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041 長期休暇は船旅で

 船の上で、私は目を見張った。目の前に広がるのは、きらきらと輝く青い海。ずっと遠くに、空との境界線がはっきりと見える。私の髪をふわりと撫でた風からは、潮の匂いがした。


「綺麗……!」


 生まれて初めて海を見た。私は五年前まで、故郷の村とその周辺の町ぐらいしか行ったことがなかった。私の父は足が悪かったから、旅行とか遠出はできなかったのだ。


 感動する私の隣で、レインも無表情のまま海を眺めていた。


「私、海見るの初めて」


「そうですか」


 そっけなく言ったレインは、何度か海に来たことがあるのだろうか。変わらず海を見続ける瞳からは、感動の色は見てとれない。


 彼の服装は、いつもと全く違うものだった。白いブラウスに、灰色のショートパンツ。その上には、袖口の広い、膝ほどまでの長さの、黒のローブを羽織っている。胸元には青いリボン、目立たない程度に着けられたフリル……レインが着ているものは、女性ものの冒険服だ。


 人前に出るとき、レインはいつもフードを被るが、今日は灰色の髪をあらわにしていた。ローブは夏用で薄いため、風にあおられてフードが脱げてしまうのだ。


 こう見ると、レインは人形みたいだ。十五歳は思春期真っただ中だというのに、肌荒れをしている様子は一切見受けられない。灰色の髪は、一本一本が細く、風に吹かれても髪型は崩れることなくサラサラのままだ。


 私がレインの顔をまじまじと見ていると、彼はその視線に気づいてこちらを見た。海の色を映した、宝石のような瞳だった。まつ毛は言うほど長くはないが、形はきれいに整っている。


 容姿に恵まれていながらも、レインには一つだけコンプレックスがあった。身長が低いことだ。


 そのことと儚い雰囲気が相まって、彼は女の子のように見えてしまう。そのせいで、今日みたいにアイレの着せ替え人形にされることがよくあるのだ。


『今日の服装のポイントは、何と言ってもこのリボン! レインの目の色に合わせて、青色にしたのよ。それと、ローブの刺繍も良いでしょう? 他との差をつけられるはず! それから、フリルが絶妙に可愛いのよ。レインに合わせるなら、つけすぎちゃダメだから、程よい感じに……』


 と、アイレは熱弁していた。だが、当のレインは気に入らない様子だった。女子みたいだと言われるのが嫌いな彼は、この服装から一刻も早く着替えたいのだ。


「これからの船旅が楽しみですね」


 レインは現実逃避しているらしかった。


 というのも、いつも着ている服を持ってきたはずが、いつの間にかアイレにカバンをすり替えられていて、着替えはアイレセレクションしかなくなってしまっていたからだ。さっきカバンを開けたとき、レインは可愛い服を見るなり、ポフ、と一度だけ殴っていた。


 レインは服のことを忘れるため、魔王コスモからもらったガイドブックを開く。そこには、「プニカメの島」という、とてもとても魅力的な見出しのページがあった。私たちが船に乗っているのは、そこへ行くためだった。


 プニカメの島は、人が住んでいない無人島で、魔物はプニカメしか生息していないらしい。だから、プニカメであふれかえっているという。


 冒険者がプニカメを倒して魔石を集めるために訪れるだとかいう文章が見えたような気がするが、プニカメを傷つけるなんて、そんな心の無い人はいないと思うから見間違いだろう。


「この一か月、カオス様が魔王城へお戻りになるまで、このことだけを楽しみに、休みなしで頑張ってきたのです」


「うん。長期休暇は楽しまないとだよね」


 遠征中だったカオスが昨日帰って来て、仕事の引継ぎをして、レインと私は今日の朝、魔王城を出発した。


 ちゃっかり人質の私も人間界へ同行しているわけだが、レインは特に何も言わないのでいいのだろう……たぶん。


 この船に乗るのは、大半が一般人か駆け出しの冒険者。私が誰かに助けを求めても、魔王軍四天王であるレインに敵う人は、まずいない。逃げようとしても、船の周りは海だから、逃げ道はどこにもない。


「シエルさん、着いたらプニカメを探しましょうね」


 そう言うレインの瞳は、きらきらと輝いていた。


 レインはおそらく、楽しみを共有する人がいてほしかったのだろう。人間界に溶け込めるレインの知り合いなんて、人間である私しかいない。だから彼は私を連れてきたのだろう。


「うん! 珍しい柄の子とかいるかな?」


 とりあえず、私も船旅とプニカメの島を楽しみたいと思った。

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