033 妙ですね
真っ直ぐな瞳で謝罪した男の子は、レインが『コガラスをいじめていた人物』ではないと気づいた途端、雰囲気が丸くなった。さっきまであんなにツンツンしていたのに。
「きみ、名前はなんて言うの?」
「テト」
テトと名乗った男の子は、チユに向かって「いい名前だろ」と胸を張る。
「それじゃあ、テトくん。コガラスをいじめていた人のこと、詳しく聞いてもいいかな?」
チユが尋ねると、テトは素直に頷いた。
「この人とおんなじようなフードを被った怪しい人が、コガラスをいじめてたんだ」
レインに人差し指が向けられる。だから勘違いされたのか。
テトの話はこうだった。
テトの秘密基地――テトの家の裏、建物と建物の間のちょっとしたスペースで、男がコガラスをいじめていた。男が持っていた袋には、何匹かのコガラスが入っていたらしい。
死んでいるんじゃないかと思ったほどに、コガラスは弱っていたそうだ。
チユはテトから情報を聞き出そうといくつか質問をしているが、これといった情報はないようだった。
「妙ですね……」
ぼそりと呟いたレインは、チユのほうを気にしながら、私にそっと耳打ちする。
「前に、魔物は身の危険を感じたら、魔石と位置を入れ替えて逃げる、ということを話したのですが、覚えていますか?」
私が頷くと、彼は続けた。
「テトさんの話では、いじめられていたコガラスは動けなくなっているにも関わらず、魔石には変わっていないようでした」
「なるほど、たしかに変だね」
魔物が魔石に変わるのは、転移魔法のようなもので位置を交換するから。その事実を知っている人間は、私とレインを除き、誰もいないはず。
魔物が転移できないようにするなんてこと、そもそも知らなければ考えつかない。だから、どうしてそのコガラスが逃げられなかったのか、どうして転移を防がれたのか、魔王軍としては気になるのだろう。
「情報が洩れているにしても、転移魔法を妨害するなんて、普通の人間にできますか?」
聞いた話によると、転移魔法が使えるのは魔族のみ。それも、ごく一部の。
人間では魔力が足りず、人を転移させようものなら、上半身と下半身がさようならだ。
魔法の妨害は、展開されている魔法と同じか、それ以上の魔力が必要になるから、人間では不可能。もっとも、人間なのに魔王軍四天王に上り詰め、この前、転移魔法を使うことに成功したレインは例外として。
「正直、ぼくと同じ程度の実力を持つ人間がいるとは、考えにくいのですが……」
すごい自信。
でも、彼が「ぼくなんて全然強くないですよ」なんて言っていたら、人間に四天王の座を奪われた魔族の皆さんが殴り込みに来るだろう。「自分は強い」と胸を張って言えなければ、四天王はやっていけないのかもしれない。
レインは私たちと同じ人間だから、彼と同じ程度のレベルにたどり着くのは、まあ不可能ではない。だが、レインの魔法技術は化け物の域。上級魔物であるアイスネークのボスを一撃で倒せるような人間がほかにいるのであれば、もっと有名になっていてもおかしくない。
今のところ、名の知れた冒険者は、レインにとっては雑魚同然。転移魔法を妨害できる人なんていないだろう。
「勇者ならありえないこともないですが、それはないですよね」
「そもそもコガラスに触ることすらできないからね」
コガラスから逃げ回る怖がり勇者の姿を思い浮かべ、思わず吹き出してしまった。
あの人がコガラスをいじめるなんて、逆に彼がコガラスにいじめられている場面しか想像できない。
「そういえば、魔王様が言っていましたよね。通信魔法がうまく繋がらない、と」
「うん、言ってたね」
そういえば、さっきからコスモの声が聞こえない。もしかして、また繋がらなくなってしまったのだろうか。
「転移魔法と通信魔法は原理が同じです。妨害の方法も……」
転移魔法はモノを移動させる魔法で、通信魔法は音を届ける魔法。言われてみれば、似ているかもしれない。
「魔道具の類……でしょうね」
魔道具。それなら、魔力は一人ではなく数人で補えるし、妨害をするだけなら簡単だ。
転移魔法を妨害するほどの魔道具が市場に出回っているのかはわからないが、レインの言葉からして、それを作ることは可能なのだろう。
「魔王様に報告したいところですが、さすがに人間界から魔界へ通信魔法を繋げることは、ぼくでも無理です」
「じゃあ、ランドさんは? たぶんダンジョンにいるんじゃないかな」
レインははっとして、耳に手を当てた。何やらぶつぶつ話し始めたから、うまく繋がったのだろう。
「ところで、お二方は、何か怪しい人物を見たり聞いたりしてませんか?」
「うーん……私たち、さっきこの町に来たばかりで、何も……」
通信魔法が使えるのは、やはり魔族だけだと思われている。レインが怪しまれないように、そっと彼を背中に隠した。
「あ、リーダー!」
テトの声に振り向くと、彼は嬉しそうに、その先へ向かって手を振っていた。
リーダーと呼ばれた人物の姿を見て、私は顔を強張らせることしかできなかった。