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魔法青年♂俺  作者: らな
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第1話 怪物・アオッキー登場!

 春和景明、春風駘蕩、春日遅々。

 春の空気とやわらかな日差しが心地よい眠気を誘う。すれ違うサラリーマンも大きなあくびをしていた。男性を通り越した泉妻結(いずのめゆう)太郎(たろう)も授業での眠気が一気にぶり返し、大口であくびをした。

「でっかいあくび。寝なかったの?さっきの授業」

 隣を歩いている気怠そうな雰囲気の金髪の男、()()(たつ)()はスマートフォンを弄りながら問いかける。結太郎は竜輝の問いにこくんと頷いた。結太郎の首肯に、竜輝はふーんと無関心な相槌を打つ。

「聞いといて興味なさそうな声出すなよ」

「や。だって(ゆう)が会話広げてくんないから」

「何で俺が。竜輝がやれよ」

 異を唱える竜輝の腕を小突く。いたぁい、と竜輝が全くもって痛みを感じていなさそうな声をあげる。小突かれていない方の腕も手で擦る竜輝に相手にする気も失せた結太郎は、ポケットから出したスマートフォンに目を向ける。ロック画面を解除してネットアプリを開いたところで、視線を外されている事に気付いた竜輝が結太郎の臀部を蹴り上げた。本気の威力で放たれた打撃に思わず大きな声を出してしまい、通行人から白い目を向けられる。地面に手を付いて痛む部分へ手をあてる結太郎を、竜輝はにやにやと見下ろしていた。

「てめぇ・・・!」

「ノリ悪いやつが悪い」

 ぶつぶつと文句を零す結太郎は、差し伸べられた竜輝の手を借りて起き上がる。膝に付いた砂を払い、正面へ顔を向けた時。

「————あ」

 竜輝が広がる光景に声を漏らした。そんな竜輝とは対照的に、結太郎は深いため息を吐いた。


 結太郎らの目の前では、花紺青色の体躯をした怪物が暴れ回っていた。木や標識を軽々と薙ぎ倒し、地面を踏みつけてアスファルトをめちゃくちゃにする。怪物から距離を取ろうと、人々は我先にと安全な場所へ逃げ走る。何度か肩に人がぶつかったが、日常茶飯事なので最早反応するのも面倒くさい。結太郎はやや首を上にあげ、ぼーっと怪物を眺めていた。




50年前。突如として世界各所に怪物なるものが現れた。彼らは人間を喰らい、傷つけ、平穏を脅かした。世界中で被害が拡大し、怪物という未知の存在は瞬く間に人々に広まっていった。そして、その怪物が出るのは結太郎の住む鳳ヶ(おおとりがみや)も例外ではなく。毎日必ずと言って良いほど怪物が現れては、避難勧告がされるという状況である。生まれてこのかた20年、毎日欠かさずに出現する怪物に結太郎は反応する気も失せている。霊感のある人が「あーあれ幽霊だわはいはい無視無視」としている感覚と一緒だろう。しかし、見飽きた怪物に冷めた反応をする結太郎とは異なり、鳳ヶ宮の住人達は毎度律義に悲鳴をあげて逃げ回っている。何故慣れないのだろうと思う結太郎がおかしいのか、はたまた住民達がおかしいのか。

さて、そんな怪物達が地球へ攻めてきた理由というものがあるらしい。それは、「地球を我らの手中に収めるため」だそうだ。

はっきり言ってばかばかしいと思う。要は「地球が欲しいなぁ、よし人間退かすか!」と言っているもの。山登り感覚で滅ぼしに来ないで欲しい。ちなみに、ニュース番組のコメンテーターは「地球の環境が、彼らにとっては喉から手が出る程欲するものなのでは」と阿保かと言いたくなるくらいのコメントを残していた。そんな事理由を聞けば想像できる事だろうに、MCやアナウンサーは勉強になったという表情をしていた。結太郎はその時、この国の終わりは近いんじゃないかと思った。




「あっ!魔法少女が来たぞ!」

「行け―!やっつけろ!!」

 高低様々な野次に思考の海に沈んでいた意識が浮上する。見れば、艶のある苺色の長髪を風で散らばせて戦う少女の姿が。真っ白なバッスルスカートを靡かせ、臆することなく怪物へ立ち向かう。魔法少女と呼ばれた少女は、怪物が反応する前に拳を叩き込みコンクリートへ巨体を沈めた。観客からは歓声が上がった。

「バカらしいね」

 竜輝の声に、結太郎は首を縦に振った。


 怪物がいればもちろん駆除する相手もいる。それが、観衆が応援している魔法少女だ。魔法少女といえば、可愛らしい女の子たちがこれまた可愛らしい服で勇ましく戦う某アニメが思い浮かぶだろう。この世界の魔法少女もおおむね似たようなものである。ただ唯一違う所は、魔法少女で賭けをする事だろう。

 賭けといえば2つの意味がある。1つは金品を賭けて争う事、もうひとつは思い切った決断をする事。彼らがしている賭けとは前者の事である。つまり、少女達が怪物を倒せるかどうかでギャンブルをしているのである。政府も絡んでいるこのギャンブルは、勝てば彼女達に賭けていた者達は金品がたんまりと貰える。反対に、負ければ賭けていた人間の軍資金の5割を上乗せした金額が奪われる。だがこのシステムには一部理解できないものがある。

それは、魔法少女にもペナルティが課せられる事だ。彼女たちが負ければスポンサー剥奪・給料減少・固有能力の出力低下と様々な罰則が課せられる。特に固有能力の低下は魔法少女にとって絶対に回避しなければいけないのだ。なぜなら、固有能力の無い魔法少女はただの人間と同じ力しか持たないからだ。魔法少女は怪物と戦う事が出来るように身体能力を向上されているらしい。だから怪物を倒す事が出来るのだ。

怪物と戦うためだけに身体能力を高められ、固有の力を与えられた少女が桃色の矢を大量に出現させた。少女が手を振り下ろすと、弓達は怪物へ射出される。ドドドドド!!と降り注ぐ弓をバックに、少女は地面へ舞い降りる。

「すげーぞ!プリティローズ!!」

「流石だプリティローズ!俺達の魔法少女!!」

「てめーのじゃねぇよ!!」

 プリティローズと呼ばれた魔法少女が観衆へ手を振る。さらに上がる歓声が煩わしく、結太郎は踵を返して歩き出す。プリティローズの写真を撮ろうとする人々に流されかけていた竜輝が、すみませんと謝りながら醜い波を搔き分ける。

「結、置いて行かないでよ」

「ごめん、あの場所にいたくなくて」

「いいよ。わかってる、うるさいの嫌いだもんね。

・・・でもさ、いいの?目的の文房具屋行かなくて」

「あー・・・」

 竜輝の心配する声に結太郎は考え込む。というのも、本来結太郎は授業中に切れてしまったボールペンのインクを買いに行くつもりだったのだ。しかも、結太郎のお気に入りのボールペンを取り扱っているのは目的地の文房具屋しかない。だから竜輝は結太郎へ確認を取ったのだった。

「うーん、いいや。違うの買う」

 結局、インクを諦める事と囂囂たる場所へ戻る事を天秤にかけ、諦める事を選んだ結太郎に竜輝は承諾した。2人揃って駅の方角へ歩き出した。その時。


彼らの真横を、赤と白を混ぜた物体が吹き飛んでいった。


ゴガシャンッ!!!!という轟音とばらばらに崩れる建物。吹き荒れる砂塵へ噎せる竜輝を自らの後ろへ隠し、結太郎は後方へ目を向ける。口元を引き攣らせたオーディエンス、消えたプリティローズ、そして。

「だーーーーーーっはっはっはっ!!!俺様の死んだふりにまんまと引っかかりやがってこの雑魚が!!!」

 プリティローズに倒されたはずの花紺青色の怪物が視界に収められた。

 なるほど、プリティローズは油断したところを怪物に攻撃されぶっ飛んでいったのだろう。消えかけの砂埃を適当に払い、結太郎は現状を簡易的に把握する。にたにたと笑う怪物は顎を擦りながら重音を響かせ歩を進める。怪物が動き出した途端緊張が解けたのか、やじ馬達は腰を抜かして無様に逃げ出す。たった数分の間で醜態を晒しまくる人々へ呆れていると、結太郎は何かに気付いたように目を見開いた。

「あ?何だお前。俺様が怖くねぇのか?それとも、怖すぎて動けねぇのか?ん?」

 下卑た笑い声をあげる怪物に結太郎は微動だにしない。愉快だと高笑いをしていた怪物は結太郎が己を恐れていない事に腹が立ち、眉間の皺を増やした。

「お前、俺様が誰かわかってねぇのか?怪人惑星一番隊副隊長のアオッキー様だぞ」

 花紺青色の怪物、アオッキーは巨体を屈め結太郎の顔の近くに自らの顔を近づける。だが、結太郎の双眸はアオッキーを映しておらず、どこか遠くを見つめている。エベレストよりも高い自尊心を傷つけられたアオッキーは上半身を起こすと、結太郎の頭を鷲掴みにした。掴む指先に徐々に徐々に力を込めていく。

「このクソガキが!!俺様を舐めてっとどうなるか知りてぇみたいだな!!!!」

 アオッキーが力を込める度に結太郎の足が地面から離れていく。軋む音を立てる結太郎の顔はアオッキー自らの手で確認できないが、ここまでして焦らない人間はいないだろう。実際、彼が今まで殺して来た人間達も自慢の握力で握り潰そうとすれば命乞いをしてきた。だから、この少年も醜く命乞いでもしてくると思ったのだが。アオッキーはそこまで考えて、おかしな点がある事へ思考を転換した。

「(なんであのガキ、ダチがこんな目に遭ってんのに焦ってないんだ?)」

 アオッキーの視線の先、金髪の少年が顔の付近の煙を手で払いながらスマートフォンに視線を向けていた。友人を心配するでもなく、だ。一瞬彼と手の中の子供は友人関係ではないのではないかと思ったが、知らぬ人間を普通は自らの後ろへ隠さないだろうし、何より初めて会った人間と気の置けないといった雰囲気で話したりしないだろう。

「(・・・まあいい。それだけの仲だったって事だろ。いやでも普通自分に矛先向いたら嫌だからどっかに逃げねぇか?あれ、俺様もしかしておかしい?人間だとこういうのよくあるのか?)」

 あるわけない。一部の人間はあるかもしれないが一般的な人間はアオッキーの思うようにどこかへ逃げる。アオッキーが10:0で勝ちである。おめでとう。

 アオッキーがやや困惑しながらも、最後の仕上げとばかりに最大級の力を片手に込める。彼がここまで力を込めてしまえば、人間の頭蓋は砕け散り脳みそは原型を無くす。後に残るは割られたザクロのような頭部とそれに無意味にくっつく胴体である。口元を歪ませたアオッキーが、魔法少女をどう調理しようかと考えていると。


 ガッ!!!と、それまで動きもしなかった結太郎がアオッキーの腕を掴み。そして、

「うおっっっっっ!?!?!?!?!?!」

掴んだ手を思いっきり上へ捻り上げた。捻じられたアオッキーの片手はぶちりと糸のように切れ、雑にコンクリートへ放り投げられた。片手に気を取られていたアオッキーは、結太郎の容赦ない蹴りに真横へぶっ飛ばされた。目を白黒させるアオッキーへ、結太郎は近くにあったコンクリートブロックを投げ飛ばす。おおよそ細身の青年が持てる重さではないそれを、軽々と何個も持ち上げ打ち込んでくる結太郎へアオッキーはされるがままである。逃げても的確に急所へ当たる四角い凶器に追いやられ、アオッキーは壁へ激突した。

「あ、結。30分歩いたところに同じ文房具屋あるよ。行く?」

「いやいいよ。うるさいのいなくなったしあそこの文房具屋行く」

「この騒ぎでやってるわけないじゃない。いいからそれ早く片して行くよ」

 のんびりと交わされる会話に、床に転がったアオッキーは青筋を立てる。馬鹿にされている。彼はそう思った。ぐしゃりと顔を歪めると、アオッキーは雄たけびを上げて結太郎へ突っ込んでいく。狙うは頭。確実に殺す。アオッキーは腕を大きく振り上げた。


「ちょ、邪魔」


 スマートフォンに目を落としていた結太郎が、顔も挙げず拳を突き出す。それはアオッキーの心臓部を正確に当て、空洞を作っていた。振り上げた腕を下ろし、自らの胴体を確認しようとしたアオッキーの瞳は下部を見る前にぐるりと上を向いてしまった。既にルート検索に夢中になっている2人は、力なく倒れた怪物には目もくれず仲良く駅の方向へ歩いて行った。




————それを見ている者がいるとは知らず。

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