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064 気に入らない

 執務室にて、レインと水の竜は向かい合って座っていた。水の竜は、物珍しそうに執務室内を観察している。レインはというと、そんな水の竜を無表情のままじっと見つめている。


 表情には全く現れていないが、レインは水の竜のことを、完全に敵として見ている。急に現れて勝負を仕掛けられたら、誰だって「何こいつ」と思うだろう。


「改めまして、ぼくは魔王軍四天王のレインです。あなたに尋ねたいことはたくさんありますが、まず、あなたのお名前は?」


 レインは何かのスイッチが入ったのか、人見知りをしていなかった。何がきっかけだったのだろう。五年間も一緒にいるが、まだ彼のことはわからないことも多い。


 レインにはアイスコーヒーを、水の竜にはリンゴジュースを、テーブルの上に置いた私は、レインに促されて彼の隣に座る。私に向かってニコニコと笑いかける水の竜を、レインは怖いほどにじっと見つめている。


「我が名はスイゲン。モストロ海に住まう水の竜だ」


 水の竜スイゲンは、私から視線を逸らすことなく名乗った。


「では、スイゲンさん。竜封じの結界師が魔王軍関係者だと、どこでお知りになったのですか?」


 そういえばそうだ。


 竜封じの結界師が私だと知っているのは、魔王軍の一員であるマリーナ、四天王アイレの補佐役ティフォーネ、あとは魔王軍幹部ぐらいだ。


 船が沈むのを勇者と共に阻止した結界師の正体は知られないほうがいい。魔族に知れ渡ってしまえば、「人質を人間界へ行かせるなんてどうかしている」と魔王軍の信用は地に落ちる。


 でも、隠し通そうとしても、魔王コスモはすぐ口を滑らせそうだし、アイレなんか大っぴらに言ってしまいそうだ。そう考えると、どこから情報が漏れてもおかしくない。


「知り合いに聞いた」


「それはどなたが?」


「……安心したまえ、変なところからではない。貴様らもよく知る人物であろう」


 水の竜は知り合いの名前を言いたくないのか、露骨に視線を逸らした。


 レインと私は、たぶん魔王軍幹部だよね、と顔を見合わせる。あのお気楽集団は、レインとカオス以外、信用できない。


「シエルさんのことについてはどのくらいご存じで?」


「シエル……? ああ、竜封じの結界師の名か。とても良い響きだ」


 そういえば私は名乗ってなかった。


 私の名前を聞いて、スイゲンは頬を赤くした。彼は私に恋心を抱いていると言っていたが、ここまで体現されると、私はどう接していいのかわからない。


「シエルさんのことについてはどのくらいご存じで?」


 レインはもう一度、今度は声を少しだけ大きくして言った。今日のレインは少しトゲトゲしている。


「何も。白い奴にここへ案内されただけだ」


 白い奴……アイレのことだろう。竜封じの結界師を訪ねてくるお客さんなんて、「怪しい」の一言に尽きる。そもそも正体を知っているのは魔王軍幹部ぐらいなのだから、疑わないとだめだし、案内するべきではないと思う。魔王軍四天王が警戒心の欠片も無いなんて、本当に大丈夫だろうか。


「レインは人間だと聞いたが、シエルもか?」


 スイゲンは私の姿をじろじろと観察した。魔王城に人間がいるなんて、不自然極まりないだろう。


「魔王軍の協力者なのか?」


「……そんなところです」


 レインは視線を右に逸らしながら答えた。実際は人質だが、バレるといろいろ面倒くさい。だからレインは曖昧に濁したのだ。


「あなたが魔王城へお越しになったのは、シエルさんに求婚するなどという、くだらないことだけのためですか?」


 とげとげしい言葉には、スイゲンは何も言わない。気づかなかったらしい。


「本題はそれだが、もう一つある」


 スイゲンは胸のあたりに手を突っ込み、布に包まれた何かを取り出す。それをテーブルの上に置き中身を見せた。


 それは小さな黄色の魔石だった。何の変哲もない、下級魔物を倒せれば誰でも手に入りそうな、ただの魔石だ。


「これは?」


「我が飲み込んでいたものだ」


「……は?」


 レインは一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、顔をしかめた。常に無表情のレインがここまで露骨に嫌そうな顔をするのは珍しい。それほど、スイゲンへの敵対心が積もっているのだろう。


「我はこの魔石のせいで、船を沈めようとしたのだ」


 それまでスイゲンを怪訝そうに見つめていたレインだったが、急に目が真剣になり、テーブルの上の魔石を見つめた。切り替えが早いのは、レインの良いところだと思う。


「体内の魔力が乱されておったのだ。これを吐いた途端、すぐ楽になった」


「ほかに症状は?」


「うーむ……ああ、転移魔法が使えんかった」


「転移魔法?」


 スイゲンは頷く。


「魔物は窮地に陥ると、魔石と位置を交換するだろう? 我もあの時、それを発動しようとしたのだが……できんかったのだ」


 それも、この魔石のせいだろうか。私は魔法のことを専門的に知っているわけではないから、症状を聞いても、魔石を見ても、原因はよくわからない。


「この魔石、近くで見てもよろしいでしょうか?」


「好きにせい」


 レインは魔石を乗せたハンカチごと手に取ると、それをじっと眺めた。


「これ、魔石ではありません。まだはっきりとはわかりませんが……魔道具です」


「魔道具、だと?」


 レインの淡々とした発言に、スイゲンは顔をしかめた。


「つまり……どういうこと?」


「スイゲンさんが暴れたのは、何者かが仕組んだこと、という意味です」


 それって結構まずいことでは? どうやらそうらしく、レインは考え込んでいた。


 そんなとき、執務室の扉が開け放たれた。飛び込んできたのは、焦った表情を浮かべているカオス。


「火の竜が村を襲ったらしい」


 私はテーブルの上の魔石に視線を落としてから、レインと顔を見合わせた。

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