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029 仲間っていいよね

「随分と勝手なことをしてくれましたね、シエルさん?」


 私はレインに後ろから押さえつけられ、イルから離される。


 いや君が結界を張れって言ったんじゃん。レインの今のセリフは演技だとわかっているが、そう言いたくなってしまう。


 私の首のあたりを押さえているレインの腕を、両手でつかんで離そうとする――と、案外簡単にはがせてしまった。


「レインくん、力よっわ……」


「う、うるさいですよ」


 思わずこぼしてしまった言葉に触発され、レインは私を押さえつける力を強める。が、それも微々たるものだった。


 レインは咳ばらいをして、弓を構えるイルのほうへ向き直った。


「あなた一人では、ぼくたちには敵いませんよ」


 その自覚はあるらしく、イルは歯を食いしばった。はっとして、彼は顔を上げた。


「レイン……って、まさか魔王軍四天王の……?」


 レインは何も言わず、ただイルを見つめていた。否定をしないということは、そういうこと。


 イルは勝ち筋が残っていないということを悟った様子だったが、構えた弓を下ろそうとはしなかった。


「ここで身を引けば見逃してあげるけど、どうする~?」


 いつの間にかイルの背後をとっていたランドがそう告げる。イルは一度弓を下ろし、私と目を合わせて逡巡した。


「シエルさん」


 レインに小声で呼びかけられ、私は少しだけ顔を動かした。


 レインは、イルが私たちのほうから視線を逸らしたタイミングで、私の口の前で手をパクパクさせた。「何か言え」ってこと? 正直、それはこっちのセリフなのだけれど。


 私は何を言おうか考えを巡らせたのち、人質っぽい言葉を思いついた。私が人質となって五年、初めて人質らしいことができる。喜ぶことではないだろうけれど、何だかうれしい。


「逃げて!」


 私はイルへ向かって声をかける。はっとして振り返ったイルは、驚いた様子で私を見つめている。


「でも――」


「今のあなたじゃ敵いません!」


 イルはその言葉に、きゅっと口を結んだ。


「私は、大丈夫ですから……」


 そしてここで、少し口角を上げて眉尻を下げる! これぞ完璧な人質。


 私の「無理に笑った顔」を見たイルはこぶしを握り、そして力を抜いた。


「わかった……降参」


 レインは小さく安堵の息を吐いた。


「賢明な判断ですね」


 さっきからレインの腕がぷるぷる震えているのがとても気になる。どうせ力を入れてもいなくてもそう変わりはないのだから、無理にやらなくてもいいのに。


 ランドに力を少し分けてもらったらどうだろう。魔王コスモに頼めば、できなくもなさそうだ。


「一つ、ボクたちからのアドバイス~」


 イルは顔をしかめてランドを見る。敵にアドバイスなんて求めていない。自分が弱いのはわかっているから、もうこれ以上何も言わないでほしい。そんな風に思っているのだろう。


「人間は弱いからね、一人じゃなくて何人かで挑みに来たほうがいいよ~」


「何人か……?」


「君にはいるじゃん、勇者っていう強力な仲間」


 イルはますます顔をしかめ、「は?」と声を漏らした。


「怖がりで何もできないあいつに、協力を仰げと?」


 言ってから、イルははっとして私を見た。私は勇者の幼馴染だから、私の前で勇者のことを悪く言ってしまったことに少し罪悪感を覚えたのかもしれない。そういう感情は持てるんだ、この人。


 私も勇者が怖がりだということは知っているし、克服できるとも思っていないから、別に気にはしていない。


「君はきっと、勇者パーティーの中で一番強いよね。なら、勇者のサポートもしてあげられるんじゃないの?」


 イルは何も言わず、ランドを見て静止していた。敵にアドバイスをするランドを疑問に思っているのだろうか。「なんで」と聞かれないことを祈ろう。


「じゃあ、ボクたちはシエルを魔王城へ送らなきゃだから」


 レインは早く帰りたいのか、もう押さえつける気もないようだ。


 これ、傍から見れば抱き着いているように見えるのでは……。後でカンシチョウが記録した映像を見たとき、レインがどんな反応をするのか楽しみだ。


「またね~」


 ランドは砂埃を起こす。イルが目を閉じたすきに、レインは私を連れてその場から離れた。


 砂埃が収まったとき、そこには何事もなかったかのように穏やかな光が差し込んでいた。



◇◆◇



 町外れにある、おんぼろの小屋。


 床に描かれた魔法陣の前で、魔導書らしき本を読んでいる男がいた。


 魔法陣が光を放つと、彼は本から顔を上げて立ち上がる。魔法陣の上に現れたボロボロのコガラスを、男は無雑作に掴んで覗き込んだ。


「おぉ、派手にやられたね」


 男はコガラスに刺さった矢を見るなり、不気味に笑った。矢にこびりついた毒の色から、懐かしい匂いがする。


「へぇ。あの弓使いくん、まだ冒険者を続けていたんだ。最近は名前を聞かないから、てっきりもう辞めちゃったのかと思ってたけど」


 このコガラスが飲み込んでいたものと同じ魔石をじゃらじゃらと鳴らしながら、男はコガラスを袋に詰めた。


「せっかくだし、今の弓使いくんの実力を見せてもらいにいこうかな」


 男はその顔に笑みを浮かべる。


 コガラスの入った袋の口を持ったまま、上機嫌で、薄暗い小屋を後にした。

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