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022 壊れちゃった

 私は、オレンジと黄色のグラデーションがきれいなプニカメ――柑橘類の前に座る。


「おいで」


 声をかけると、柑橘類は嬉しそうに小さな瞳を輝かせ、私の手に届くところまでのそのそとやってくる。


 私はその少し大きめなぷにぷにボディーを抱きしめた。


「よーし、捕まえた」


 私がそう言うと、柑橘類は何もわかってなさそうに目を閉じた。


「もう脱走しちゃだめだよ」


 プニカメに人間の言葉は理解できないらしく、柑橘類は目を閉じたままだった。


 人間の言葉でも、「ごはん」「ぷにぷに」の二つは理解できるくせに。


 無視するのはわざとか? わざとなのか?


「あれ、シエル?」


 後ろから声をかけられ、私は振り返った。


「ランドさん! 久しぶりですね」


「久しぶり~。元気だった?」


 私の身長の倍はある巨体は、まるで大地の一部を切り取ったかのようだ。


 彼が一歩一歩近づいてくるたび、魔王城が壊れるんじゃないかと心配になるほどの振動が走る。


「魔王様に呼び出されて、久々に魔王城に帰ってきたんだ~」


 彼は魔王軍四天王のランド。


 ゴーレムと呼ばれる、魔族の中でもトップクラスの大きさと重量を持つ種族の長でもあるらしい。


 勇者がランドを前にして、逃げ出さずに戦えるのか……。まあ、無理だろう。


「レインは相変わらずプニカメが大好きなんだね~」


 ランドは私が抱えている、柑橘類を見る。


「あれから五匹も増えたんですよ。そろそろ執務室が窮屈です」


 ランドと最後に会ったのが一年ほど前。一年で五匹増えているとすると、十年後には五十匹も増えている。そうなる前に、レインを止めなければ。


「そういえば、人間界に行ったって本当?」


「あー……」


 ミナモの町へ行ったことを思い出す。いろいろと大変だった思い出しかない。


「シエルも魔王様に振り回されてるんだね……」


 勇者の魔物への異常なまでの警戒心を可愛いプニカメで和らげようという、プニカメ大作戦。


 決行の日、魔王はなぜかレインと一緒に私まで人間界へ転移させたのだ。


 勇者に派遣するプニカメ――組長はどこかへ行ってしまうし、上級魔物に襲われるし、それを倒した功績を勇者に押し付けたせいで作戦は大失敗だったし。いろいろと災難だった。


「今からレインのとこに行くんだ~。勇者についての相談」


 五年間も何もしてこない勇者のせいで魔王軍は忙しそう。


 全く、あの人が勇者じゃなければ事がうまく進んだというのに。


「そういえばね、勇者がパンを売っててさ」


「ああそれ、レインくんから聞きました」


「ほんと? そのパン、僕も食べたんだけど、すごくおいしかったんだ~」


 ランドは性格も話し方もおっとりしていて、とてもじゃないが魔王軍四天王には見えない。


 でも、戦いになると、彼に口が利けなくなってしまうほどに怖くなるらしい。想像はできないけれど。


「勇者のパン、おいしいですよね。いいなぁ、私も食べたい」


 勇者は、勇者よりもパン屋のほうが似合っていると思う。そっちのほうが、彼にとってもいい人生かもしれない。


「なんで勇者はシエルのこと助けに来ないんだろうね。こんなに優しくていい子なのに」


「ごもっともです。こんなにか弱い女の子をほったらかしにするなんて……」


 腕の中の柑橘類が、何か言いたげに私を見つめた。ごめんね、プニカメの言葉はわからないんだ。


 ランドがレインの執務室の扉をノックするために扉の前に立った。


 次の瞬間――壁が崩れた。


 私は咄嗟に、プニカメたちがいる執務室の内部に瓦礫が崩れないよう結界を張った。


 自分の周りにも結界を張ろうと上を見上げる。


 ――ぶつかる。


 真上から壁だったものが落ちてきていた。結界を張る時間なんて残されていない。


 私は衝撃に備えてぎゅっと目をつむった。


 柑橘類が無事でいられるように、ぷにぷにボディーをぎゅっと抱きしめる。


 足が地面から離れる感覚がした。その直後に、壁が崩れる大きな音。


 私が恐る恐る目を開けると、すぐ近くにレインの顔があった。


「レインくん……?」


 私はレインに抱えられていた。


 私がさっきまでいたところには、壁だったものが砕けて広がっている。


 レインは心配そうに私を覗き込んでいた。


「大丈夫ですか?」


「うん……」


 彼はため息を一つこぼすと、私を地面におろした。


「シエルさん。プニカメたちを守ってくれたことには感謝しています。ですが、自分の命も大事にしてください」


 執務室を見ると、プニカメたちはいつも通りだった。柑橘類にも怪我はなさそうだ。


「ランドさんは!?」


 さっきまで一緒にいたはずの彼の名を呼ぶ。


「ボクならここだよ~」


 私たちへ近づいてきたランドを見ると、怪我はないようだった。そもそも、ゴーレムの怪我とはどういうものなのかわからない。


「何が起こったのですか?」


「ごめんね。勇者のこと考えてたら力が入りすぎて……壊れちゃった」


「……っ」


 そう言ったランドの声はいつもより低く、顔は笑っていなかった。魔王軍四天王に相応しい、背筋を凍らせるような殺気。


 私が思わず息を呑むと、ランドはすぐに表情をやわらげた。


「シエルに怒ってるわけじゃないから、そんなに怖がらないでよ~」


 それはわかっているけれど、怖いものは怖い。勇者が逃げ出したいと思う気持ちがよくわかった。

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