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062 眠いらしい

 私はレインの執務室へ向かう足を、角を曲がりかけて止めた。


「ちょ、何やって……わっ」


 私は飛んできた水魔法を結界で防ぐ。何か危なそうだと思い、廊下の角に身を隠した。


 レインの執務室の前で、水の球体が飛び交っている。それを無駄のない動きでひらりと避けているのは、魔王軍四天王のレイン。


 どうやら、レインと誰かが魔法をぶつけあっているらしい。幸い執務室の扉は閉まっていて、中にいるプニカメには何の影響もないようだ。おそらく、レインが扉を閉めたのだろう。


 魔王城内部は、そこで争いが起こってもいいように、壁には強化魔法が何重にもかけられ、隅々まで頑丈なつくりになっている。だから滅多なことでは壊れない……そういえばこの前、魔王軍四天王のランドが素手で魔王城の壁を破壊したような。やっぱり魔王城が頑丈というのは信用ならないかもしれない。


「さすがは魔王軍四天王だな」


 その言葉で攻撃がやみ、ふたりの姿が見えるようになった。


 レインと敵対しているのは、子供だった。見た目は十歳か、それより下。だけど、口調がやけに大人びている――いや、もっとずっと長く生きているかのような貫禄を感じる。


 あまり見ない格好だ。服に関して物知りなアイレは、たしか和装と呼んでいた気がする。子供は、青系の色で統一した装いだった。


 その視線は鋭く、直視したらそれだけで倒れそうなほどだ。それなのに、レインは涼しい顔をしながら、相手の顔を見続けている。


「だが、魔力量は圧倒的に貴様のほうが少ない。持ってあと三分というところか?」


 子供はレインを嘲る。だが、その笑顔も数秒と持たなかった。


 レインは否定こそしないが、焦る様子もなく、ただ無表情で立っていた。そのまま子供から視線を逸らそうとすらしない。


 たぶん眠いんだろうな、と思った。いつもより少しまばたきの回数が多いし、昨日はあまり眠れていないとレインは言っていた。


「貴様は無駄を嫌うらしいな。我との会話も、貴様にとっては無駄なことか?」


 レインは答えない。無駄とかでも何でもなくて、ただ眠気に抗っているだけだろう。それと人見知りのせい。


「……まあいい。続けよう」


 子供のほうが先に動き出す。拳に水魔法を纏い、レインへと殴り掛かった。レインはそれを横へひらりとよける。子供はそのまま魔王城の壁に突っ込んだが、壁が壊れた様子はない。前にランドが壊してしまったのは、彼が怪力すぎただけで、魔王城の壁には何の問題もないのかもしれない。


 勢いよく壁にぶつかった子供だったが、体制を立て直すのは速かった。すぐに水魔法をレインへと放つ。レインは眠気と抗いながら、相手の魔法を無効化する。あれはたぶん無意識だろう。やっぱり眠いらしい。


「この程度で貴様を倒せるはずがないか」


 自身の手に魔力を込めながら、子供はレインへ近づいた。レインの腹部を目掛けて、その拳を振るう。レインは子供の拳の水魔法を解除し、横によけると、子供の腕を掴んだ。


「…………?」


 本人は自分が何をしたのかわかっていない様子で、目をぱちぱちさせながら掴んでしまった子供の腕を見ている。


「油断は禁物だぞ、魔王軍四天王」


 レインが掴んでいた子供の腕から、水魔法があふれ出し、レインの体ごと押し流した。それもレインはすぐに無効化する。


「貴様に戦う意思はあるのか? 我を倒さんとする気迫が全く感じられんのだが」


 そもそもレインくんはもとから気迫なんてないし、しかも今は眠気に襲われているから、一層やる気のないように見えてしまうのだ。レインにそれを求めるのは諦めたほうがいい。


「戦いたくないというのなら、()の者を差し出せば良いだけの話」


「かのもの……?」


 ようやく口を開いたレインに、子供は眉をぴくりと動かす。そして、ゆっくりと口角を上げた。


「竜封じの結界師」


 レインは目を見開いた。とはいっても、さっきまで眠気で少し目が閉じていたから、元の目の大きさに戻っただけだ。


 竜封じの結界師。水の竜の騒動の際、竜を閉じ込めた結界師につけられた異名。それに聞き覚えがないはずがない。竜封じの結界師とは、私のことだからだ。


「我の動きを封じた結界。あれは実に見事なものであった」


 我の動きを封じた……? つまり、あの子供は、あのときの水の竜?


 伝説級魔物は変身魔法が使えると、さっきマリーナから聞いた。竜はその伝説級魔物だから、あの子供が水の竜だとしても信じられなくはない。


 ティフォーネといい、水の竜といい、なんで子供の姿なんだろう。大人には変身できないのだろうか。


「このまま争いを続けても意味がないだろう?」


 子供の姿をした水の竜は、レインへと近づき顔を見上げた。


「……さっさと結界師を出せ」


 水の竜は、さっきまで笑っていた目を見開いた。その途端、鳥肌が立つほどの殺気がこの場を支配した。


「いやです」


 眉一つ動かすことなく、レインはきっぱりと言い切る。


 水の竜はたぶん、私に怒っているのだと思う。私のせいで身動きが取れなくなり、勇者の攻撃で怪我をしたのだから。


「……そうか」


 水の竜はレインから離れた。


「……っ! レインくん後ろ!」


 私の声ではっとして、レインは後ろを振り向いた。迫る攻撃に、レインは怯えることなく目を開き、それを無効化する魔法を発動した。


「竜封じの結界師は貴様だな?」


 私は前方に目を向けた。拳に水魔法を纏った水の竜が、すぐ目の前にいた。

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