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060 竜封じの結界師

「それでですね、すごい魔法が竜の攻撃を無効化して、すごい結界が竜を閉じ込めて、勇者さんがすごい攻撃をして、とにかくすっごかったんです!」


 蒼炎の騎士シャイン・マーズは、水の竜の一件が解決した後、勇者一行から話を聞いていた。


「水の竜を追い払っていただき、ありがとうございます、勇者様。わたしがあなた方に協力を頼んだというのに、何も力になれず、申し訳ありません」


「ところで、君は何してたわけ?」


「……寝ていました。本当に申し訳ありません」


 イルはあきれ顔を浮かべ、深くため息をついた。


 本当は、魔王軍四天王レインによって、部屋に閉じ込められていた。蒼炎の騎士がそれを言わなかったのは、もし誰かが話を聞いていて、「魔王軍四天王がこの船に乗っている」ということが船中に広まってしまえば、さらなる混乱を起こしかねないからだ。


 魔王軍四天王がこの船に乗っているとわかっても、今ここで探し出すのは得策ではない。だから、勇者一行には、船を降りてから伝えようと思う。


「竜の攻撃を無効化した魔法……というのは?」


「海がバーンッて襲ってきたんですけと、それがサーッて収まって」


「はあ」


「でもその魔法使いさん、姿が見えなくて……。できることなら、お話ししてみたかった!」


 竜の攻撃を無効化できる実力を持つ魔法使い……しかも姿がない。となると、おそらく魔王軍四天王のレインだ。


(レインは何をしにこの船に……? おれを閉じ込めたのは何のため? 水の竜が暴れたのは魔王軍の仕業じゃないのか?)


 蒼炎の騎士は考えながら、もう一つ気になったことを尋ねる。


「水の竜を閉じ込めたという結界師は、何者なのでしょう」


「黒いローブを被った、小柄な人物でした。でも、その人すぐいなくなっちゃったから……」


 蒼炎の騎士は、一瞬だけ顔をしかめたイルに目を留めた。彼は何か思い当たることがあるのか、何も言わずに考え込んでいる。


「あの人、ちょっとだけ、シエルに似てた」


「シエルさん? というのは?」


「五年前に魔王軍に攫われた、勇者とアストの幼馴染、だっけ?」


 イルの言葉に、勇者は頷く。


「今も魔王城にいるはずだから、シエルのはずはないけどね」


 勇者は寂しさと罪悪感が混じり合った声で呟いた。


「そういえば、結界師さん……何でしたっけ、竜なんちゃらの――」


「竜封じの結界師?」


「そう、それです! 竜封じの結界師って呼ばれてました!」


 竜の動きを封じた結界師と、蒼炎の騎士を閉じ込めた結界師。高い実力を持つ結界師が二人、偶然同じ船に乗り合わせるなんてこと、あるだろうか。


(あれ、シエル……って)


 蒼炎の騎士は、目を見開き、口に手を当てる。


(レインが最後に呼んでいた、おれを閉じ込めた結界師の名前と同じだ……)


 魔王軍四天王のレイン、竜封じの結界師、そして……五年前に攫われた、人質の少女。少し調べてみる必要がありそうだと、蒼炎の騎士は思った。


「ねえ、そういえば、アストは?」


「アスト? ……あれ?」


「アストさん!? どこ行っちゃったんですか!?」


 そんな騒ぎが起こっていることも、蒼炎の騎士の耳には届かなかった。



◇◆◇



 小さな部屋に、魔導書をめくる音だけが聞こえている。その部屋の床には、散らばったたくさんの資料。どこに何があるのか、もはや部屋の主である男にもわからなくなってしまっていた。


 扉がギギギ、と音を立てて開く。ノックぐらいしてほしいな、と思いながら、男は声をかけた。


「おかえり。どうだった?」


 返事はない。男は振り向こうとはせず、ただ魔導書を読み進めるだけだった。


「どうかした?」


 これはうまくいかなかったんだろうな、と考えながら、男はもう一度声をかけた。


「申し訳ありません。…………失敗しました」


「……そっか」


 男はようやく振り向いた。そこには、黒に近いグレーの、ショートボブの女がいた。彼女は、失敗してしまったことに罪悪感を抱いているのか、うつむいてしまっている。


「理由を訊いてもいい?」


 大切な仲間。家族同然の仲間。お互い、失敗を責めるなんてことはしない。一緒に失敗した原因を探して、次はもっとこうしようねと解決策を考えて、そうやって信頼関係を築き上げてきた。


「薬は、ちゃんと与えたんです。でも、竜が暴れ出してしまって……」


 女は、花形の魔道具に、白色の蝶――カンシチョウを付けた。この魔物は、映像を記録できるという性質を持つ。


 映し出されたのは、船を襲う水の竜の姿。


 映像の中の光景に、男は身を乗り出した。


「何、これ……」


 急に大きく結界が張られたかと思えば、次の瞬間には竜が収まる大きさまで縮小している。そうすることで、結界の強度を上げているらしい。


「待って、今のところ戻して」


 もう一度、結界が張られていく様子を再生する。竜が暴れてもひび一つ入らない結界を見て、男は感嘆の息を漏らした。


 すごい。本当にすごい。竜を封じられるぐらい堅い結界なのに、形が崩れるなんてこともない。とても大きく張った結界を、歪ませることなく縮めていく高度な技術。まるで、一種の芸術のような結界魔法。


「この結界を張った人、誰?」


「素性はわかりませんが……船に乗り合わせた人々からは、こう呼ばれていました」


 男は、唾を飲み込みながら、次の言葉を待った。


「――竜封じの結界師、と」


 その言葉を聞いた途端、男の肺にはたくさんの空気が入ってきた。


「竜封じの、結界師……」


 不気味に笑いながら、男はその名を嚙みしめながら呼ぶ。


「あはは、すごいなぁ。面白い。……あ、そうだ」


 男は、映像をもう一度戻して、結界が張られていく様子を見ながら、次のことを思いつく。


「今度も、竜を暴れさせちゃおうよ」


「……それは」


「竜封じの結界師、僕も見たいなぁ」


 男は実態のない映像に手を伸ばし、竜を閉じ込めた結界をなぞる。


「一緒に作戦立てよう。……ね、サナちゃん」


 そう言って微笑む男に、サナと呼ばれた女は、頬を桃色に染めながら頷いた。

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