第3話 怪物・オージョッサマ登場!
「きゃああああああああああああああああああ!助けてええええええええええっっ!!!」
「おい!プリティローズ!!倒れてないでなんとかしろよ!!!」
「そうだ!お前に賭けてんだよこっちはぁ!!!」
ロロピと談笑しながら目的地に着くと、昼間見た光景よりも悲惨なものが飛び込んできた。まず、魔法少女であるプリティローズが戦闘不能になっているのである。うつぶせになり、ぐったりと四肢を伸ばしている。辺りには魔法少女が誰もいない。と言う事はまた一人で怪物を倒しに来たのだろう。結太郎は心の中で労いの言葉をかけた。
次に、昼間よりも増えているオーディエンスだ。仕事を終えたサラリーマンやら授業終わりの学生やらがわらわらと群がっている。逃げる人間がいるのはまあ許せるのだが、頑張ったプリティローズに暴言を吐いている男女はいただけない。人の心とかないのだろうか。ないのだろうな。
「ピ、あれを退治すればいいの?」
「何でそこだけしか言わないんだ。あとあれは人間だから退治したらダメだ」
「・・・でも、」
可哀そうじゃん。
結太郎の言いたい事を理解したロロピは難しそうな顔をした。ロロピとて、結太郎と同じようにプリティローズへ哀憐の情を抱いている。しかし、一人だけならいざしらずプリティローズへ罵声を浴びせているのは複数人いるのだ。これを一つ一つ対処してい行くのは骨が折れる。故に、この場での最善な行動は「見なかった事にする」なのだ。
しかし、それを言ってわかってくれるだろうかとロロピは思う。ぼんやりとした印象の彼とここに来る途中話をしていたが、言葉の端々からなかなかに芯のある真面目な子供であると感じ取れた。だから、最善の行動をこの子供へ説いたとしてもきっと反対されるだろう。ロロピとて本当ならば大人しく自分の事にだけ専念しろと言いたいのだが、だまし討ちのような事をしてしまった罪悪感が拭いきれない。どうにかして一つくらいは無茶なお願いでも聞いてあげようと思っているのだが。
「あーーーーーーーーっはっはっは!!おーーーーーーーーーーほっほっほっほ!!!!うーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっふっふっふっふ!!!」
独特の笑い声にその場に集まっていた全員が顔を上げる。見ると、薄暗く曇った空に薔薇を散りばめたドレスに身を纏った怪物が浮いていた。カールした金髪を腰まで垂らした怪物の白目は黒く染まっている。
「残念でしたわねぇ!ざ・ん・ね・んでしたわーーーーーーーーーーーーーっはっはっは!!!!」
「何アイツうっせ」
「わかる。あれは怪人惑星2番隊隊長のオージョッサマだ。相手の認識を操作する能力を持つ!気をつけろよ!」
「名前だっさ」
結太郎はあまりのネーミングセンスの無さに身震いをした。小学生男児の考えた最強のボスキャラと同じくらいダサいネーミングである。結太郎は日本に生まれてよかったと初めて思った。
「ん?・・・貴方のお隣にいらっしゃるのは生命体惑星の方ではなくって?」
真っ赤な扇子を口元に当てたオージョッサマの言葉に、観衆は次々に結太郎へ視線を向ける。そして口々に新しい魔法少女が来たぞ、と騒ぎ始める。しかし、当の本人は全く分からずロロピへ解説を求めた。
「hey,Moti?あの怪物が言っている意味教えて」
「私達生命体惑星の生き物は、見込んだ魔法少女の隣に常にいるのだよ。なので、私達がいるイコールその隣にいる女性は魔法少女というアンサーが導き出されるわけだ。つまりは、君はオージョッサマに敵としてばっちり認識されたわけだな」
「てめぇ戦犯じゃねぇか!!!!!!!!」
わははと笑うロロピを掴み、遠くの建物へ投球する。どうかこのまま二度と姿を見せませんようにと願うも虚しく、結太郎の隣に星を散らしてロロピが現れる。
「まあそう言うな。自分が魔法少女だ~、貴様が魔法少女だ?笑わせるな!の下りが省けてよかったとポジティブに考えたまえよ」
「それお前が言っていいセリフじゃねぇから、・・・!」
ロロピの目の部分を突き刺していると、結太郎へ向かって火の玉が炸裂した。黒い煙に驚いた観客達は我先にと逃げ出す。
————それまで自分達を守ろうとしてくれたプリティローズを置いて。
煙草の煙を払うように手を回す結太郎は、プリティローズをちらりと見るとロロピに指示を飛ばした。
「戦犯。プリティローズの事避難させてやってくれ」
「・・・はぁ、そういうと思った。そら、これをやる」
ため息を吐いたロロピが細い腕で円形の物体を投げつける。オージョッサマの火の玉をはじき返しつつ、空いている手で受け取る。手の中のものを見ると、ファンデーションケースと似た大きさをした黒色が。意味が分からずロロピを見るが、既に姿は無かった。イラっとしかけたが、言いつけ通りプリティローズを避難させてくれていたので不満を飲み込んだ。
「(・・・これって多分、変身するやつだよな・・・?)」
某女児向けアニメでも、元の姿から変身する際に似たようなものを使っていた記憶がある。ファンデーションケースと同じ要領で蓋を開けてみると、中には黒電話のダイアルに酷似した円盤が取り付けられていた。1から0まで数字の書かれたダイアルを見た事はあれど触った事のない結太郎は当然焦った。ケースの下を見ても、振っても説明書は出てこない。結太郎はゲームをする時は必ず説明書も見るタイプなので、ユーザーの事を何一つとして考えていないと非常に腹が立った。仕方なく自分の誕生日を入れてみるも、正解ではなかったようでばごんっ!!と勢いよく蓋がしまった。危うく指先を挟めそうになった結太郎は、思い切り舌打ちをかます。オージョッサマの攻撃を流しながら、思いつく番号を回していると最後の1つでようやく番号が一致した。
「てめぇクソ雑魚ゴミ風船!!誕生月の最初に0付けるタイプにするんじゃねぇ!!!!」
眩い光に包まれた結太郎が、この場にはいないロロピへ吠える。結太郎は初めに自らの誕生日である『214』と打ち込んだ。しかし、正解は『0214』だったのである。
「つーかこの光何!?ちょっとそこの怪物!!この光何なのか教えてくんない!?」
「え、なんなのって言われましても変身する時のカモフラージュではなくって・・・?」
まさか問いかけられるとは思わなかったオージョッサマが困惑した声をあげる。思った通りの返答が返って来た事に再び舌打ちを零す。光に群がる虫を払うように光の粒子を退かした結太郎は、己の姿を見て瞠目した。
下着が見えてしまいそうなほどに短いフリルたっぷりのスカートに、セーラーカラーにこれまたたっぷりのフリル。袖口にも飽きるほどフリルが纏わりついている。結太郎は真っ赤になってスカートを力の限り伸ばした。
「ひえ、ええぇぇ!?ちょっ、なにこれ!?」
慌てる結太郎はオージョッサマが立つ空中に勢いをつけて飛ぶと、オージョッサマの胸倉を掴んで大きく揺らす。今まで野蛮な行為をされたことが無いオージョッサマは混乱を極めたが、結太郎は露知らず。答えを提示してくれるまで離さないという表情にオージョッサマは、あくまで推測だがと前置きをした。
「あ、貴方専用の服装なのではないかしら・・・?」
「俺専用!?!?短いけど!?!?」
「女子ならばそんなものでは?」
オージョッサマは事情が知らないため小首を傾げるが、男性である結太郎は今まで履いた事のない短さにパニックになる。オージョッサマの胸倉を掴んでいた手を離し、地面に降りた結太郎は頭を抱える。
「(やばいやばいやばい!こんなん母さんと姉ちゃんに見られたらまずい!!)」
頭を抱える結太郎に頭からはてなマークが離れないオージョッサマだったが、敵の無防備な姿に今がチャンスと攻撃を仕掛ける。
オージョッサマはロロピが言ったように、認識を歪めるの能力を保持している。より詳しく言えば、相手が惚れている人物とオージョッサマを同一人物だと認識させるという物だ。プリティローズは結太郎と違いきちんとした女性なので、好きな人物とオージョッサマが同一人物であると勘違いしてしまい結局攻撃する事が出来なかったのである。
オージョッサマは口元を歪め、結太郎へ術をかける。赤色のビームが結太郎へ射出される。頭を抱えていた結太郎は反応が一歩遅れ、オージョッサマのビームを喰らってしまう。
「ふふ、あーーーーーーーーっはっはっはっは!!!!敵に背中を向けるのが悪くってよ!!さあ、私へ攻撃」
できるかしら?という言葉は最後まで紡がれなかった。なぜなら、結太郎が虚無に似た表情でオージョッサマを殴りつけ遠くへ飛ばしたからだ。4m先まで吹き飛ばされたオージョッサマは、瞬きをして現状を把握する。が、空気がぶれると同時に結太郎が現れ悲鳴をあげた。
「ひ、あ、貴方、どうして私を攻撃できるの!?」
「ん、なに、どういう事・・・。恥ずかしいから早めに解説よろ」
未だ顔を真っ赤にした結太郎がオージョッサマを睨みつける。オージョッサマはこくこくと頷くと、自らの能力の解説を手短に済ませた。それをふんふんと首を縦に振りながら聞いた結太郎が、一呼吸の後口を開いた。
「あぁ、うん。俺好きな人いないから聞かねえわそれ」
オージョッサマは雷に打たれたように衝撃が走った。なぜなら、魔法少女は好きな人への気持ちもパワーになると聞いていたからである。だからその心を利用できるオージョッサマは厄介だと言われていたのだが。
「つかこれやっぱ無理恥ずいし寒いし」
ケースを開いて、再度自らの誕生日を入力すると結太郎の姿が元に戻る。ダメもとで誕生日を入れてみたがどうやら当たっていた事に結太郎は安堵し、床に転がるオージョッサマを見下ろす。オージョッサマは後ずさりをするが、背中にはすぐに固いものがくっついた。
「あ、や、ま————」
「だめ」
ゴッガンッッッ!!!!!!と轟音を響き渡らせ、結太郎はオージョッサマへ拳を叩き込んだ。もろに食らったオージョッサマは、九の字に折れ曲がり床に崩れ落ちた。その後すぐに、さらさらと塵になって身体が消えていった。
ふっ、拳に付いた塵を吹き、結太郎は半壊したビルから飛び降りた。見事に着地した結太郎は、随分離れてしまったと頭を掻いた。
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「雑魚戦犯クソゴミ風船。終わったよ」
「悪口の引き出しが多すぎるだろう」
オージョッサマが消えた場所から空を蹴って戻った結太郎は、ロロピの姿を見つけると結果を報告する。じとりと目を細めたロロピに不細工だなと思いながら、結太郎が視線を巡らせるとプリティローズが座り込んでいた。結太郎はプリティローズの前へ片膝を着くと、彼女の容態を確認するために目線を合わせた。そこで初めて結太郎に気付いたプリティローズは、慌てて顔を上げる。ぶつかりそうになった瞬間にさっと避けた結太郎は、プリティローズに身体の調子を尋ねた。
「大丈夫?身体、どっか痛いとかは」
「ふぇ、あ、いいえ!ロロピちゃんが治してくれたから・・・」
気づけば隣に浮いていたロロピがえっへんと胸を張る。よくやったとロロピの頭をひと撫ですると、プリティローズがもじもじとしているのが目に映った。何か聞きたい事でもあるのかと先を促すと、プリティローズは遠慮がちに声を出した。
「あの、貴方のお名前、よろしければ教えて頂けたりしませんか・・・?」
「あぁ、いいよ。俺は————」
そこまで言って、結太郎は口を閉じた。というのも、このまま本名を名乗ってしまって良いのかと迷ったからだった。彼は今、一度解いた魔法少女の格好をしている。
何故再度フリルまみれの服に身を包んだのかと言うと、ロロピに文句を言われる事が面倒くさいと思ったからだ。結太郎は怒られたり小言を言われる事が嫌いなのだ。なので、先を読んで魔法少女の格好に戻したのである。
そうした一連の経緯から、結太郎はプリティローズへ何と答えるべきか悩んでしまった。黙ってしまった結太郎へ、プリティローズはあわあわと両手を振る。
「ご、ごめんなさい!まずは私から自己紹介しないとですよね!?気が付かなくて愚鈍で愚かですみません・・・!!」
「言ってねぇから!落ち着け!つーか知ってるよプリティローズだろ!!」
「はっ・・・!私なんかの名前知ってくれていたんですか!?あ、ありがとうございます!」
結太郎の手を掴み上下にぶんぶんと振る。ぐわんぐわんと揺らされながら、結太郎はプリティローズのネガティブな口癖に違和感を覚えた。
「(誰だっけ・・・えーっと・・・)」
じっと見つめる結太郎に、プリティローズは恥ずかしそうに視線を逸らした。やや下を向いて目をきょどきょどとさせる仕草に、記憶の海から目当ての物を探り当てた結太郎は目を見開いた。
「(もしかしてこの子同じクラスの如月奈々子か!?)」
現在結太郎が通う大学の同じクラスに、彼女と同じような挙動をする女子がいる。それが如月奈々子だ。青色の長髪に、目を大きく隠す眼鏡が特徴的な大人しい子であると記憶していたが。
「(魔法少女になったら髪の色変わるってなんだよ。リトマス紙かよ)」
失礼な事を考えながら、結太郎はプリティローズもとい奈々子の手を優しく解いた。しかし、現状は変わるわけではない。プリティローズのように可愛さあふれる名前などボキャブラリーが乏しい結太郎には作れない。特に即興となるとことさら。こんな事ならばロロピと談笑している時に考えていおけばよかった。というより、ロロピも気づいてくれればいいのではないのか、と結太郎はロロピへ責任転嫁した。結太郎は恨めし気にロロピを睨むが、自分は悪くないとぷいと顔ごと逸らされてしまった。
「あの・・・?」
うんうんと悩んでいると、奈々子が心配そうに顔を覗き込んでくる。結太郎は腹を決めて口を開いた。結局語彙力も何もない自分があれこれ考えても、センスのない名前になるのは目に見えている。ならばもう今思いついたものを言ってしまっても良いだろう。
「ああ、ごめん。俺の名前は」
「————魔法青年♂俺です」