032 実年齢は16歳
レインは無言で私のすぐそばに立ち、座り込んでいる男の子を見下ろした。
怒るでもなく、笑うでもなく、眉一つ動かない無表情だったためか、男の子は怖がってまた目に涙を溜めてしまう。
そんな自覚はないレインは、男の子の様子を見て首を傾げた。そのしぐさが男の子には怖かったらしい。彼はとうとう泣き出してしまった。
「大丈夫、大丈夫だよ。ちゃんと謝ったら、きっと許してくれるから」
チユの優しい声を聞いて、男の子は鼻をすすり、涙をぬぐう。勇気を振り絞り立ち上がると、丸い目でレインを見上げた。
「あやまらない! だって、こいつは悪い人だもん!」
たしかに魔王軍四天王だけれども、男の子にそれを教えた覚えはない。
なら、幼さゆえの感性で何となくそう思ったのだろうか。それだったらすごい。
「悪い人? どうして?」
「だって、こいつさっきコガラスをいじめてた!」
チユはふっとレインへ視線をやった。
人違いだ。私たちはついさっきこの町に着いたばかりだし、コガラスなんて見かけてすらない。
「それに、この人のこと『ひとじち』って言ってたもん!」
私はヒュッと息を呑んだ。
「おれ知ってるよ。ひとじちって、悪い人に捕まっちゃった人のことだよ」
チユは私とレインを交互に見る。
きっと、今の私とレインは、人質と魔王軍四天王には見えない。そもそも、そんな人たちがミドリ町にいるわけがない。その辺の通行人AとBくらいにしか見えないはずだ。
「あと、組長って言ってた! お前のボスなんだろ!」
いえ、ただただ可愛いプニカメです。
レインは男の子に視線を向けた。男の子はひるんで小さくなる。
「えっと、私はチユ。治癒魔法使いです。お二人は……」
「私はシエル。こっちはレイン。決して怪しいものではなく、駆け出しの新人冒険者です」
チユが私からレインへと視線を向けると、レインはフードを掴んで下を向く。
「すみません、レインくんは恥ずかしがり屋さんで……」
「そうなんだ。怖がらせてごめんね」
子供扱いされたのが気に入らなかったらしく、フードの下でレインがむっとしたのが伝わってきた。
彼は十六歳だけど、男子にしては身長が低い。実は、五か月年下の私のほうが一センチだけ高いのだ。
レインは低身長を気にしているのか、底の厚い靴ばかり履いている。よくレインの足元をうろついているプニカメ――泥は、その固い靴で踏まれるのがお好きらしい。
小さくて細い上に、レインは声が高め。まだ声変わりしていない少年の声だから、実年齢より幼く見られるのかもしれない。
ああでも、レインはチユと出会ってから、まだ一言も言葉を発していないんだった。
「ところで、人質と組長? って言うのは……?」
「たぶん、聞き間違いじゃないかな。そんな話はしてませんでしたよ」
嘘です。私はなぜかこんなところにいるけど人質だし、組長というのは、男の子やチユが想像している意味とは全然違うものだけど、たしかに言っていた。
「コガラスをいじめてたって言うのは?」
「それは私たちじゃないですね……」
レインが私の肩を軽く叩く。私が振り向くと、静かに耳打ちする。
「コガラスのことについて、もう少し詳しく聞きたいです」
自分で尋ねれば良いものを。
ここまで極度な人見知りで、よく見知らぬ魔界の地へ足を踏み入れて、知らない人に弟子入りして、たくさんのひとがいる魔王軍に入って、魔王軍四天王にまで上り詰められたものだ。
「コガラスをいじめてたって、どういうこと?」
私はなるべく怖がらせないように聞いたつもりだったのだが、男の子は身震いしてしまう。
隣を見ると、フードでレインの瞳が暗くなり、より一層恐ろしくなっている。
「レインくん、フードとらない?」
「え、ど、どうしてですか?」
そこまで挙動不審にならなくても。容姿に恵まれているのだから、もっと自信を持てばいいと思う。
レインは水魔法使いだからか、肌が乾燥しているところなど見たことない。湿気でまとまりそうにないように思える灰色の髪の毛も、常にサラサラだ。目は少し髪に隠れているが、水色の瞳は前を見据えていて力強い。
本人に言ったら落ち込んでしまうだろうけど、可愛い顔だ。いや、むしろ、それだから隠しているという可能性もある。レインは実年齢より幼くみられることを嫌っているから。
「……あれ?」
男の子はレインの顔をしたから覗き込み、首を傾げた。
さっきまであんなにおびえていたのに、今度はひるみもせずに真っ直ぐ見つめている。レインのほうがたじろいでしまうほどだ。
「声出してみてよ」
「え? えっと……」
男の子は急に強気になり、レインに近づいた。
「ぼくはコガラスをいじめていません」
早口で言い切ったレインに、男の子は目を見開いて、そして視線を逸らした。
「あいつはもっと声が低かった……」
「あいつ……って、コガラスをいじめていた人のこと?」
チユが尋ねると、男の子はこくりと頷いた。
「よく見たら……たぶんもっと背が高かった」
コンプレックスを二つも突かれたレインは、風でフードが煽られてもさして気にしていないようだった。相変わらず無表情だが、ちょっとショックだったのだろう。
「ごめんなさい! おれ、まちがえちゃったみたいです」
真っ直ぐな瞳に見つめられ、レインは複雑な気持ちで頷いた。