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025 わあ、不安しかない

「レインくん、荷物はこれでいい?」


 カバンの中には、食料、回復薬、ナイフなど、ダンジョンに挑むときに必要なアイテムが入っている。


「はい。ありがとうございます」


 私はカバンを閉め、レインに渡した。


 いつの間にか入り込んでいたほっぺたがカバンの隙間から顔を出し、ふんすと鼻を鳴らした。


 ほっぺたはコロンとレインの手の平へ乗り、するすると腕を登る。肩までたどり着くと、レインの頬をぷにっとした。どうやら、レインのことを応援しているようだ。


「行ってきます」


 レインはほっぺたを水槽に戻し、執務室を出る。私もそのあとに続いた。


 執務室の壁は元通りに戻っていた。あの日、会議を終えて戻ってきたら、もう壁は直されていたのだ。ランドは怪力なだけじゃなく、仕事も速い。


 隣から視線を感じ、私はレインを見た。彼はすぐに視線を前に戻す。


 見慣れないレインの服装は、どこにでもいる冒険者の格好だ。レインは人間界へ潜入するとき、いつもこの服装をする。


「……やっぱり不安?」


 レインはこくりと頷く。こういう時、人は意図せずとも不安が顔に出るものだろうけれど、レインは顔色を何一つ変えていなかった。


「計画は全て魔王様が考えたそうです」


「わあ、不安しかない」


 勇者パーティーの曲者、弓使いのイル。その考え方を変えるべく、彼の心を折って絶望に付け込む作戦は、レインとランドが実行することになったらしい。


「それってカオスさんは……」


「カオス様は現在遠征中ですので、きっと知らないでしょうね」


 コスモはカオスがいない時期を狙って計画を決行しようとしているのだろう。


「じゃあコスモさんを止めるひとがいないのか。ランドさんはノリノリだったし……」


 計画が面白そうだと言って、朝早くに人間界へ向かったゴーレムの姿を思い浮かべる。


 一人の人間の心を折るのはそんなに楽しいことだろうか。魔王軍の感覚は、ただの人質である私には理解できない。


「一応会議で決まったことですから、ぼくは作戦を実行することに文句はありません」


 でも、レインはあまり乗り気ではないようだ。コスモが待つ玉座の間へ向かう速度もかなり遅い。


 この前の魔王軍四天王会議(雑談会)には、魔王コスモとレインしか出席していなかった。聞けば、毎回出席しているのはそのふたりとランドだけで、ほかのふたりはほぼ来ないらしい。


 ランドは何でも同意してしまうらしいから、多数決で決めるとなると、ほぼ自己中魔王の独壇場だ。そんなのでいいのかな、四天王さんたち。


「あ、いたいた」


 耳元に手を当てて通信魔法で誰かと話していたコスモが、私たちの姿を見つけて手を振った。


「もう、遅いじゃん」


 頬を膨らませたコスモから、レインは視線を逸らす。


「ランドのほうは準備オッケーだってさ」


 それには構わず、コスモはレインの細い腕をつかんで引っ張った。


「作戦の確認をしよう。ダンジョンの途中でイルと新人冒険者であるレインが出会い、なんやかんやあって一緒に進むことになる」


 初対面の人と話すのが大の苦手であるレインは目を伏せた。どうもレインとイルが話している風景が浮かんでこないのだけれど、本当に大丈夫だろうか。


「ダンジョンの支配者、ランドと戦うイルだったが、過去のトラウマを掘り返されて闇堕ちしてしまう」


「やみおち?」


「心が折れるってこと」


 コスモは玉座の間の扉を蹴って開ける。とても魔王とは思えない、行儀の悪い開け方だ。どうやったら、この重い扉を少し蹴るだけで開けられるのだろう。その強さに関しては、たしかに魔王であった。


「そんなピンチをレインに助けられ、どうにかなる!」


 計画が雑すぎてどうにもならない気がするのは私だけ?


 そう思ってレインを見ると、彼はもうあきらめているのか、コスモの話を聞き流しながらあさっての方向を見つめていた。


「新人冒険者レインの設定は、初めての地で迷っていたところを勇者に案内されたことがあり、自分もそうなりたいと思っている可愛い水魔法使い」


「可愛いはどうでもよくないですか?」


 レインはコスモを見やった。ため息をつき、彼は魔王へ意見する。


「そもそも、ダンジョンに一人で挑む新人冒険者なんて、聞いたことがありません」


「一人じゃないでしょ?」


「幽霊か何か見えているのですか?」


 自分がこうだと思ったらそれを貫き通すのが魔王コスモだ。それで部下がどれだけ苦労しているか知らないのだろう。あれだけカオスに怒られても改心しないのだから、私たちが何を行っても無駄だ。


「イルさんには、この人馬鹿だな、と思われて素通りされて終わりですよ」


「話しかければいいじゃん」


 レインは「う」と声を上げ、胸のあたりを抑えた。人と話すのが嫌すぎて、拒絶反応が出ているらしい。


「ぼくでは無理だと思いますよ」


「知ってるよ」


「じゃあ何でレインくんに行かせようと思ったんですか……」


 コスモは首を傾げた。何か話がかみ合っていないような気がする。


「まあいいや」


 レインの足元の魔法陣が、紫色の光を放った。それに対応して、コスモの瞳も同じ色に輝いている。


「とりあえず、行ってらっしゃーい!」


 コスモは私の背中を押した。何が起こったのかわからないまま、私は魔法陣へ倒れこんだ。

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