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042 飼い主バカたちの会話

 プニカメは、そのほとんどが一色しか持たない。


 黄色と橙色のグラデーションのプニカメ――柑橘類や、甲羅に黒い不思議な模様があるネオングリーンのプニカメ――組長は、それはそれは珍しい個体であった。たぶん、世界中のどこを探しても、そんな特徴的なプニカメはいない。


「柑橘類さんは、信じられないほどきれいなグラデーションです。しかもその色が、さながらレモンとオレンジのよう……可愛いですよね」


「ちょっとわがままで手が焼けるけど、そこがまた可愛いんだよね」


「ええ。脱走常習犯だというのに、道がわからず寂しがるところも可愛いです」


 これから「プニカメの島」という天国に行く予定なのに、そんな会話をしていたら、早くも魔王城に帰りたくなってきた。


 ちなみに、プニカメの世話はカオスが引き受けてくれたそうだ。あのひとなら、プニカメの扱いも丁寧だったし、任せても問題ないと思う。彼の兄であるコスモとは違って。


「組長さんは、ネオングリーンというかなり珍しい色なうえ、あの不思議な模様……可愛すぎます」


「しかも、レインくんの役に立とうと自分から勇者のとこに行くと名乗りを上げてくれて。あの時の組長さん、本っ当に可愛かった」


「さっさと勇者と魔王様を決闘させて、組長さんを取り返したいです」


 親バカならぬ、飼い主バカたちの会話である。


 レインは何かの気配を感じて足元を見る。


「組長さん? ああ……幻覚まで見えてしまっているようです」


「一か月間休みなしで働いてたからね。疲れてるんだよ」


 部屋に戻って休もうか――と言おうとして、私は言葉を失った。


 目立つネオングリーンの体に、黒い不気味な模様。こちらを見上げるつぶらな瞳には、偽りなんてなかった。


「んん?」


 私は恐る恐る、組長らしきものに手を伸ばす。それは抵抗するでもなく素直に持ち上げられた。


 試しにぷにぷにしてみる。柔らかくて、それでいて丁度良い弾力がある。


「……組長さん?」


 それはこくりと頷いた。


「……本物?」


 それはビッと右手を上げる。


 レインがツンツンとそれのお尻をつつくと、それはくすぐったそうに手足をパタパタさせる。


 目に見えている組長の姿と、手に触れるこの感触。そのすべてが、組長がここにいるのだと信じざるを得なかった。


 私とレインは顔を見合わせる。


 しばらく前に、勇者のもとへ行ったはずの組長。その可愛い可愛いプニカメがここにいるということは、つまり――


「勇者が、この船に乗っている……?」


 私が小さく呟くと、レインは周囲を見回した。海を見ながら物思いにふけっている人、談笑を楽しんでいる人……その中に勇者はいないようで、ほっと息を吐く。


「組長さん、どうしてここへ?」


 レインが尋ねると、組長はパタパタと手を動かし、レインのほうへ行こうとする。私がレインに組長を預けると、組長はぎゅうっとレインにしがみついた。レインは組長の可愛さに動きが止まってしまっている。


「レインくんに会いたかったんだね」


 五年間、組長はレインとずっと一緒に過ごしてきたのだ。急に離れて、寂しくないはずがなかった。レインのほうからは組長の様子が確認できるが、組長のほうはレインとの連絡は取れないのだ。


「……もう勇者のところへ帰さなくてもいいですか?」


「うん、連れて帰ろっか」


 おそらく魔王コスモがダメだと言うだろうけれど、私たちも組長がいなくて寂しいのだ。


 レインの執務室にはプニカメがたくさんいるが、それでも組長の代わりになる子はいないのだ。もちろん、柑橘類やほっぺただって、他に代わりはいない。


 組長を連れて帰りたいというレインと私に、組長は首を振った。その様子に、レインが絶句していた。


 そんなに勇者パーティーは居心地がいいのか。あんなオドオドした怖がり勇者のどこがいいのだろう。絶対、自分のもとにいたほうが幸せにしてあげられるし、寂しい思いもさせない……そんなことをぐるぐると考えているのだろう。


 でも、組長はそういう意味で「帰らない」と意思表示をしたわけではないと思う。


「レインくんの役に立ちたいんだよね?」


 私がそう尋ねると、組長は首を縦に振った。


「組長さん……」


 レインは組長をぎゅっと抱きしめる。久しぶりのレインのぬくもりに、組長も嬉しそうにしていた。


 そんなとき、きょろきょろと辺りを見回し、困ったように頭をかく人物が目に入った。勇者の仲間で、私の幼馴染――アストである。


「ねえ、レインくん」


 私がアストを指すと、レインは名残惜しそうに組長を見つめた。組長は「行ってきます」と右手を上げる。


「頑張ってくださいね、組長さん」


 そう言うと、レインは組長を床に下ろした。


「アスト、そっちにはいた?」


「うーん……いないっぽいな……」


 アストの隣に立ったのは、黒髪の青年。彼の雰囲気とは不釣り合いな、金色の剣を腰にさしている彼は、魔王軍が手を焼いている怖がり勇者だった。


「海に落ちた、なんてことはないよね……?」


「さすがにそれは……」


 焦り始めている二人に、組長はのそのそと近づいた。


「あ、お前!」


 組長に気づいたアストが駆け寄る。


「よかったぁ。心配したんだぞ? 急にいなくなって……」


 組長がアストに抱っこされる様子を見届けたのち、レインは呟く。


「さて、どういうことか説明してもらいましょうか」


 彼は客室に向かって歩き出した。

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