第10話 頼るのが苦手な私と協力者
お茶会の準備それ自体は、今までやってきたものと変わらない。
これでも未来の王妃候補として様々な事を学んできた。その中には当然『社交場のよい主催の仕方』もあるし、既に私自身そういう知識を元にした主催を既に何度か行ってもいる。
やるべき事は分かっているから、それ程負担に思う事もない。
テーブルや椅子、テーブルクロスに銀食器。紅茶やお菓子、軽食の他に、お茶会の段取りや会場の飾りつけ等のセッティングまで。
お茶会開催の特性上、今回は活発に会話ができる状況を作るのが第一だ。
気品や伝統より、大事にすべきは気軽さと話のネタになるような斬新さ。後者に関しては会場指定の時点で既に用件の半分は満たしていると言っていい。
あとの半分は当日に仕掛けるとして、気軽さを演出するために一つ工夫できそうな事がある。
「半立食パーティー?」
移動教室の途中、会場設営についてシェイド様に情報共有をしたところ、怪訝な顔を向けられてしまった。
「はい。休憩所として座れるエリアを残しつつ、メインエリアにはテーブルだけ用意して、立ったまま飲食していただくパーティー形式です。この国ではまだ採用される事が少ないですが、我が国を含めた国外では、既に一つの社交場の形として存在しています」
簡単に言うと、軽食やお菓子をオードブル制にし、好きなものを好きな時に好きなだけ、自分で選べるようにする。
立食なので、席移動がしやすい。移動する事が多いため、普段あまり交流がない相手とも「少しだけ話してみる」という選択肢が生まれやすい。
美味しかった食事の進めあいなどが話題になる事もあるだろう。それは普段自分が食べないものや飲まないものに、チャレンジしてみるきっかけにもなる。
「でもたしか立食って、夜会で主流の形式だろ? 随分とまた思い切った事をするな」
「ご存じでしたか。しかし活発に会話できる環境は、今回私たちが掲げている『何も言ってはいけない雰囲気を払しょくする事』という目標を達成するための最重要課題です」
それがすなわち、学園での日々の暮らしについて広く深く話を聞く事ができる環境を作る事にもなる。
自らの傲慢で生徒たちへの引き締めが過ぎている殿下に対抗する私たちを、快く受け入れてもらう足掛かりになる。
彼らが今望んでいる事、私たちの今後の行動指針を明らかにするためには、有用な取り組みだと思っている。
「たしかに通常の形式からは外れますが、だからこそ形式ばらないお茶会は、日々学園内で殿下の目を気にして縮こまっている方々の憩いの場・息抜きの場になると思います。お茶会を『女の出る場だ』と犬猿しがちな男子生徒たちにとっても、その方が参加しやすいでしょう」
そう告げると、彼は「たしかに」と共感を示す。
「シェイド様には当日、私と手分けして会場内を巡回し、ゲストをもてなし皆さんから話を聞き出していただく事になると思います。おそらくシェイド様の所には人が殺到すると思いますから、忙しくさせてしまうとは思うのですが……」
彼の人気は凄まじい。それはこのが広がった異常な速度からして、明らかだ。
実際に「彼がいるから」という理由で今回のお茶会に参加することを決めた人も多くいるだろう。当日は間違いなく囲まれる。
彼の負担は大きいだろう。私ももちろん主催者として頑張るつもりではいるけれど、情報収集に関しても、結果的に彼に頼る形になってしまう可能性がある。
不平等な彼への負担に、私は眉尻を下げる。
一緒にやっていくのだから、負担の偏りは可能な限りなくしたいとは思っているのだが、その場を楽しんでもらう以上に私と他の生徒たちとの間の壁を一回のお茶会で崩せる確信は、残念ながら持つ事ができない。
そんな気持ちを隠さず告げると、彼は何故かフッと笑みを浮かべた。
「問題ない。そもそも策を練ったのも、会場を抑えるための交渉をしたのも、お茶会の采配をしたのも、全部キャスリング嬢だろ? むしろ広告塔くらいじゃ、つり合いが取れないと思っていた所だ」
驚いた。
何事においても殿下に楽に勝てる能力を持ちながら、相手にするのが面倒くさくて自らの爪を隠す事を選んでいた彼だ。彼を仲間に引き込むためには、なるべく彼に労力がかからない作業を割り振り、必要なシーンで最大効果を発揮できるよう采配するのがベストだと思っていた。
まさか作業を任せる事で、彼のやる気を引き出す事ができるなんて、思っても見ない事だった。
もしかしたら、そんな私の内心が表情に出ていたのかもしれない。
「俺と君は対等な協力関係なんだろ? そうである以上俺だって、ズルみたいな真似はしたくない」
ニヤリと笑った彼には、茶目っ気が垣間見えている。
一瞬キョトンとした私は、すぐに思わず苦笑する。
もしかしたら彼は今、暗に「もっと頼っていいんだぞ」と言ってくれているのかもしれない。
思えは私は今までずっと、殿下のフォローをほぼ一人でやってきた。
他に分担できるような人間は周りに一人もおらず、それが当たり前であり、一番の近道だと思ってきた。
誰かに頼る生き方をしてこなかった。だからなのか、私はどう人に頼ったらいいのか、いまいちよく分かっていない。
協力者が彼でよかった。
当日が、少し楽しみだ。
自分が催すものに対してそんな風に思えたのは、もしかしたらこれが初めてかもしれない。
そんな自分をほんの少し、私は嬉しく思ったのだった。