プニカメの島 その3
私たちはプニカメが生息する森の中へ足を踏み入れた。
そこには人の話し声はなくて、ただ自分たちが地面を踏みしめる音だけが響いている。空を見上げれば、木漏れ日が差し込んでいた。
自分が自然の中にいるのだと、不意にそう思った。
「あ、プ、プニ、プニ……」
森の空気を堪能していた私は、レインに意識を向けた。無表情のまま、淡々とした声のままだが、呼吸が浅く速くなっている。
その原因は、一匹のプニカメ。コーラルピンクのぷにぷにボディが、草むらからはみ出ている。
「わ、可愛い……」
後ろ足をパタパタさせながら、食べ物を探しているようだ。何か見つけたのか、プニカメは足をぴんと伸ばした。その様子だけで嬉しさが伝わってくる。
そうして数秒後、プニカメはまた足を激しく動かし始めた。暴れているせいで、草むらがガサガサと音を立てていた。
「これは……抜け出せなくなってる?」
「そのようですね」
プニカメのそんな様子も可愛い。早く助けてあげたい。けど、ちょっとだけ見ていたいという気持ちもある。レインも私と同じように、心の中で欲望と格闘しているらしく、プニカメを助けに動こうとはしていなかった。
そのうち、プニカメは疲れたらしく、パタリと力を抜いた。
「え」
その様子にレインは慌てて、プニカメのお尻を掴んで引き抜こうとした。
「待って、レインくん。無理やり引っ張るとプニカメが傷ついちゃうよ」
私は草むらに手を突っ込み、プニカメの体を支えながら、ゆっくりと引き抜いた。プニカメは人間に掴まれても暴れることなく、じっと出られるのを待っていた。
ようやく顔が見えたプニカメは、ゆっくりと私たちのほうを振り返った。
「大丈夫ですか?」
レインの声を聞いた途端、プニカメは目を点にして固まってしまった。
「……? どうしました――」
レインがプニカメに手を伸ばすと、プニカメは突然、まるで弾丸のようにその場から逃げ出した。レインの頭のすぐそばを通り、彼の髪の毛が揺れた。その瞬間、レインはいつもより少しだけ目を見開いていた。
「……びっくりしました」
あれは驚かないほうがおかしい。
レインはさっきまでプニカメがいた場所へ伸ばしていた手を、震わせながら下ろしていた。
遠くのほうで、草がガサッと勢いよく揺れる音がした。音がした方向――それは、プニカメがすっ飛んでいった方向と同じだった。私とレインは、なんだろう、と顔を見合わせ、そっちへ行ってみることにした。
そこには、またもや抜け出せなくなっている、コーラルピンクの姿。私は思わず笑ってしまった。
「ドジっ子だね」
「可愛いです」
ドジっ子プニカメの様子に頬が緩んでいる私を、レインは真顔で見つめた。そんな風に見つめられると、とても気まずい。私はレインへちらりと視線を送り、緩む頬に力を入れて固定した。
「助けに行ってくるね」
はまっているプニカメを引っこ抜きに行こうとした、その時だった。
「シエルさん」
レインに腕を引っ張られ、倒れそうになった私は彼に支えられた。と同時に、レインは水魔法をプニカメの方向へ放つ。宙に浮かぶ水が、飛んでくる何かを受け止め、形が歪む。
レインの水魔法の中にあるのは、棒のようなもの――よく見ると、それは一本の矢であった。矢は水の中で、ポキリと真ん中から折られた。
誰かが、プニカメに向かって矢を放ったのだ。
「なっ!?」
息を潜めていた、弓を持った青年が、水魔法を見て驚いている。矢を放ったのは彼だろう。おそらく、プニカメを倒して入手できる魔石を集めに来た冒険者だ。
レインは矢が入った水魔法を地面へ落とし、矢を放った青年へと目を向けた。無表情のまま、無言のまま、ただじっと青年を見つめるレインは、相当怒っているらしい。息が詰まるような威圧感があった。
「なんだ、子供か……」
冒険者は息を吐き出すと、プニカメへ向き直った。私は咄嗟に、冒険者とプニカメの間に立つ。自分でもほぼ無意識のうちだった。
「何? 何で邪魔するの?」
「プニカメが倒されるところは見たくないんです」
「はあ?」
プニカメの島へ訪れる人は、ほとんどがプニカメを倒したときに手に入る魔石が目当ての冒険者。だから、私の発言は、場に似つかわしくないものだった。
冒険者は怒っている様子で深くため息をつく。
「弱いプニカメを守って正義のヒーローごっこをやりたいなら、他をあたってくれ。俺は忙しいんだよ!」
「わっ!」
冒険者は私を突き飛ばす。と同時に、プニカメへと向かっていく。
結界を張ろうにも、突き飛ばされてバランスを崩しているせいで、うまく力が入らない。この状態で魔法が使えるほど、私は器用じゃない。
――このままでは、プニカメが倒されてしまう。
最悪の未来を予想してしまった途端、鼓動が速くなった。
冒険者がプニカメに触れる――瞬間、大きな影が冒険者の足元に伸びた。
「は……?」
見上げた先にいたのは、大きなプニカメ。びっくりするほど大きなプニカメだ。その大きさに、私も含め、その場にいる全員がしばらく絶句していた。