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031 もう大丈夫だよ

 偶然にも、勇者一行とチユが同じ町に滞在しているということで、私とレインは人間界へ転移させられてしまった。


「それで、どうしろと……?」


 私がぽつりと漏らすと、レインと目が合った。表情が変わっていないからわかりにくいが、大きなため息をついているところを見ると、どうやら私と同じように思っているようだ。


 まさかこんな急にチャンスがやってくるとは思っていなかったから何の策もない。もしうまく勇者たちとチユを引き合わせられたとしても、そこからどうチユの興味をアストに向ければいいのだろう。


 こんな町中で、どうやって「ちょっとアストに怪我をしてもらう」のか。魔法を放ってしまえば早いものの、被害はアストだけじゃなく、通行人、建物にまで及んでしまう。


『まあまあ、とりあえず勇者を探そう』


 通信魔法の向こうにいる魔王コスモはのんきだ。こっちがどれだけ帰りたいと思っているか、少しは考えてほしいものだ。


 こういうのはどうだろう。


 一回魔王に人間界に来てもらって、アストに魔法をぶつける。


 騒ぎが起こればたぶんチユも様子を見に来るだろうから、そこでアストの状態を見てもらって、「えーすごーい、もう治ってるー」と興味を持たせる。


 そして、「私も連れてってー」となれば任務達成。我ながらいい考えではなかろうか。


『その町のどっかにいるはずだから、頑張って探してー』


 だめだ。この#魔王__ひと__#やる気ない。


 ボリボリと食べる音が聞こえてきたかと思えば、飲み物をぐびぐび飲む音。そのあと、少しだけシュワーッという音が聞こえてくる。


 これは、たぶんあれだ。チップスとコーラ。コスモ曰く「最高の組み合わせ」を楽しんでいるのだろう。


「組長さんの様子だけ見て帰りましょうか」


 レインと顔を見合わせ、私は苦笑いで同意する。


 勇者一行を癒すという役目を持って彼らのもとに旅立ったプニカメ。組長の様子はもちろん毎日カンシチョウで確認しているけれど、やはり心配になってしまうのが飼い主というもの。


 カンシチョウの映像じゃなくこの目でしっかりと組長の様子を見て、できることなら少しだけぷにぷにしたい。


「もう言っても仕方ないとは思いますが、シエルさんは一応人質ですからね?」


 通信魔法からは、チップスを貪る音だけが聞こえてくる。そんな魔王コスモの様子に、レインはため息をついた。


「普通ならもう人質には逃げられていますからね?」


「うーん、無理だと思うんだけど……」


 レインに掴まれた腕が少し痛い。彼がこんなに力を入れられるとは思えないから、無意識に魔法で強化しているのだろう。


 魔法で筋力などを強化するのはたやすいことだけど、多用すると中毒症状になる可能性もあるから、気を付けないといけないらしい。


 レインは元の力が弱いため、やむを得ない場合は使っているらしいが、そもそも強化魔法を使わないといけない状態に追い込まれることがないから、ほとんど使っていないようだ。


「カオス様がお戻りになったとき、覚えておいてくださいね、魔王様?」


『んん、通信魔法がうまく繋がらないなぁ……』


 コスモの声が震えている。そんなに怯えるぐらいなら、最初からやらなければいいのに。


「ところで、組長さんたちはどこら辺にいるの?」


『わっかんない!』


 隣にいたレインの周りの空気が一瞬にして冷たくなった。彼の表情が一切変わっていないのが、さらなる恐怖を煽ってくる。


『まあでも、その町のどっかにはいると思うよ』


 見た感じ、この町――ミドリ町は、前に言ったミナモの町よりも断然広い。そのどこかにいる勇者を見つけるのは至難の業だ。


 ランドが支配するダンジョン、緑の丘に近いということもあり、ミドリ町は冒険者で賑わっていた。緑の丘は比較的易しいダンジョンだから、多くの冒険者が挑戦しに来るのである。


「やぁー!」


 よく響く子供の声が聞こえたかと思うと、小さな男の子がレイン目掛けて走って来ていた。レインは何食わぬ顔でそれをよける。子供は急に標的がいなくなり、勢いよく地面に滑り込んだ。


「う、うぅ……」


 子供は目に涙をためたまま、レインを睨みつけていた。


 レインはいたたまれなくなったのか、私の服を引っ張って振り向かせた。……じっと見つめてくるだけでは、伝えたいことはわからないのだが。


 とはいえ、怪我をした子供を放っておくことはできない。私はその子に話しかける。


「大丈夫?」


 男の子はレインに向けていた視線を私のほうへ移し、鼻をすすった。


「別に泣いてなんかねーし!」


 男の子がまばたきをした瞬間、目に溜まっていた涙が零れ落ちる。


「痛いときはちゃんと痛いって言ったほうがいいよ。放置しておくと、もっとひどいことになっちゃうかもだからね」


 隣から聞こえた声の主は、優しい緑色の目で男の子を見ていた。白い肌、ブロンドの髪……この前見たばかりだから、見覚えがないわけがなかった。


「ちょっと痛いよ?」


 彼女は手慣れた手つきで、血が出ている個所を水魔法で洗い流していく。小石などが入ってないことを確認したのち、治癒魔法で傷を塞ぐ。


「はい、終わり。もう大丈夫だよ」


 そう言って微笑んだ彼女は、治癒魔法使いのチユ。コスモが駄洒落みたいだと言って笑っていた、その人だった。

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