021 最高の組み合わせ
私は掃除したばかりの水槽を定位置に置く。レインはそれに手を突っ込むと、魔法で浅く水を張った。
「よし。これで三つは終わったね」
私たちはプニカメの水槽の掃除をしていた。プニカメの水槽は六つある。まだ洗っていないのは、あと半分だ。
水槽を運んでヘトヘトな私は、ソファーに体を預ける。
水槽はガラスでできていて、かなり重い。さっき、レインは水槽を持ち上げようとしていたが、水槽は床から離れなかった。
レインは魔王軍四天王の一人であるはずだが、私よりも力がない。本当に四天王なのか疑いたくなる。もし魔法を禁止にして物理攻撃だけで戦うのであれば、私でもレインに勝てる。
そんな彼が魔王軍四天王に選ばれたのは、水魔法の天才だったからだ。災害とも呼べるほどのレインの水魔法は、何もかもを流し去る。彼が本気を出せば、国一つぐらい簡単に滅ぼせてしまうだろう。
「一度、休憩しましょうか」
レインは食べ物を保存するための魔道具(冷蔵庫というらしい)を開き、カラメルのような色をした液体が入った瓶を取り出した。
「それは?」
「コーラという飲み物だそうです。魔王様から頂きました」
瓶の栓をとると、空気がはじけるようなシュッという音がした。瓶の中の液体には細かい泡が含まれており、私にはそれが奇妙なものに見えた。
「……それ、飲んでも大丈夫なやつなの?」
レインは何も言わず、様子見のためにコーラとやらをグラスに注いだ。泡があふれそうになり、レインは慌てて瓶を縦にする。
コーラはアイスコーヒーのような色だったが、グラスと氷にまとわりつく泡はやっぱり奇妙。甘く爽やかで少しつんとした匂いがする。
コーラの瓶を手に持ったまま固まってしまったレインは、得体のしれないモノをまばたきもせず凝視していた。
黄色とオレンジのグラデーションが視界の隅に入り、私はそっちを見た。好奇心旺盛な柑橘類は、テーブルによじ登り、コーラに手を伸ばす。
私は慌ててそれを阻止し、柑橘類をやばそうなモノから離す。
「飲むのは、やめておきましょう」
レインは瓶のふたを閉め、テーブルに置いた。
彼はお皿と、何かの紙袋を持ってきて、机の上に置いた。紙袋から出されたのは、見覚えのある形状の食べ物。
「あ、これ知ってる。イモを揚げたやつだよね。チップス、だっけ?」
レインは一つを手に持ち、そっと割ってみる。
「これも初めて見るものです」
彼は半分に割ったそれをなかなか口にしようとしない。私は何度か食べたことがあったため、一つ手に取って躊躇なく食べる。
「ん、おいしい」
塩味が効いたチップスは、パリパリした軽い食感だった。ずっと前、勇者が作ってくれたときのものはもう少し硬かったような気がする。それも好きだけど、こっちの軽いほうが私好みだった。
私がチップスを食べ進めるのを見て、レインはようやくチップスをちょびっとだけ噛んだ。
レインは口に入れた分を飲み込んだのち、しばらくお皿を見つめていた。それに手を伸ばし、一枚とって口に運ぶ。どうやら、お気に召したようだ。
「これを食べながら、コーラを飲むのがいいらしいです」
私たちはグラスに注がれたコーラにちらりと目をやった。どうもあれを飲もうという気は起きない。色のせいか、匂いのせいか、泡のせいなのか。体が拒絶していた。
またもや柑橘類がコーラに興味を示していたため、今度はレインが柑橘類を止める。アレはプニカメが飲んでいいものじゃない。
柑橘類は不貞腐れたようにレインから離れ、洗われたばかりの水槽へ帰っていった。
「ゆ……組長さん、最近どう?」
勇者の様子を聞こうとして、自分は人質だということを思い出す。
人質が勇者について質問しても、普通は教えてくれない。……レインなら言ってしまうだろうけれど。
後から怖ーいカオスに何か言われるのは絶対に避けたい。だから、勇者のもとにいる組長のことを尋ねることにした。
「組長は元気です。それは心配ありません」
レインは手に持っていたチップスを口に入れ、それを飲み込んでから続きを話す。
「ただ、勇者のメンタルは瀕死です」
何故。勇者に何があった。
「あれ?」
視界に入った水槽には、いるはずの柑橘類がいなかった。部屋を見回すが、どこにも柑橘類の姿はない。
扉が少し開いている。水槽を運んだときにちゃんと閉まってなかったらしい。
「またですか……」
脱走常習犯である柑橘類は、コーラを飲めなくてご立腹らしい。