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034 こんなの人質の仕事じゃない

 後ろから何かを被せられ、私は前が見えなくなった。何事かと被せられたそれに触れると、さっきまでレインが来ていた紺色のマントだった。


「び、びっくりしたぁ」


 今の急な出来事と、テトにリーダーと呼ばれた意外な人物とで、私は心臓がはち切れそうなほど脈打っている。


「急にどうされました?」


 チユに心配され、レインは少し逡巡してから答えた。


「……寒そうにしていたので」


「よくわかったね。ありがとう」


 話を合わせようとしたけれど、感情のこもっていない不自然な声になってしまった。


 レインは私に着せたマントを整えたのち、前方に視線を移した。


「おう、テト! 元気だったか?」


 満面の笑みでテトの髪にクシャッと触れた人物の姿は、私の顔を覆うフードのせいでよく見えない。が、見なくとも声でわかる。


 アスト。私の幼馴染で、勇者の仲間のアスト。チユを勇者の仲間にするために「ちょっと怪我をしてもらう」予定のアスト。誠に申し訳ない。


 アストは私たちのほうを見る。いちいち動きが大きいから、顔を見なくても体の動きでわかるのだ。


「お前、また何かしでかしたのか?」


「んとね、悪い人を捕まえようとしたら、間違えちゃって……」


 テトが振り返ると、間違えてしまったお兄さんが着ていたはずのマントが、その隣にいたお姉さんに移っている。テトは目をぱちぱちさせ、こてんと首を傾げた。


「あー、こいつがすみませんでした。ほら、テトも謝れ」


「……ごめんなさい」


 テトは「もうあやまったよ」と言いたげな顔をしたが、アスト――リーダーには逆らえないのか、彼と同じようにもう一度謝罪する。


「あの……さっき、あやまってもらった、です、から」


 まるで、遠いところから来てまだ現地の言葉に慣れていない人のような話し方をしたレインは、私が視線をやるとふいっと顔を逸らした。


 この人見知りで、今までどうやって見ず知らずの冒険者たちと戦ってきたのだろう。会話をしなければ大丈夫なのかな。


「そうなんですか? テトも成長したなぁ」


 アストは嬉しそうにテトの頭をわしゃわしゃと撫で、テトは満足そうに笑っている。まるで兄弟みたいだ。


「ところで、あなたは……?」


 チユがおずおずと尋ねると、アストはテトの頭の上に手を置いたまま、私たちのほうを向いた。


「俺はアスト。短剣使いの冒険者です!」


 勇者パーティーとは言わないんだ、とレインと顔を見合わせる。


 どうやら、私のことはまだバレてはいないようだ。ほっと胸を撫でおろすが、まだ気は抜けない。


 アストが名乗ったのなら、次は私たちが名乗らないといけなくなる。そうなれば、名前と声で私だと気づかれるかもしれない。


 チユにはもうすでに名乗ってしまったから、急に名前を変えるわけにもいかない。今度から人間界で名前を名乗るときは、必ず偽名を使おう。


「治癒魔法使いのチユといいます」


「ん……もしかして、この前新たな治癒魔法を開発した、あのチユさん?」


 アストはチユへ尋ねる。


「はい! そうですよ」


「えー! まさかこんなところでお会いできるとは思いませんでした」


「アストさんって、もしかして蒼炎の騎士さまと一緒にミナモの町を救った……?」


「ああ、それ俺です」


 アストの目を大きくして笑う癖は、小さいころから変わっていない。私はその顔を見るたびに、犬みたいだな、と思う。


 つんつん、と腕をつつかれ、私は隣を見た。レインは路地裏を指さし、会話に夢中になっている二人を見た。テトはというと、何が面白いのか、アストとチユの会話を真剣に聞いている。


 今のうちにいなくなろうということか。でもそうすると、コガラスをいじめていた人のこともあるし、何か怪しまれないだろうか。


「ところで、お二人のお名前は?」


 どうしようか迷っているうちに、とうとう逃げられなくなってしまった。


 レインを見ると、我関せずと涼しい顔をしている。彼はやはり何も言わない。私がどうにかしなければならないらしい。


「えっと……」


 絶対、こんなの人質の仕事じゃない。いっそのこと、今ここで本当のことを話して、アストに助けてもらおうか。


 でも、五年間も囚われていたのに、終わり方がこれって……せっかくなら、魔王城で勇者に助けられたい。それが王道の人質というもの。


 何より、今ここで助けを求めれば、魔王軍四天王がミドリ町を滅ぼしかねない。そうなれば、この町にいる勇者はトラウマで引きこもる。ジ・エンド。


 それに加え、たぶんレインからは逃げられないだろうから、魔王城に帰ったら、カオス(悪魔)に、魔王コスモ、それとレイン、ついでに私まで怒られてしまう。反省文百枚は嫌だ。絶対に嫌だ。


「あなたのようなすごい方に名乗るような名前はなくて、ですね……」


 よく考えたら素直に名乗ったほうが良かったかもしれない。「シエル」なんて名前、探せばどこかには絶対にいるし、そもそも私がこんな場所にいるなんて思われない。


「えー、全然そんなの気にしなくていいですよ!」


 さすがに名前で気づかれることはないはず。うん、気づかれない。大丈夫、大丈夫……。


 自分に言い聞かせ、私は口を開いた。


「……シエルです。こっちはレイン」


 恐る恐るアストの様子を窺うと、彼は一瞬ぽかんと口を開き、そして寂しそうな笑顔を作った。


「俺の幼馴染と同じ名前! 懐かしいなぁ……」


 懐かしむようなテンションではなく、明らかに空気が重くなっている。


 本人、目の前にいます。騙して本当にごめんなさい。


 不意に、フードが風に吹かれ、抑える間もなく私の顔に光が当たる。目を開けると、アストとばっちり目が合った。


 どうしよう、とレインを見ると、彼はいつもより目を見開いて私の頭を見ている。


「綺麗な黒髪ですね!」


「黒……?」


 アストの言葉に驚いて、髪をすくって確かめる。いつもは白いはずの私の髪が、真っ黒に染まっていた。

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