第11話 秘密で自由で賑やかなお茶会
当日は、晴れやかな空だった。
屋上でお茶会をするにはいい日和りだ。少し日差しが強いから、影のある地帯を作った方が令嬢たちには親切かもしれない。
セッティングされたテーブルや休憩用の椅子、まだ布の掛かっているオードブルの皿などを眺めながら、顎に手を当てて思案していると後ろから「キャスリング嬢」と声を掛けられた。
振り返る。するとそこには布の束を担いだシェイド様と、おそらく彼の友人たちがなのだろう。何人かの男子生徒たちの姿が後ろにある。
「日差し除け用の布、一応もらってきてみたけど」
まだ何も言っていないというのに、流石はシェイド様、周りがよく見えている……というか、令嬢への配慮が行き届いている。
頭の端で「伊達にモテている訳ではないという事だろうか」などと思いつつ、私はコクリと頷いた。
「助かります。そちらはシェイド様たちにお任せしても?」
「あぁ、もちろん」
快く受けてくれた彼に笑顔で「ありがとうございます」と答えると、彼の後ろの生徒たちが何故か驚いたような顔をする。
「おい、キャスリング嬢が礼を言ったぞ」
「あのさも感情なんてなさげだった令嬢が、こっちに向かって笑ったぞ」
失礼な……と思ったけれど、実際に私が他の方々と話をするのは、いつだって何かを指示する時だった。
誰かにお礼を言う機会もなければ、そもそも会話をする機会さえ乏しくて、微笑みも、不特定多数に向ける事はあったかもしれないけれど、こうして特定の誰かに向かって返すのは珍しいかもしれない。
何となく遠巻きにされている事は分かっていながら、てっきり殿下のせいだとばかり思っていた自分を反省する。
殿下の事を視野が狭いと思っていたけれど、私自身も忙しさにかまけて視野が狭くなっていたという事なのだろう。
これからは、きちんと自覚していこう。
しかと胸にそう刻みながら、会場の最終チェックを再開した。
◆◆◆
「わっ、すごい」
「屋上なんて初めて足を踏み入れたけど……」
また一組、令嬢たちが連れだって会場を訪れた。
午前授業の日の昼下がり。お茶会の時間になると続々と足を運んでくれる令嬢・子息が現れ始めた。嬉しくも、忙しく彼らに対応をする。
私の役目は、この場の説明係。
オードブル・半立食と、今回はこの国の人たちにとっては変わった形式のパーティーで、物珍しくも戸惑う人が少なくない。そんな方々に挨拶がてら、このパーティーの最初の案内を私がしている。
「こんにちは。ようこそ、屋上のお茶会へ」
手振りで「中にどうぞ」と示せば、恐る恐るといった感じで足を前に進めてくれる。
たしかこの子たちは、子爵家と男爵家の令嬢たち。
ここには上級貴族の子女も既にいる。もしかしたら緊張しているのかもしれない。
できるだけ柔和な笑みを心掛け、彼女たちに今日のパーティーの説明をする。
「今日は半立食パーティーです。そちらからお好きなお菓子や軽食をお取りいただき、お好きなテーブルをお使いください」
「色々なお菓子があるのですね……。あ、すみません、話の腰を折ってしまって」
思わずポロリと出た言葉に、令嬢たちのうちの一人が慌てて両手で口元を抑える。
社交界には、身分の低い者が高い者の話を遮ってはならないというマナーが存在する。本来ならば、今のはあまり良いマナーだとは言えない。
しかし今日は例外だ。
「構いませんよ。今日はそれほど堅苦しい場ではありません。皆様に楽しんで帰っていただくのが、今日の私の第一目標ですから」
そんな私の言葉を聞いて、彼女は安堵の表情を浮かべる。
あぁよかった。どうやら恐縮させずに済んだようだ。
「お菓子ですが、今回は上級貴族の御用達から、現在王都で流行っているお菓子まで、様々なものを取り揃えました。もしかしたら自分は知っているけれど、他の方は初見のお菓子もあるかもしれません。是非とも互いに食べ合いや進め合いをして、色々なお菓子に触れてみてください」
言いながら観察してみたところ、何人かは既に興味津々な目をお菓子に向けている。
彼女たちから新しい体験をしてもらえそうな予感を感じつつ、最後に屋上のフロアを示した。
「立食用のテーブルの他にも、休憩用に机と椅子がある場所や、日差し除けの下にシートを敷いている場所もあります。せっかくのいい天気ですから、ピクニックのように座って過ごしても構いません」
会場には既にそれなりの活気がある。彼女たちの自由度の高い過ごし方を見れば、この言葉が決して上辺だけのものではないという事が分かるだろう。
シェイド様目当てに早々に会場にやってきて彼と共にこの空気感を作ってくれた令嬢や子息には、心の底から感謝したい。
さて、これで最後の説明だ。
これが最も大事であり、本当の事を言えば、これを伝えたいがために、わざわざこうして入り口に立っているまである。
両手を体の前で組み、背筋を伸ばして姿勢を正す。スッと息を吸いハッキリと告げる。
「この場所は、今日一日あの空に昇る太陽以外に覗き見るモノがない場所です。どうぞ安心して存分に、開放的な時間を楽しんで帰ってください」
ここは屋上、他の校舎とも距離が離れていて、話を盗み聞きできる距離にはない。
隠れる場所も存在しないから、この出入り口から殿下やその取り巻きがこの屋上を訪れでもしない限り、ここでの会話が殿下の耳に触れるような事はない。
まぁそもそも伝統と恰好を重んじる殿下がこのような場所で行われている奇抜なお茶会に自ら足を運ぶ事は、何があってもないだろう。取り巻きをコソコソと偵察させる事も、彼は性格上しない。
しかしその事を理解していない者も多い。彼らは日々殿下の陰に怯えて口を噤んでおり、その不安はどこにいても、常に付きまとっている。
だから保証する。
それでももし殿下たちが来たら、私が責任を持って追い返す。そのための算段も立っている。
実際にそのように備えているけれど、口に出してそう言い切った事で、彼女たちは守られている保証を得たと安心する。
幾らか緊張の解けた表情で私に説明のお礼を述べてから早速お菓子の並ぶテーブルへと向かっていく彼女たちを、私は微笑と共に見送る。
おそらくどれを取るか、悩んでいるのだろう。買い物を楽しむかのように、彼女たちは楽しげにお菓子を選び始めた。
その横顔に安堵して、改めて辺りを見回してみる。
そろそろ参加者も落ち着いてきた。説明者としての私の役割もこれで終わりだ。
となれば、次は私自身の目的――情報収集に勤しむべきだろう。
さて、ここからは本番である。
楽しげな彼女たちも、私が話しかければ少なからず緊張するだろう。それでは本心を聞き出す事は少し難しい。
もう一つ、彼女たちとの壁を取り払うには、少しインパクトが足りない。
だから私は用意してきた。
「お楽しみですか? 皆様」
「リリベール様!」
テーブルで楽しく談笑していた一角が、僅かに緊張したのが分かった。
正直に言うと、少し寂しく、同時に申し訳なくもある。しかしそれも少しの間だけだから、と、内心で思いつつ鈍感を取り繕う。
「皆様の楽しみに一つ花を添えたいと思いまして、ちょっとした余興なのですが、お手伝いしてくださいませんか?」
「え、私たちにできる事でしょうか……?」
「えぇもちろん。これにお付き合いいただきたいのです」
言いながら、後ろで静かに控えていた有能なメイドからあるものを受け取った。
茶色のシックなデザインの、手のひらサイズのカード群。
一枚めくると裏側には、フードを目深にかぶり、杖とランタンを手に持った人間が描かれている。
「どなたか、占ってみたい事などはありませんか?」