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第1話 『好いた相手に想いを告げれば成就する』という木の下で



 ティーガー王国の国立学園には、様々な噂のスポットがある。


 幽霊が出る噂がある部屋。

 宝が眠っているらしい丘。

 幻が見えるという屋上。

 そして、好いた相手に想いを告げれば成就するという木。

 

 この学園が建造される以前から存在し続けている白いハナミズキが、今頭上で満開の花を携えて、優しげにサワサワと揺れている。



 背中越しには、人の気配。風に遊ぶ亜麻色の髪を耳に掛けながら振り返れば、深緑を基調にした貴族服を絶妙に着崩した、右目の下の泣きボクロが印象的な黒髪の男性が立っていた。


「まさか、キャスリング嬢からこんな所に呼び出される日が来るなんて。君は殿下の婚約者、俺は殿下のライバル役。殿下の優秀さを翳らせる存在である俺は、君にとっても敵なんだろうと思っていたんだけど?」


 言葉とは裏腹に突然のお願いだったにも拘わらず緊張感の欠片さえ見せずに微笑む彼は、自身の内心を隠すのが上手いというよりは、女性に呼び出され慣れているという印象を受ける。


 ともすれば、相手に軽薄さを感じさせる。それでも実際にそんな印象を受けなかったのは、洗練された上級貴族の立ち居振る舞いがあればこそだろう。

 この両者のギャップを見事に魅力に変えている彼の綺麗な顔に、私もニコリと笑みを返す。


「立場上殿下に配慮せざるを得なかったというだけで、少なくとも私はこれまで一度も貴方に悪感情を抱いた事はありませんでした。それに、先程貴方も見ていたでしょう? 私は既に実質的には、殿下の婚約者から外された身です」


 これまで私は嘘をついて、我慢をして、自分を押し殺して生きてきた。それは立場上、仕方がない事だと半ば諦め気味だった。

 しかしそれも今日でおしまいだ。


 私を取り巻く環境はつい先程、実に劇的な変化を遂げた。これまでの自分の存在意義や価値観や諦めを、すべて反転させてしまうだけの力を秘めていた。


 傍から見れば、私の今の境遇は同情的に見られるものであるのだろう。私自身、自らの立場が危うい事など重々承知の上だ。

 しかし今、どうしようもなくワクワクしている自分もいる。しがらみから解き放たれた私は、最早抑圧の下には存在しない。


「シェイド・ローレンツ公爵子息、私の仲間になってください。そして一緒にこの学園を乗っ取りましょう」


 彼の能力は本物だ。ずっと、何故殿下はそれを利用せず遠ざける愚考を犯すのだろうと思っていたくらいには、私は彼を買っている。



 私が彼に手を差し出せば、まるで呼応するかのように一際強く風が吹いた。頭の上でハナミズキの木がさわさわと音を立て、辺りに花びらが舞い踊る。

 それでも彼から目を逸らさない。一世一代の私のしたたかさと大胆さは、この程度の事では揺らぐはずもない。



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