061 いろいろと規格外
「マリーナ!」
魔王城のバルコニーにて、黒ローブ姿を見つけた私は、声をかけて近づいた。
「久しぶり」
マリーナはこくりと頷く。
勇者に試練を与えよう(仮)について魔王へ報告するために、マリーナが魔王城へ来るということだったので、彼女と会う約束をしていたのだ。
「これ……」
私はマリーナへ、洗った黒色のローブを差し出す。
「水の竜の騒ぎのとき、勝手に借りちゃってごめん」
マリーナは受け取りながら、首を勢いよく横に振る。
『ローブ、洗ってくれてありがとう』
マリーナは紙に綺麗な字を書いた。彼女は声が出せないらしく、会話をするときは筆談なのだ。
今日マリーナが着ているローブは、船旅のときに着ていたものと同じものだ。きっと、同じローブを何着も持っているのだろう。
最初、船で会ったとき、マリーナがローブで姿を覆っているのは、魔族だとバレないようにするためだと思っていたが、彼女はいつもローブ姿らしい。
「マリーナ、シエル」
後ろからの声に、私たちは振り向いた。
「ティフォー……ネ?」
声は確かにティフォーネだ。だが、そこにいたのは、小さなコガラスではない。
十歳くらいの痩せた少女だ。ピンクのひらひらブラウスに、サスペンダー付きの黒いミニスカート。胸元のリボンの中心には、白い宝石が輝いている。
「ティフォーネ。合ってる」
よく見ると、少女の首には、ティフォーネが付けていたものと同じ、ピンクのリボンとハートのチャーム。
背中からは黒い羽が生えている。髪の毛はふわふわしていて、コガラス姿の雰囲気が残っていた。
彼女は、見た目は違うが、ティフォーネ本人で間違いないのだろう。
「えっと……ティフォーネ、その姿は……?」
「人間界、コガラス。魔界、こっちの、姿」
人間界ではコガラスの姿で過ごすが、魔界ではヒトに近しい姿で過ごすらしい。
「どういう原理?」
『変身魔法だと思う。上級魔物の一部と伝説級魔物は使えるって聞いたことがあるよ』
「ティフォーネって、コガラス……だよね?」
コガラスは下級魔物。上級魔物や伝説級魔物には到底及ばない。それなのに、ティフォーネは種族という壁を超えて、変身魔法を手に入れたらしい。
言語能力といい、魔法技術といい、ティフォーネはいろいろと規格外だ。
「こっちの、姿。いろいろ、便利」
手を開いたり閉じたりしながら、ティフォーネは言った。
たしかに、コガラスの姿より、少女の姿のほうが、細かい作業がやりやすそうだ。
「それに、こっちの方が着せ替えできて、可愛いでしょう?」
ティフォーネに後ろから抱きついた白い影。前会ったときとは違い、半透明ではない。魔王城では、気配を消す必要がないからだ。
「アイレ」
ティフォーネは主人である魔王軍四天王アイレの腕に触れる。
「もう、勝手に抜け出したらだめじゃない、ティフォーネ」
「ごめん」
アイレはティフォーネの頭を撫でながら、私とマリーナを見た。
「こんにちは、シエルちゃん。それと……」
マリーナの姿を見て、アイレはしばらく考え込んだ。
「……あ、もしかして、噂のテイマーちゃん?」
マリーナは急に距離を詰めてきたアイレにたじろいだ。
「船での一件では大活躍だったそうじゃない! 一度会ってみたかったのよ」
アイレに手を握られたマリーナは、表情は隠れて見えないが、戸惑っているのは伝わってきた。
「アイレさん、ほどほどに……」
「アイレ、めっ!」
人質と補佐役が、魔王軍四天王にこんな態度で許されるのかはわからないが、いつもこんな感じだから、たぶん大丈夫だ。
「ごめんなさいね、自己紹介もなしに馴れ馴れしかったわ」
アイレは咳払いをした。
「あたしはアイレ。魔王軍四天王の白魔女よ」
マリーナは動きを止めた。
魔王軍四天王は、多くのライバルを蹴落として、ようやく辿り着ける地位だ。その権力は、魔王の次に強い。
そんなひとを前にして、マリーナはどうしていいかわからなくなってしまったのだろう。
まあでも、魔王軍幹部の実態は、自由人だらけで崩壊気味なのだけれど。四天王のひとり行方不明だし。
「そうだ、シエルちゃん。お客さんが来てたみたいよ」
「お客さん? 私に?」
「ええ。レインの執務室へ案内したけれど、シエルちゃんいなかったから」
「んー……わかりました。とりあえず行ってみます」
客人とは誰なのか考えながら、私はマリーナとティフォーネに手を振り、レインの執務室へと急いだ。