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019 勇者がやっぱり来ない件について

 ミナモの町から帰ってきて、数日が経った。


 組長がいないと、プニカメの部屋(レインの執務室)が寂しい。組長のネオングリーンの体はよく目立っていたから、それが視界に映らないと違和感があるのだ。


 机の上の小さなプニカメが、私の首に輝くペンダントをじっと見ていた。その子の首には、緑色の宝石がついた指輪がぶら下がっている。


 隣で見守っているのは、そのプニカメ四つ分ほどの大きさの子。海のような青色が同じなのは、二匹が親子だからだ。


 ミナモの町で出会った、プニカメの親子。懐かれてしまったため、レインは二匹を魔王城へ招いたのだ。またお世話が大変になるが、この可愛さの前ではそんなこと、苦ではない。


 子供のほうは迷子だったから、迷子。母親のほうは、保護者と命名された。


 後ろから視線を感じ、私は振り返った。その先には、すでに目線を右に逸らしたレインがいた。彼の首元には私とおそろいのペンダントが光っている。


「どうかしたの?」


 レインはちらりと私を見て、そしてまた視線を逸らす。そういう時は大体、言いにくいことがあるときだ。


 私は迷子を両手で包み、ぷにぷにしながらレインの言葉を待つ。


 彼はペンダントをぎゅっと掴み、私の名前を呼んだ。


「シエルさ――」


「勇者がやっぱり来ない件について!」


 突然に開け放たれたドアに驚き、立ち上がろうとしていたレインは足を机にぶつけた。痛かったらしく、彼は崩れるように椅子に座った。机に顔を突っ伏して震えている。


 見かねた保護者がレインのもとへ行き、彼の頭を撫でた。その慣れた手つきは、さすがお母さんだと思った。


「前よりひどくなってるんだけど、どうすればいいと思う?」


 魔王コスモはずかずかと部屋に入ってくるなり、ソファーに腰掛け足を組んだ。


「はい、これ映像」


 コスモはカンシチョウを花形の魔道具にとまらせる。


 何もなかった場所に映像が表示され、そこからアストの声が聞こえてきた。


『今日は外を散歩するだけでいいから。な?』


 アストがこんな声と顔をするなんて。聞いたこともないような優しい声に、私は鳥肌が立った。この人、本当にアストなのだろうか。


『いやだ。外出たくない』


 勇者の様子はいつもと変わらず。私はほっと胸を――撫でおろしてはいけない。


 退化している。この前までは外には出られていたのに。魔物が住む場所へも行けていたのに。どうやら、今は布団からも出られないらしい。


『なんでだよ』


『だって、みんなオレのことを英雄だって思ってる。本当はオレじゃないのに……』


 そんな勇者の様子を見て、レインが視線を逸らした。


『今更オレじゃないですとも言えないし、もうどうしたら……』


 嘆くように、布団に顔を押し付けて言う勇者。そう、これが勇者なのである。全く信じられない。


 やっぱり、ボスアイスネークを倒したという功績を押し付けたのは間違いだった。こうなることは薄々わかっていたが、私たちにはどうしようもない。アストに頑張ってもらわねば。


『……ぷにぷにするか?』


『する』


 組長の姿を見て、レインが立ち上がる。ぷにぷにに癒される勇者を見て、うらやましいと思っている、のだろうか。


 組長は人見知りもせず、素直にぷにぷにされていた。勇者の自信なさげでぎこちない手つきにはいろいろ口を出したくなる。


 プニカメはもっと強くぷにぷにして良い。強ければ強いほど、プニカメは喜んでくれるのだ。


『こいつ、何者なんだろうな』


『この子が旅の助けとなる……そう言ってた』


 それはごめんだけど、思い付きで言ったことであり、たぶん組長は何の助けにもならない。


 いや……勇者の精神を安定させるために組長はいるのだから、たしかに旅の助けにはなるかもしれないか。


『それじゃあ、外に行こうか』


 勇者はバッと布団をかぶった。組長はそれに驚いて、少し飛び上がってしまう。


 組長の扱いが雑。もっと崇め奉れ。


『今日、こっそりミナモの町を離れよう。それならいいだろ』


 布団から顔を覗かせ、勇者は逡巡した。


『わかった……』


 勇者がそう言ったところで、映像が途絶えた。


「レインのせいだよ! 全くもう」


 コスモは腕を組んでため息をついた。うわ、面倒くさそうな上司のオーラが半端ない。


「すみません」


 魔王の扱い方を理解しているレインは、軽くあしらっていた。


「作戦失敗どころじゃない、大大大失敗だよ。ここからどう勇者を勇者にしろと? そもそも、なんであんなところにボスアイスネークが――」


 コスモはレインの首元を見て、それから私のほうを見た。


「それ、どうしたの?」


 ペンダントを指さしながら、コスモがレインに尋ねる。コスモはニヤニヤが隠しきれていない。からかうつもりだろうか。


「レイン、いつもはそういうの身に着けないのにね」


 コスモはわざとらしく私に視線を送り、レインのほうへ向き直った。


「もしかして……シエルとおそろいだから?」


「悪いですか?」


 レインはため息をつき、側にいた保護者に手を乗せた。


 これは……からかわれていると気づいていない? いや、コスモの話を聞いていないのか。さすが、賢明な判断だ。


「それよりも、勇者について話しましょう。早くどうにかしなければいけません」


 本当に早く助けに来てほしい。さて、私が帰れるのはいつになるやら。

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