの一種だよ。引いたカードからアドバイスを読み取るっていう」
タロットは、この国ではあまり普及していない占い方式だ。
引いたカードに割り当てられた意味合いを読み解き、過去や現在、未来を占う。
占いなのだから、信憑性の保証ができるような代物ではない。しかしこの学園では、七不思議や噂話、願掛けなどが楽しげに囁かれる場所だ。
迷信に一種のロマンを見出す令嬢の数はそれなりに多い。そんな人たちに占いを当てるとは。
……もしかしてこの屋上も、七不思議として囁かれている場所のうちの一つだ。もしかしてこれも狙ったのか?
話をしてみた限り、いつもは立ち入りできない七不思議の舞台に興味を惹かれてきた者も多そうだった。
占ってほしい事の中には、日々の学園生活での悩みに基づくものもあるかもしれない。そこから話を聞き出していけば、自然に日頃の彼らの不便や不服を聞く事ができる。
どこまで計算ずくなのか。もしすべてだというのなら、上手く考えたものである。
リリベール・キャスリングの事を、俺はつい最近まで『殿下の言いなりになっているだけの傀儡姫』だと思っていた。
いや、おそらく実際にそうだったのだろう。
彼女から協力を要請された時、彼女の言い分にはすべて一理あるとは思った。
自身の現状を打破する必要はあると思ったし、彼女と一緒なら最悪殿下からのヘイトは彼女と分散できるだろうとも考えた。
だから手を結ぶことにした一方で「そんな事ができる力は彼女にはきっとないだろう」「彼女の言う事にも一理あるし、興味で首を突っ込んだけど、引き際はきちんと見極めないと」と思っていた。
が、蓋を開ければどうだろう。
彼女が企画したお茶会は大繁盛、あれだけ周りから遠巻きにされていた彼女が今や、楽しげな輪の中心だ。
俺はただ少し手伝っただけ。対等な協力と呼ぶにはあまりに不釣り合いな割合で、彼女の企画力が光っている。
彼女の『周りを巻き込む力』をまざまざと見せつけられているように思えた。
当初掲げていた目標の完成図を見ているような気分だ。キャスリング嬢が優秀である事は、最早疑いようもない。
もしあの時俺が首を縦に振らなくても、きっと彼女は一人でどうにかしただろう。にも拘らず俺に声をかけたのは、それが近道だったからだろう。
彼女は俺の人脈を、実にうまく利用した。
どうせ力を発揮するのなら、自分の長所を伸ばす形で使える場の方が嬉しい。彼女はそれができる人間だ。そのためにはその人間の本質を見極め、上手く動かす必要がある。
世の為政者はきっと皆、そういう能力を持っている。
他国の姫としての教育なのか、それとも彼女本来の力か。どちらにしろ、彼女は上に立つ者の素質を持っている。もし彼女が男に生まれていれば、彼女が動かす小国はきっと栄えたに違いない。
向かいに立っている令嬢に、キャスリング嬢が「この女帝のカードの正位置は、包容力と実りを意味しています。今回に照らし合わせると――」などと話し、周りはふむふむと熱心に聞いている。
「えー、ちょっと面白そうかも、占い。カードの絵も何か綺麗だし、ちょっと見に行ってみようかなー」
すぐ隣から、そんな言葉が呟かれた。
ここに来てから俺の隣をずっと離れなかった令嬢だ。自分で言うのも何だけど、かなり好かれている自信がある。俺の隣を自ら明け渡そうというのは珍しい。
「いいんじゃないか? 行ってこい」
そんな言葉で背中を押せば、彼女はスクッと立ち上がった。
こうしてまた一人、彼女の周りに人が増える。
今まで俺は自分の人気を、時に煩わしく思いながらもうまい事捌いてきた。
人に飢えた事がなかった俺にとって、自分の周りに人が増える事を取り立てて「嬉しい」と思った事はなかったし、正直言って他人にもあまり興味はなかったけど。
話しかけられて嬉しそうなキャスリング嬢をこうして眺めている今は、まぁそれなりに楽しいかもしれない。
彼女の周りが変化していくのを一番近くで見る事ができる協力者という立場が、何だか特等席のように思えてくる。
「……何だアレ」
思わず口をポカンとあけた。
屋上の先に、見えない筈の咲き誇る花園が見える。どこかで見た事のあるようなソレは、しかし少なくともそんなところには無かった筈の景色である。
ふと思い出したのは、学園に噂されている幾つかの不思議のうちの一つだ。
――東の塔の屋上にいるとね、たまに見えない筈のものが見えるんですって。
一体誰が言い始めたかも分からない噂を、これまで信じた事はなかった。精々噂好きの令嬢たちが暇を持て余して作り出した、戯言だろうと思っていた。
しかしいくら目を擦ってみても、花園は消えたりはしない。
俺だけではない。
誰かが「綺麗……」と呟いた。
呆然とした俺の様子に気付いた人たちからどんどんと、まるで波紋のように静かな驚きが広がっていく。
やがてその光景は、忽然と消えた。しかしこの数秒か数分かの時間の事は、お茶会に参加していた全員がしっかりと覚えていた。
俺たちはこの日、この学園の不思議の目撃者となったのだった。