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038 馬鹿ばっか

 一人の冒険者が、コガラスに剣を振り下ろす。それを見て、周りのコガラスが冒険者へ襲い掛かった。


「コガラスを攻撃しないでください! 攻撃すれば、それに怒ったコガラスが、また襲ってきます!」


 そう叫びながら、コガラスに襲われている冒険者の腕を掴んだアストは、傷つけぬように手でコガラスを追い払う。


 彼の言うことは正しい。この数のコガラスを、今集まっている冒険者で倒しきれる確率は、限りなくゼロに近い。


 それに、見ず知らずの、しかも突然の魔物襲来で慌てている弱っちい冒険者どもと、息を合わせて戦える自信はない。現に、アストの声は誰にも届いていないのだ。


 イルは、冒険者がコガラスに突っ込んでいき、返り討ちにされている滑稽な様子を、ただ黙って見つめていた。はあ、とため息をつき、彼は弓を構える。


「おい、イル! だからコガラスを攻撃するのはやめろって!」


「そんなの言われなくてもわかってるよ」


 イルは強めの睡眠薬を塗った矢を放った――冒険者目掛けて。


 矢が当たった冒険者たちは、その場に倒れこんでいく。


「イル、お前……!」


「急所ははずした。眠ってるだけ」


 アストは感心して、イルを見つめた。


「何してるの。さっさとあいつら回収してきなよ」


 そう言うと、アストは倒れている冒険者たちを運び出した。


 仲間と協力する。イルにとっては、上級魔物を倒すよりも難しいことだ。だが、そうしないと魔王軍には到底勝てない。そう気づいてしまったから、仕方なく協力してやっているだけだ。


「それで、君はいつまでうずくまっているつもり?」


 イルの後ろで震えていた塊が、ビクッとわかりやすい反応をした。


 協力するとは言っても、この弱虫勇者のお世話をするとは言ってない。イルはそんな苦言を飲み込みながら、もう一度、震える小動物に話しかけた。


「正直言ってすることないからいいんだけどさ。そこにいられると目障りなんだよね」


「そう、だよねっ……ご、ごめん」


 ろくに話せもしないような奴が、どうして聖剣に選ばれたのか……その力を重荷に感じるぐらいなら、自分に譲ってほしい。


 イルは勇者を気にしながら、コガラスに突っ込んでいく馬鹿どもに矢を放つ。


「逃げ遅れた一般人を避難させるとかさ、そういうのもできないわけ?」


「で、きる……と思います……」


 語尾がだんだん小さく、自信なさげになるところが頼りない。それでも、この泣き虫を勇者に育てるためには、少しでも行動してもらわないといけない。


「じゃあ行ってきて」


 ビクリと体を震わせ、不安そうにうつむく。そうして逡巡したのち、勇者は頼りなさげな背中を丸くして、ちらちらとイルのほうを気にしながら、逃げ遅れた一般人を探しに行った。


 それにしても、冒険者を眠らせても、眠らせても、どこからともなく湧いてくる。今日はやけに冒険者が多い。近くのダンジョン――緑の丘に依頼が集中しているのかもしれない。


 イルは頼みたいことがあると何者かに呼び出されたが、結局会えていない。


 そういえば、アストも誰かに呼び出されたと言っていた。勇者は……残念ながら、アストについてきただけだ。


 それから、勇者パーティーの新メンバー候補のあの人も、ちょうど依頼があるから、今日ミドリ町で顔合わせしようということになったんだっけ。


「まさか、何者かに集められた?」


 そうだとすれば、この異常に多い冒険者の数も、突然のコガラス襲来も、説明がつく。どうやってコガラスたちを誘導したかは知らないが、これは冒険者たちを一掃するために仕組まれたことではないだろうか。


 背後に気配を感じ、イルは咄嗟に回避した。


「君、なんで攻撃したの?」


「こっちのセリフだ。お前さ、人間に矢を飛ばすなんて、何考えてんの?」


 話している間に、後ろにも人影が現れた。


「言ったでしょ、コガラスを攻撃すれば、さらに被害が出るって。耳、ついてないの?」


 こんなことをしている場合ではない。幸い、今は冒険者たちの標的がイルに変わっているため、コガラスに突っ込んでいく馬鹿はいない。


「じゃあどうすりゃいいんだよ」


 イルは口をつぐんだ。アストは大群は仲間を取り返しに来たから、その傷ついた仲間を返せば引いてくれるというが、それも本当かどうかわからない。


「戦うしかねーだろうがよ!」


 冒険者は、良くも悪くも脳筋が多い。馬鹿ばっか、幼いころに憧れた冒険者は、もっと優しくて、心まで強くて、繋いだ手が温かい……そんな人だった。


 イルは近接では手も足も出ない。あっさりと弓を奪われてしまった。


 今度、アストに短剣の使い方を教えてもらおう。ちょっと癪に障るけど。


「お前ら、コガラスをこの町から追い出すぞ!」


 勇ましい雄叫びが上がり、馬鹿どもはコガラスに向かって行った。


「イル、これどういう状況……ってお前、大丈夫か?」


 座り込んでいるイルに、アストは手を差し出した。イルは一瞬その手を掴もうと血迷ったが、はっとして自力で立ち上がった。


「別に、なんてことない」


 さて、どうやって馬鹿どもを止めようか。弓は奪われたし、成すすべはない……と思っていたときだった。


 ここの広場の中心にある噴水から、水が吹き出し、天を貫いた。その場にいた冒険者とコガラス、全員がそれに気をとられた。


 その瞬間を見計らったかのように、突風が吹いて、冒険者とコガラスを引き離した。

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