018 ミナモ祭は大騒ぎ
ボスアイスネークを倒したという功績を勇者に押し付けたことを後悔しているのか、レインは私から母プニカメを奪いぷにぷにした。
小さなプニカメはそんなレインを慰めようと、彼の頭の上に飛び乗り優しく髪を撫でた。
「まあ、とりあえず目的は達成できたわけだし、魔王城に戻ろっか」
レインはこくりと頷いてから、ハッと顔を上げた。
「どうやって帰りましょう」
「あー……」
そういえば、魔王コスモは爆睡していたのだった。きっと勇者に組長を渡せたこともコスモは知らない。
転移魔法は私もレインも使えないから、コスモに頼るしかない。彼が目を覚ましてくれないと、私たちは魔王城に帰れないのだ。
「仕方ありません。どこかで時間を潰しましょうか」
「そうだね」
幸い、ミナモの町では祭りが行われている。コスモが起きるまでの時間はすぐに潰せそうだった。
「ミナモ祭だっけ。どんなことやってるんだろう?」
私の故郷では、祭りなどの集まりはあまりない。
一度、勇者が聖剣を抜いたときはお祭り騒ぎになったが、その一度きりのお祭りも、魔王軍が襲ってきて人質として攫われて台無しになった。
人が集まっているほうへ行ってみると、どうやら屋台が出ているようだった。おいしそうな香りが漂ってくる。
舞台の上では、英雄である蒼炎の騎士のサイン会らしきものが開催されていた。レインがそれをじっと見つめているが、興味があるのだろうか。それとも、強敵とみなして警戒しているのか。
レインの頭の上に乗っている小さなプニカメが、アクセサリーのお店をじっと見つめていた。
「あれが気になるの?」
その子の目には、きらきらした宝石が映っていた。
「行ってみましょうか」
私たちはそのお店のところへ行ってみた。人が多いが、串焼きなどの店に比べたらそこまで混んでいるわけではなかった。
私はレインの頭の上に乗っているたプニカメを手に乗せて、アクセサリーを近くで見せてあげた。
「あら、可愛いお客さんね」
フードを深く被り、首、腕、指……余すところなく宝石を付けた女性がクスリと笑った。
「それが気になるのかしら?」
小さなプニカメが指輪に向かって手をパタパタさせている。
値段は、銅貨一枚。安い金額だが、私はお金なんて持っていないため払えない。ときどき忘れそうになるが、私は人質なのだ。
すっとレインが手を伸ばし、女性に銅貨を一枚渡した。
「ふふ、ありがとうございます」
女性は小さなプニカメの首に指輪をかけた。欲しいものが手に入り、プニカメはご満悦だ。
「それと、これはオマケよ」
そう言って、女性は私たちの手の平に、おそろいのペンダントを乗せた。
「これ――」
レインが何かを言おうとしたとき、それを遮るようにして女性は口を開いた。
「デート、楽しんできてね」
私たちは顔を見合わせる。しばらくしてその意味を理解し、私は慌てて誤解を解こうと口を開く。が、レインのほうが早かった。
「ぼくたちはただのプニカメ同好会です」
その場に沈黙が流れる。
プニカメ同好会って何だよ。意味の分からないことを言ったレインは、もしかすると疲れているのかもしれない。
「おい、勇者がボスアイスネークを倒したらしいぞ」
「なんだって? それは本当か!」
後ろから歓喜の声が聞こえてきて、私たちは振り返った。人々の声を聴いてみると、誰もが同じ話をしているようだった。
「もう取り返しのつかないことになってる……」
レインは何も言わずにペンダントをつけ、私の腕を掴んでその場から離れた。
「皆さん、朗報です! 勇者さまがボスアイスネークを打ち取って帰ってきました!」
舞台のほうから声がする。私たちは立ち止まり、様子を窺う。
舞台の上には、魔石を両手で持った勇者がいた。ここからでも震えているのがわかるぐらい、勇者は人々の視線に怖気づいていた。
「勇者さまに一言、挨拶をいただきたいと思います」
私が話すわけではないのに、自分の手が汗で濡れている。手に握っていたペンダントを首につけ、勇者を見守った。
「あ……ぅ、あの……」
もう見てられない。私は顔を隠し、勇者の声だけ聞くことにした。
「オレは……その」
自分がアイスネークを倒したわけではないと否定したいけれど、人々の視線が痛くてできないのだろう。
「えっと……っ、やり、ました……」
まるで犯人が自首するかのように言った勇者の言葉に、誰もが賞賛の拍手を送る。
どこかにアストはいないのだろうか。彼がいれば何とかなりそうなのに、勇者の側にアストの気配はない。
「勇者様、怪我人を出さずに済んだのはあなたのおかげです。騎士として尊敬します」
蒼炎の騎士が勇者に言う。
さっきは気づかなかったが、彼の声はどことなくレインに似ている。だが、レインよりも明るくはっきりとしている。レインもこういう風に話せば、少しは印象が変わるのに。
「騎士団の仕事が多忙ゆえ、あなたと共に旅をすることはできませんが、陰ながら応援しております」
声だけで残念そうなのが伝わってくる。やっぱり、レインと声質は似ていても話し方は違う。
「あなたならきっと魔王を倒せます。頑張ってくださいね」
「は、はい!」
チラッと舞台上を見てみると、勇者は目をぐるぐると回しながら、蒼炎の騎士と握手をしていた。
もう彼の頭は容量を超えたため機能していないのだろう。