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002 よくわからない勇者と魔王

 魔王コスモには逆らえず、私とレインは玉座の間に連れてこられてしまった。そこへ入った途端、体がこわばり動けなくなってしまう。


 真っ黒でつやつやした頑丈そうな柱に支えられた天井は、暗いためか見えなかった。それとも、天井なんてないのかもしれない。


 玉座まで一直線に続く赤いカーペットは、光源などどこにもないはずなのに明るく見えている。


 近くからカチッと音が聞こえ、部屋がパッと明るくなる。玉座の間に立ち込めていた不気味さが一気に消失した。


「え、明かりあるんだね」


 こわばっていた体から力が抜ける。


 コスモは彼のためにおかれている豪華な椅子には座らず、謎に置かれた小さな机の前に座った。床に、直で。


「何から始めよっか?」


「……魔王様、せめて椅子に座ってもらえますか?」


 さすがに魔界の王である彼が床に座っているというのは見過ごせず、レインはどこかに椅子がないかと周りを見た。


「椅子あれしかないんだもん。座りたくない」


「なんでですか? 座り心地よさそうなのに」


 繊細で豪華な装飾が施された、魔王専用の椅子。ひじ掛け付きで、背もたれまでもふかふかな椅子。長時間でも座っていられそうなのに。


 私が尋ねると、コスモは質問で返した。


「じゃあ訊くけど、シエルはあの、めっちゃ高価な椅子に座っていられる?」


「……なるほど」


「どういうことです?」


 約一名、わかっていない方がいらっしゃるようなので、私は説明をして差し上げた。


「あの椅子、たぶん平民が一生で得られるお金よりも高いでしょ? だから、座っているだけで緊張しちゃうんだよ」


「そうですか……?」


 レインが首を傾げながら座ったので、私もその向かい側に座る。


「あ、ペンと紙持ってないや。取ってくるね」


「ここ、執務室ですよね?」


 呟かれたレインの言葉には何も反応せず、コスモは足早に玉座の間を出て行った。


 ここは魔王の執務室でもある。のに、なんでペンと紙がないんだ。魔王の仕事がどんなものかはよく知らないが、ペンや紙を使わないなんてことはないだろう。


 もしかして……コスモは仕事をしていないのでは。


 そもそも今は労働時間であり、本来ならやるべき仕事をこなしている時間のはずだ。


 そんな時間に、勇者にちょっかいかけようキャンペーンなどという遊びじみたことをやっているのはおかしいのだ。


「魔王様の気が済むまで付き合いましょうか」


「そうだね……レインくんは仕事、大丈夫?」


 レインだって、魔王軍四天王としての仕事があるはず。もし期限に間に合わなかったら、魔王コスモのせいとはいえ、そうは言えまい。


「最近はそこまで忙しくはないので、大丈夫だと思います」


「それならいいんだけど」


 レインは無理をしすぎることがあるから、心配になってしまう。


「コスモさんって、仕事ちゃんとやってるの?」


「ええ。ああ見えても、優秀な方なのですよ。魔王には見えませんが」


「へぇー」


 ごめんねコスモさん。仕事してないんじゃないかとか疑って。


 あれでも魔界を治める王なのだから、優秀でないとおかしい。


「魔王も魔王だけど、勇者はホントに何やってるのかな」


「……この前、パンを売っていましたね」


「パン」


 パンとは、あの食べるパンのことか。それとも、食べられないパン……フライパン?


「魔王様曰く、美味しかったらしいです」


「え、私も食べたかった」


 勇者と魔王がすでに会っていることは置いておき、勇者が作るパンは美味しい。攫われる前は毎朝、彼が作ったパンを食べていた。


「うーん、幼馴染のはずなんだけどなぁ。勇者のことわかんない」


 五年経って、まだ最初のダンジョンすら攻略していない勇者は、もしかすると私のことが……嫌いなのかもしれない。


 まあ、私も勇者のことは嫌いになりかけているんだけど。


「あの人が聖剣を抜いちゃったとき、この人で本当に大丈夫?って思ったけど、案の定……」


 こうなることはあの瞬間からわかっていたことだが、さすがにパン屋になっているなんて考えつかなかった。


 勇者はもう一生戦う気なんてないのでは。うん、ないだろう。


「ていうか、コスモさん遅くない?」


「ですね」


 私とレインは大きな扉へと目を向けた。それとほぼ同時に、ゆっくりと扉が開く。


「カオス様……?」


 入ってきたのは、コスモと――もう一人。コスモの首根っこを掴んでいる、優しい笑顔を浮かべた悪魔だった。


 彼の名を呼んだレインの声は、少しだけ震えていた。


「ごめんねー。兄ちゃん、まだ仕事終わってないからさ。二人も仕事に戻っていいよー。……ほら、兄ちゃんも謝って」


「ご、ごめんなさい……」


 涙目になっているコスモが助けを求めるようにこちらを見てくる。だが、これは何も言わないほうが身のためだ。皮膚を逆撫でる空気がそう訴えてくる。


「じゃ、そういうことだから」


 そう言うと、カオスは重い扉を手で押して開け、出て行った。あの扉、人の力で押して開くような重さではないと思うんだけど。


「……コスモさんより、カオスさんのほうが魔王に向いてない?」


「ぼくもそう思います」


 彼がいなくなっても収まらない震えのせいで、しばらくそこから動けなかった。

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